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第4・6 争点6(公正な評論性の有無)について

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pipopipo555jp

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沖縄集団自決訴訟裁判大阪地裁判決
事実及び理由
第4 当裁判所の判断

第4・6 争点6(公正な評論性の有無)について




(1)(「沖縄ノート」執筆目的と「集団自決」記述意図)*


第2・2(4)イのとおり,沖縄ノートは,被告大江が,沖縄が本土のために犠性にされ続けてきたことを指摘し,その沖縄について「核つき返還」などが議論されていた昭和45年の時点において,沖縄の民衆の怒りが自分たち日本人に向げられていることを述ぺ,「日本人とはなにか,このような日本人ではないところの日本人へと自分をかえることはできないか」との自問を繰り返し,日本人とは何かを見つめ,戦後民主主義を問い直したものである。

被告大江も,第4・4(2)イで判示したとおり,本人尋問において,
  1. 日本の近代化から太平洋戦争に至るまで本土の日本人と沖縄の人たちとの間にどのような関係があったかという沖縄と日本本土の歴史,
  2. 戦後の沖縄が本土と異なり米軍政下にあり,非常に大きい基地を沖縄で担っているという状態であったことを意識していたかという反省,
  3. 沖縄と日本本土との間のひずみを軸に,日本人は現在のままでいいか,日本人がアジア,世界に対して普遍的な国民であることを示すためにはどうすればよいか
を自分に問いかけ,考えることが沖縄ノートの主題である旨供述している。また,赤松大尉のことを沖縄ノートで取り上げたことについて,被告大江が本人尋問で
「私は,今申しました第2の柱の中で説明いたしましたけれども,私は新しい憲法のもとで,そして,この敗戦後,回復しそして発展していく,繁栄していくという日本本土の中で暮らしてきた人間です。その人間が沖縄について,沖縄に歴史において始まり,沖縄戦において最も激しい局面を示し,そして戦後は米軍の基地であると,そして憲法は認められていない,その状態においてはっきりあらわれている本土と沖縄の間のギャップ,差異,あるいは本土からの沖縄への差別と,沖縄側から言えぱ沖縄の犠牲ということをよく認識していないと。しかし,そのことが非常にはっきり,今度のこの渡嘉敷島の元守備隊長の沖縄訪問によって表面化していると,そのことを考えた次第でございます。」
と供述していることは,第4・4(2)イのとおりである。


(2)(「沖縄ノート」における具体的記述について)*


ア(記述例)*


第2・2(3)イのとおり,沖縄ノートの各記述を見ると,
「自己欺瞞と他者への嚇着の試み」
「人間としてそれをつぐなうには,あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで,かれはなんとか正気で生き伸ぴたいとねがう」
「かれのペテン」
「およそ正視に耐えぬ歪んだ幻想をまでもいだきえたであろう。このようなエゴサントリクな希求につらぬかれた幻想にはとめどがない」
「およそ人間のなしうるものと思えぬ決断」
「かれはじっのところ,イスラエル法廷におけるアイヒマンのように,沖縄法廷で裁かれてしかるべきであったであろう」
など,かなり強い表現が赤松大尉に対して使用されていることが認められる。

イ(記述の検討)


(ア)(「あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで」について)*

これらの表現のうち
「人間としてそれをつぐなうには,あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで,かれはなんとか正気で生き伸ぴたいとねがう」
との部分について,被告大江は,罪の巨塊とは自決者の死体のことであり,文法的にみて,「巨きい罪の巨塊」が渡嘉敷島の守備隊長を指すと読むことはできない旨供述する。

しかしながら,沖縄ノートは,全体として文学的な表現が多用され,被告大江自身,「巨塊」という言葉は日本語にはないが造語として使用した旨供述するように,必ずしも文法的な厳密さを一貫させた作品であるとは解されない。被告大江の供述を踏まえて沖縄ノートを精読すると被告大江の供述するような読み方も理解できないではないが,一般読者が普通の注意と読み方で沖縄ノートの各記述に当たった場合,「あまりにも巨きい罪の巨塊」との表現は,慶良間列島の集団自決を強制した守備隊長を批判する前後の文脈に照らし,渡嘉敷島の守備隊長の犯した罪か,守備隊長自身を指しているとの印象を抱く者も存するものと思われる。

もっとも,そうであるとしても,その表現は,集団自決を強制した罪の大きさを表現する方法として特徴ある表現ではあるものの,極端に椰楡,愚弄,嘲笑,蔑視的な表現とまでいうことはできない。

(イ)(そのほかの部分について)*

そのほかの部分も,あくまで赤松大尉の実名を伏せたまま,
「沖縄の民衆の死を抵当にあがなわれる本土の日本人の生,という命題」
「この事件の責任者はいまなお,沖縄にむけてなにひとつあがなっていないが,この個人の行動の全体は,いま本土の日本人が綜合的な規模でそのまま反復しているものなのである」
「われわれは,かれの内なるわれわれ自身に鼻つきあわせてしまう」
として,沖縄ノートの前記主題に沿う形で記述を展開する中で使用されている表現にすぎない。


(ウ)(氏名を明示しなかったことについて)*

また,沖縄ノートの各記述に赤松大尉の氏名が明示されていないのは,第4・2(3)のとおりであるが,被告大江は、沖縄ノートに赤松大尉の氏名を明示しなかったことについて,本人尋問において,
「私はこの大きい事件は1人の隊長の個人の性格,個人の選択というふうな、ことで行われたものではなくて,それよりもずっと大きいものであって,すなわち日本人の軍隊,日本の軍隊の行ったこと,そういうものとしてこの事件があると考えておりましたものですから,特に注意深くこの隊長の個人の名前を書くということをいたしませんでした。」

「(後の方で渡嘉敷島の守備隊長のことを日本人一般の資質の問題として書いたのかという問いに対して)後半の問題は,こういう経験をした人を通じて日本人一般の資質について書くと,あるいは私自身に対する自己批判も含めるという主題であります。ですから,今おっしゃったとおりです。」

「その趣旨からも,むしろ名前を出すことは妥当でないと私は考えておりました。」
と供述している。このことは,被告大江が赤松大尉に対する個人攻撃の意図で沖縄ノートの各記述をしなかったことを推認せしめる。


(エ)(個人攻撃とは認められない)*

そうすると,沖縄ノートの各記述は,守備隊長ひいては日本軍の行動を通して著者を含めた日本人全体を批判し,反省を促す構成となっているものと認められ,所々に「ペテン」など,文脈次第では人身攻撃となり得る表現もあるものの,前記の文章全体の趣旨に照らすと,その表現方法が執拗なものとも,その内容がいたずらに極端な揶揄,愚弄,嘲笑,蔑視的な表現にわたっているともいえず,赤松大尉に対する個人攻撃をしたものとは認められない。

加えて,証拠(甲A3)によれば,沖縄ノートは,沖縄戦という歴史的事実をその1つの対象として論評するものであると認められ,このような歴史的事実については,広く論評,表現の対象とされるぺきものであることも考慮しなければならない。



(3)(意見,論評部分の名誉毀損,損害賠償請求も理由がない)*


以上によれば,沖縄ノートの各記述は,意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできない。したがって,沖縄ノートの各記述中,意見ないし論評にわたる部分の名誉毀損を理由とする損害賠償請求も,また理由がない。




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