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第4・1 名誉毀損の成否の規準等について

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沖縄集団自決裁判大阪地裁判決
事実及び理由
第4 当裁判所の判断

第4・1 名誉毀損の成否の規準等について



(1) (訴訟の概略と訴えの成立)*

本件は,冒頭で指摘したとおり,本件各書籍により原告梅澤及び赤松大尉が太平洋戦争後期に座間味島,渡嘉敷島の住民に集団自決を命じ,住民を多数死なせながら自らは生き延びたという虚偽の事実を摘示され,原告梅澤及ぴ赤松大尉の社会的評価を著しく低下させられ,その名誉を毀損され,その人格権や敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたとして,損害賠償及ぴ本件各書籍の出版の差し止め等を求める訴訟である。

人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は,損害賠償又は名誉回復のための処分を求めることができるほか,人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずぺき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年6月11同大法廷判決・民集40巻4号872頁参照)。

(2) (名誉毀損を理由とする損害賠償請求の要件)*

そこで,まず名誉毀損を理由とする損害賠償請求について検討するに,事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的がもっぱら公益を図るものである場合に,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があったときには,その行為には違法性がなく,仮にその事実が真実であることの証明がなくても,行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失が否定され,不法行為は成立し拒いものと解するのが相当である(最高裁昭和41年6月23日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。もっとも,書籍の執筆,出版を含む表現行為一般について公益を図ることが唯一の動機であることが必要であるとすることは,実際上困難であるから,ここにいう「その目的がもっぱら公益を図るものである場合」というのは,書籍の執筆,出版について,他の目的を有することを完全に排除することを意味するのではなく,その主要な動機が公益を図る目的であれぱ足りると解するのが相当である。

また,ある書籍中の記述が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,当該記述についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すぺきである(最高裁昭和31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)。

(3) (事実を基礎とする意見や論評による名誉毀損の要件)

第2・2(3)イのとおり,沖縄ノートの各記述中には,事実を基礎とした意見ないし論評にわたる部分が存在している。

ところで,公然と事実を摘示した場合に限定する刑法230条1項の名誉毀損罪と異なり,民事上の名誉毀損は,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を違法に低下させることによって成立するものであり,侵害の手段は格別限定されないから,意見ないし論評によっても,民事上の名誉毀損は,成立し得る。

そして,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的がもっぱら公益を図ることにあった場合に,その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,その行為は違法性を欠くものというぺきである(最高裁昭和62年4月24日第2小法廷判決・民集41巻3号490頁参照)。そして,仮にその意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも,行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失が否定され,不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁平成9年9月9日第3小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。

したがって,沖縄ノートの各記述中の事実を基礎とした意見ないし論評にわたる部分については,まず,その部分が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的がもっぱら公益を図ることにあったこと及ぴその意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であること若しくは真実相当性の証明があったかどうかを判断することになるが,この点は,名誉毀損を理由とする損害賠償請求の要件と重なる面がある。そして,これが認められた場合には,さらに人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるか否かを検討することとなる。

(4) (名誉毀損を理由とする出版等差止めの要件)*

次に名誉毀損を理由とする侵害行為の差止めとしての本件各書籍の出版等差止めの要件について検討する。

人格権としての名誉権に墓づく出版物の印刷,製本,販売,頒布等の事前差止めは,その出版物が公務員又は公職選挙の侯補者に対する評価,批判等に関するものである場合には,原則として許されず,その表現内容が真実でないか又はもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって。かつ,被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限り,例外的に許される(最高裁昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁参照)。

本件では,既に出版され,公表されている書籍の出版等差止めを求めるものであるから,表現行為の事前差止めに関する以上の要件のうち,損害発生に係る要件は,「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに」限定する必要はなく,被害者が重大な損害を被っていると評価されれば足りるものと解される。

そして,本件で問題になっているのは,第2・2(1)アのとおり,太平洋戦争後期に座間味島で第一戦隊長として行動した原告梅澤及び渡嘉敷島で第三戦隊長として行動した赤松大尉が,太平洋戦争後期に座間味島,渡嘉敷島の住民に集団自決を命じたか否かであって,原告梅澤及ぴ赤松大尉は日本国憲法下における公務員に相当する地位にあったから,本件各書籍の出版の差止め等は,その表現内容が真実でないか又はもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,被害者が重大な損害を被っているときに認められると解するのが相当である。

※↑原告梅澤及ぴ赤松大尉は、私人ではなく公務員であったことの指摘

この要件を名誉毀損を理由とする損害賠償請求のそれと比較した場合,真実性が認められないことが求められたり主張,立証責任の観点からも,原告らに責任が加重されていると考えられるのであって,名誉毀損を理由とする損害賠償請求が認められない場合に,名誉毀損を理由とする侵害行為の差止めとしての本件各書籍の出版差止めが認められる余地は存しない。

したがって,以下の争点についての判断に際しては,まず名誉毀損を理由とする損害賠償請求の成否についての判断を示し,それが認められる場合に,名誉毀損を理由とする侵害行為の差止めとしての本件各書籍の出版差止めの要件について検討を進めることとする。

(5) (敬愛追慕の情侵害の場合の要件≧名誉毀損の場合の要件)*

※名誉毀損による損害賠償の要件が認められなければ、敬愛追慕の情侵害による損害賠償は当然認められなくなる。よって、まず、名誉毀損による損害賠償の要件について判断する=争点7は場合によっては審理に及ばない。

原告赤松は,第2・2(1)アのとおり,赤松大尉の弟であり,本件請求は,赤松大尉の名誉が本件各書籍により侵害され,これにより原告赤松の赤松大尉に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする。

ところで,死者に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする損害賠償請求について,その要件が名誉毀損を理由とする損害賠償請求より加重されるか否かについては,原,被告らが第3・7で裁判例を引用するなどして主張するとおり,見解の対立があり,「比較的広く知られ,かつ,何が真実かを巡って論争を呼ぶような歴史的事実に関する表現行為について,当該行為(故人の生前の行為に関する事実摘示又は論評)が故人に対する遺族の敬愛追慕の情を違法に侵害する不法行為に該当するものというためには,その前提として,少なくとも,故人の社会的評価を低下させることとなる摘示事実又は論評若しくはその基礎事実の重要な部分が全くの虚偽であることを要するものと解するのが相当であり,その上で,当該行為の属性及ぴこれがされた状況(時,場所,方法等)などを総合的に考慮し,当該行為が故人の遺族の敬愛追慕の借を受忍しがたい程度に害するものといい得る場合に,当該行為についての不法行為の成立を認めるのが相当である。」と判示した東京高裁車成18年5月24日判決(乙27)のように,これを加重する見解も存している。

しかしながら,死者に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする損害賠償請求について,その要件が名誉毀損を理由とする損害賠償請求より軽減されるとする見解は存しないし,これを軽減すぺき法的根拠は見出し難いから,それが軽減されるとは解されない。したがって,以下においては,まず赤松大尉に関する記述についても,通常の名誉毀損を理由とする損害賠償請求に関する要件を検討し,それが認められる揚合に,さらに死者に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする損害賠償請求の要件について検討を進めることとする。もとより,赤松大尉に関する記述について,通常の名誉毀損を理由とする損害賠償請求に関する要件を充足しない場合には,死者に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする損害賠償請求の要件について検討を進める必要がないことは,以上の判示から明らかである。

(6〕(司法的救済を求めることの遅滞)*

本件で間題となづているのは,太平洋戦争後期に発生した座間味島,渡嘉敷島における住民の集団自決であり,それは,第2・2(2)のとおり,昭和20年3月25日から同月28日にかけて発生したものであって,後記第4・5(6)のとおり,歴史の教科書に採り上げられるような歴史的事実に関わるものであって,既に発生から60年を超える年月が経過していることから,当裁判所に顕著な平均余命を考えると,赤松大尉を含め,関係者の多くが既に死亡しているものと認められる。

一方,第2・2(3)のとおり,家永三郎著の「太平洋戦争」は,昭和42年2月14日に発行され,その改訂版である「太平洋戦争 第二版」は昭和61年11月7日に発行され,本件書籍(1)は,平成14年7月16日に文庫化されたものである。また,沖縄ノートについても,第2・2(3)のとおり,昭和45年9月21日には既に発行されているのであって,原告ら及び赤松大尉が本件各書籍若しくはその前身である書籍に関して司法的救済を求めることは,昭和45年には可能であったと認められる。

本件で問題となっている太平洋戦争後期に発生した座間味島,渡嘉敷島における住民の集団自決に,原告梅澤及ぴ赤松大尉が関わったか否かについての実態の調査には,以上のとおり,既に時聞の壁が存するといわざるを得ないし,当裁判所には,当事者双方が提出し,若しくは申請した書証,証人の取調べに判断の資料が限定されるという司法的な限界も存するのであって,当裁判所の行う事実の存否の解明には,こうした限界があることを指摘せざるを得ない。

もとより当裁判所としては,前記事実の存否の解明それ自体が目的ではなく,これまで判示した損害賠償請求等の要件へのあてはめを立証責任を踏まえて判断することになる。その際,真実相当性の有無の判断に際しては,集団自決を体験したとする座間味島,渡嘉敷島の住民の供述やそうした記載を掲載している諸文献が重要な意味を有することは明らかである。

しかしながら,先に判示したとおり,集団自決が発生して相当時日が経過し,関係者の多くが既に死亡していると考えられることから,集団自決を体験したと供述し,諸文献に記載されている座間味島,渡嘉敷島の住民やそうした記載を掲載している諸文献の作者に対して反対尋問権を行使し得ず,その弾劾ができない場合に遭遇せざるを得ない。このことは,そうした諸文献の重要性に鑑みると,原告らに不利益な側面を有しているといわざるを得ないが,それは原告ら及ぴ赤松大尉が本件各書籍に関して司法的救済を求めることが遅滞したことに起因するものといわざるを得ない。

(7)(結び)*

以上,種々指摘した点を踏まえて,各争点について検討を加えることとする。




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