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第3・7 争点7(原告赤松につき、敬愛追慕の情の侵害があったか)について

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沖縄集団自決裁判大阪地裁判決
事実及び理由
第3 争点及びこれに対する当事者の主張

第3・7 争点7(原告赤松につき、敬愛追慕の情の侵害があったか)について



第3・7(1) 原告らの主張


ア(不法行為成立の要件)*

(ア)(死者の名誉の毀損)*
一般的に死者の名誉が毀損されれば,それにより遺族は死者に対する敬愛追慕の情という人格的利益を違法に侵害され,不法行為が成立すると解すぺきである。

そして,摘示された当該事柄が,公共の利害に関する事実であり,かつ,事実摘示が公益を図る目的でなされた場合で,摘示された事実が真実であることが証明されたときは,例外的に敬愛追慕の情の侵害について違法性が阻却され,不法行為が成立せず,また,真実であることが証明されない場合でも,行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意又は過失がなく,不法行為は成立しない。

本件においては,被告らによって死者赤松大尉の名誉が毀損されたことにより,原告赤松は,赤松大尉に対する敬愛追慕の情という人格的利益を違法に侵害されたものであり,不法行為が成立する。そして,不法行為の成立を否定する被告らが,事実の公共性,目的の公益性及ぴ事実の真実性又は事実を真実と信じるについての相当の理由の立証責任を負うのである。

(イ)(生者の場合と比ぺても要件は厳格ではない)*
死者に対する名誉毀損行為により,遺族が死者に対する敬愛追慕の情を侵害され,精神的苦痛を被ったときに,遺族に対する不法行為として一般私法上の救済の対象となり得ることは,大阪地裁堺支部昭和58年3月23日判決・判例時報1071号33頁,東京地裁昭和58年5月26日判決・判例時報1094号78頁においても認められている。

さらに,大阪地裁平成元年12月27日判決・判例時報1341号53頁も,問題の報道が死者の名誉を著しく毀損し,かつ生存者の場合であれぱプライバシーの権利の侵害となるぺき死者の私生活上他人に知られたくない極めて重大な事実ないしそれらしく受け取られる事柄を暴露したものであり,そのような報道により遺族は死者に対する敬愛追慕の情を著しく侵害されたものである旨認定し,遺族の敬愛追慕の情という人格的利益の侵害による不法行為が成立することを正面から認めている。この大阪地裁判決は,違法性阻却事由についても、名誉毀損一般に関する違法性阻却の判断(最高裁昭和41年6月23日判決)にならった枠組みを示している。すなわち,裁判例においても,死者の名誉毀損による敬愛追慕の情の侵害に関するものであるからといって,生者に対する名誉毀損の場合と比ぺて,虚偽性の面で,立証責任を転換したり,要件を厳格にしたりする判断はなされていない。

(ウ)(「百人斬り訴訟判決基準」は不当)*
死者に対する名誉毀損により敬愛追慕の情が侵害された場合の不法行為の成立要件について,被告らの引用する東京地裁平成17年8月23日判決(乙1)及ぴ東京高裁平成18年5月24日判決(乙27)の基準(以下「百人斬り訴訟判決基準」という。)は,真実を蔑ろにする基準であり不当であるし,東京高裁昭和54年3月14日判決・判例時報918号21頁を代表する「虚偽」で足りるとした裁判例を改悪した基準である。また,刑法上死者に対する名誉毀損罪の構成要件が「虚偽の事実を摘示」することとされていることとも齟齬する。

百人斬り訴訟判決基準によれぱ,「虚偽の」歴史的事実の表現の自由を認めることになる。

(エ)(「歴史的事実に移行」してない)*
また,被告らは,百人斬り訴訟判決と前記東京高裁昭和54年3月14日判決を挙げて,歴史的事実であることに基づく要件の厳格化を主張する。

しかし,これらの裁判例は“いずれも死者が亡くなって相当の年月を経てから初めて,死者の名誉を害するような事実記載がある著作物が出版された事案であり,そのような相当に長い年月の経過があるという特殊事情に鑑み,「歴史的事実に移行した」事実については「歴史的事実探求の自由,表現の自由への配慮が優位に立つ」という判断から,立証責任の転換が図られたものである。

本件の場合,沖縄ノートは,赤松大尉の生前に出版されたものであり,その時点では,摘示された事実は「歴史的事実に移行した」ものではなく,「歴史的事実探求の自由・表現の自由への配慮が優位に立つ」という価値判断が働く余地は全くない。

イ(原告赤松は敬愛追慕の情を侵害された)*

原告赤松は,13歳年上の兄で,優秀な軍人であり,親代わりとして家族の長のような存在であった赤松大尉を,幼き頃から強く尊敬していたところ,沖縄ノートの各記述は,原告赤松が赤松大尉に対して抱いていた人間らしい敬愛追慕の情を内容とする人格的利益を回復不可能なまでに侵害した。


第3・7(2) 被告らの主張


ア(不法行為成立の要件)

(ア)(敬愛追慕の情を害しただけでは不法行為にならない)*
原告赤松は、死者の名誉が毀損された場合に,遺族の死者に対する敬愛追慕の情という人格的利益を違法に侵害する不法行為が成立する場合があると主張するが,死者に対する敬愛追慕の情といった主観的感惰を害したからといって,それだけで違法性を有し不法行為を構成するとはいえない。

(イ)(不法行為成立要件は厳格である)*
仮に,死者に対する遺族の敬愛追慕の情を害する不法行為が成立することがあり得るとしても,死者と対する遺族の敬愛追慕の情を害する程度が極めて顕著で,遺族の人権を違法に侵害すると評価すべき特別な場合に限られるぺきである。すなわち,死者に対する敬愛追慕の情を侵害する不法行為の成立には,当該事実摘示が,死者の名誉を毀損するものであり,摘示した事実が虚偽であって,かつその事実が極めて重大で、遺族の死者に対する敬愛追慕の情を受忍し難い程度に害したといえる場合に限り,違法となり,不法行為が成立すると解すぺきである。

また,死者に関する事実は,時の経過とともに歴史的事実となり,人々の論議の対象となり,時代によって様々な評価を与えられることになるものであり,死者の社会的評価を低下させる事柄であっても,歴史的事実探求の自由やこれについての表現の自由が重視されるぺきであるから,歴史的事実に関する名誉毀損においては,虚偽性の要件については,一見明白に虚偽であること又は全く虚偽であることを要する。

(ウ)(歴史的事実の場合は、全くの虚偽で受忍しがたい程度の侵害が要件)*
前記東京高裁昭和54年3月14日判決も,
「故人に対する遺族の敬愛追慕の情も一種の人格的利益としてこれを保護すぺきものであるから,これを違法に侵害する行為は不法行為を構成するものといえよう。もつとも,死者に対する遺族の敬愛追慕の情は死の直後に最も強く,その後,時の経過とともに軽減していくものであることも一般に認めうるところであり,他面,死者に関する事実も時の経過とともにいわば歴史的事実へと移行していくものということができるので,年月を経るに従い,歴史的事実探求の自由あるいは表現の自由への配慮が優位に立つに至ると考えるべきである。」

「年月の経過のある場合,右行為の違法性を肯定するためには,前説示に照らし,少なくとも摘示された事実が虚偽であることを要するものと解すべく,かつその事実が重大で,その時間的経過にかかわらず,控訴人の故人に対する敬愛追慕の情を受忍しがたい限度に害したといいうる場合に不法行為の成立を肯定すぺきものとするのが相当である。」
としている。

また,前期東京地裁平成17年8月23日判決(以下「百人斬り訴訟1審判決」という。)も,
「死者に対する遺族の敬愛追慕の情も,一種の人格的利益であり,一定の場合にこれを保護すべきものであるから,その侵害行為は不法行為を構成する場合があるものというぺきである。もっとも,死者に対する遺族の敬愛追慕の情は死の直後に最も強く,その後,時の経過とともに少しずつ軽減していくものであると認め得るところであり,他面,死者に関する事実も時の経過とともにいわば歴史的事実へと移行していくものともいえる。そして,歴史的事実については,その有無や内容についてしばしば論争の対象とされ,各時代によって様々な評価を与えられ得る性格のものであるから,たとえ死者の社会的評価の低下にかかわる事柄であっても,相当年月の経過を経てこれを歴史的事実として取り上げる場合には,歴吏的事実探求の自由あるいは表現の自由への慎重な記慮が必要となると解されろ。それゆえ,そのような歴史的事実に関する表現行為については,当該表現行為時において,死者が生前に有していた社会的評価の低下にかかわる摘示事実又は論評若しくはその基礎事実の重要な部分について,一見して明白に虚偽であるにもかかわらず,あえてこれを摘示した場合であって,なおかつ,被侵害利益の内容,問題となっている表現の内容や性格,それを巡る論争の推移など諸般の事情を総合的に考慮した上,当該表現行為によって遺族の敬愛追慕の情を受忍し難い程度に害したものと認められる場合に初めて,当該表現行為を違法と評価すぺきである。」
としている。

さらに。この百人斬り訴訟1審判決の控訴審判決である前記東京高裁平成18年5月24日判決は,
「比較的広く知られ,かつ,何が真実かを巡って論争を呼ぶような歴史的事実に関する表現行為について,当該行為(故人の生前の行為に関する事実摘示又は論評)が故人に対する遺族の敬愛追慕の情を違法に侵害する不法行為に該当するものというためには,その前提として,少なくとも故人の社会的評価を低下させることとなる摘示事実又は論評若しくはその基礎事実の重要な部分が全くの虚偽であることを要するものと解するのが相当であり,その上で,当該行為の属性及ぴこれがされた状況(時,場所,方法等)などを総合的に考慮し,当該行為が故人の遺族の敬愛追慕の情を受忍しがたい程度に害するものといい得る場合に,当該行為についての不法行為の成立を認めるのが相当である。」
と判示した。

(エ)(本件は「歴史的事実」)*
本件においては,沖縄ノートの出版時点で,すでに自決命令から20年以上経過しており,提訴時には60年経過している。したがって,赤松大尉による自決命令は歴史的事実となっている。

イ(原告側主張への反論)*

(ア)(原告らによる判例解釈は誤り)*
原告らは,前記のとおり,大阪地裁平成元年12月27日判決,大阪地裁堺支部昭和58年3月23日判決及ぴ東京地裁昭和58年5月26日判決を挙げて,虚偽性の面で立証責任の転換や要件の厳格化はない旨主張する。

しかし,前記大阪地裁平成元年12月27日判決は,後天性免疫不全症侯群に罹患して死亡した人物のプライバシー侵害に相当する事実及び名誉を毀損する事実を,その死からわずか10日後に報道した事案に関する判決であり,本件とは事案を異にする。この事件の場合,歴史的事実探求の自由あるいはこれについての表現の自由への慎重な配慮は必要ないため,上記判決は,生存している者に対する名誉毀損に準ずるものとして,真実性の立証責任を転換せず,また,要件も厳格化しない基準を採用したものと考えるぺきである。

また,前記大阪地裁堺支部昭和58年3月23日判決は,根拠のない憾測に基づく事実摘示,すなわち,虚偽事実の摘示を,敬愛追慕の情の侵害による不法行為の要件としている。

さらに,前記東京地裁昭和58年5月26日判決は,摘示事実の真実性の立証責任について何ら言及しておらず,遺族の敬愛追慕の情の侵害が問題となる事案において真実性の立証責任を転換しないと判断したものではない。

(イ)(重要なのは死後よりも事実発生からの期間)*
原告らは,本件各書籍が,赤松大尉の生前に出版されたものであり,その時点で摘示された事実は歴史的事実に移行したものではなく,歴史的事実探求の自由,表現の自由への配慮が優位に立つという価値判断が働く余地はない旨主張する。

しかし、ある事実が歴史的事実となるか否かは,表現行為が表現の対象者の生前になされたかどうかとは直接の関係はない。死亡から事実摘示までの期間ではなく,当該事実が発生してから事実摘示までの期間が重要である。前記東京高裁昭和54年3月14日判決及び東京地裁平成17年8月23日判決も,死後,事実摘示がなされるまでの期間のみならず,当該事実が発生してから摘示されるまでの期間の経過を表現の自由への配慮の根拠としている。




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