愛媛新聞社説2008年3月29日
集団自決訴訟 軍の深い関与認めた妥当な判決
沖縄県民はこぞって六十三年前の悲しい出来事を思い起こしているだろう。
太平洋戦争末期の沖縄戦で軍指揮官が「集団自決」を命じたとする本の記述をめぐり、当時の守備隊長らが岩波書店とノーベル賞作家大江健三郎さんに出版差し止めなどを求めた訴訟の判決が、きのう大阪地裁で言い渡された。
文部科学省の教科書検定とも絡んで論争に発展した集団自決問題に、司法がどんな判断を下すか注目された。判決は「集団自決に軍が深く関与したのは認められる」と指摘した上で、元守備隊長らの請求を棄却した。史実論争に踏み込んだ判断は妥当であり、評価できる。
原告は沖縄・座間味島の守備隊長だった梅沢裕さん(91)と、渡嘉敷島の守備隊長だった故赤松嘉次さんの弟秀一さん(75)。二人は大江さんの「沖縄ノート」や歴史学者の故家永三郎さんの「太平洋戦争」の集団自決に関する部分をめぐり、二〇〇五年八月に「誤った記述で非道な人物と認定される」として提訴していた。
大江さん側は住民の証言や手記を基に兵士が自決用の手りゅう弾を住民に渡したとし、「軍(隊長)の意思と無関係に配ることはあり得ない」と指摘。自決命令はあったとして、請求棄却を求めていた。
判決は隊長を頂点とする「上意下達の組織」という軍の特徴を挙げ、隊長の関与も推認した。自決命令の伝達経路などが判然としないため命令の存在までは断定しなかったが、「あったと信じる相当の理由があった」とする大江さんらの抗弁を認め、名誉棄損の成立を否定した。体験者の証言などを積み上げた判断は説得力がある。
集団自決に軍が関与した理由として、兵士が自決用の手りゅう弾を配ったとする住民証言や軍が駐屯していなかった島では集団自決がなかった、ことを挙げたのもうなずける。
この訴訟は文部科学省の教科書検定にも大きく影響した。訴訟が起こされるまでは「軍の強制」を明記した日本史教科書は検定に合格しており、命令説はいわば「通説」だった。
ところが、昨年三月に公表された検定審議会の意見は「軍が強制」という記述を誤解を生む表現として否定した。この裁判が係争中だったことも理由の一つとされた。沖縄の戦争体験者たちが反発し、島ぐるみの抗議に発展したのも当然だ。
そこで検定審は昨年末、教科書会社の訂正申請を承認する形で「軍の関与」を示す記述を認めたが、当初の検定意見は撤回しなかった。沖縄では「軍の強制や命令の明確な記述がない」と不満がくすぶる。検定側は判決を重く受け止めるべきだ。
悲劇の舞台となった渡嘉敷島できのう、くしくも六十三回目の慰霊祭があった。この島では住民ら三百人以上が手りゅう弾などで犠牲になっている。元隊長らの主張は腹立たしいものだっただろう。あの日沖縄であったことを、ありのまま後世に伝えていかなければならない。