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e 「秘録沖縄戦史」(昭和33年)山川泰邦著(ha)

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沖縄集団自決訴訟裁判大阪地裁判決
事実及び理由
第4 当裁判所の判断
第4・5 争点4および5(真実性及び真実相当性)について
第4・5(2) 集団自決に関する文献等
  • ア 座間味島について
    • (ア)(梅澤命令説記載文献)

e 「秘録沖縄戦史」(昭和33年)山川泰邦著(ha)



「秘録沖縄戦史」は,沖縄戦当時警察官であり,その後琉球政府社会局長となった山川泰邦が,自己の体験や,終戦の翌年沖縄警察部が行った戦没警察官の調査の際に収集された数多くの人の体験談や報告,琉球政府社会局長時代の援護業務のために広く集めた沖縄戦の資料などに基づいて執筆したものである(乙4・6頁)。

「秘録沖縄戦史」には,
「昭和二十年三月二十三日,座間味は米機の攻撃を受け,部隊が全滅するほどの被害を蒙り,住民から二十三人の死者を出した。村民たちは,焼跡に立って呆然とした。早速,避難の壕生活が始まった。その翌日も朝から部隊や軍事施設に執拗な攻撃が加えられ,夕刻から艦砲射撃が始まった。艦砲のあとは上陸だと,住民がおそれおののいているとき,梅沢少佐から突然,次のような命令が発せられた。『働き得るものは男女を問わず,戦闘に参加せよ。老人,子供は全員,忠魂碑前で自決せよ』と。」

「梅択少佐の自決命令を純朴な住民たちは,そのまま実行したのである。その日,七五名が自決し多くの未遂者を出した。」
として,原告梅澤が老人・子供に対して忠魂碑前で自決するよう命じた旨の記述がある(乙4・229ないし231頁)。





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