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第3・5 争点5(真実相当性の有無)について

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沖縄集団自決裁判大阪地裁判決
事実及び理由
第3 争点及びこれに対する当事者の主張

第3・5 争点5(真実相当性の有無)について



第3・5(1) 被告らの主張


ア(自決命令は通説だった)*

 前4(1)で子細に主張したように。原告梅澤が住民に対して「自決せよ」との命令を出したことを内容とする文献が多数存在しているところ,本件各書籍中,座間味島における原告梅澤の自決命令に言及するものは本件書籍(1)である。

 本件書籍(1)は,昭和61年に出版された「太平洋戦争 第二版」を平成14年に文庫化したものである。

 そして,「太平洋戦争 第二版」が出版された昭和61年の時点において,原告梅澤により自決命令が出されたとの事実は「歴史的事実」として承認されており,文部科学省は,座間味島や渡嘉敷島などの集団自決が日本軍隊長の自決命令によるものであることは,これまでの通説だったとし(乙95及び96),軍の強制によるものであるとの教科書の記述の削除を求める検定意見も事実上撤回しているのであって,原告梅澤による自決命令があったとの事実が真実であると信ずるにつき相当の理由があったことは明らかである。

 また,前4(1)で主張したとおり,赤松大尉が住民に対して「自決せよ」との命令を出したことを内容とする文献が多数存在しており,真実相当性については,原告梅澤による自決命令と同様である。

イ(神戸新聞や「母の遺したもの」によって自決命令の虚偽性が明らかになったとはいえない)*

 昭和60年7月30日付けの神戸新聞に原告梅澤の自決命令を否定する軍事が掲載されたことによって,原告梅澤による自決命令の虚偽性が明らかになったとはいえず,また,「母の遺したもの」によって,その虚偽性が広く知られるようになったともいえない。

ウ(「ある神話の背景」よって自決命令の真実性が失われたわけではない)*

 昭和48年5月の「ある神話の背景」の出版によって,赤松大尉の自決命令を真実と信じる根拠が失われたということもない。

 昭和48年以降今日まで,赤松大尉の自決命令について記載した「鉄の暴風」や「沖縄県史 第8巻」は訂正されていないし、昭和63年6月16日付け朝日新聞(乙12)には,渡嘉敷村の富山兵事主任の供述が掲載されて赤松大尉の自決命令が肯定され,平成2年3月31日に出版された「渡嘉敷村史」(乙13)においても,赤松大尉による自決命令があったことが明記され,これらの記載は現在まで訂正されていない。



第3・5(2) 原告らの主張


ア 本件書籍(1)について

 原告梅澤が自決命令を出したとする梅澤命令説は,昭和60年7月30日付けの神戸新聞(甲B9)に,初枝の「梅澤少佐らは,『最後まで生き残って軍とともに戦おう』と,武器提供を断った」との供述が掲載された時点で,その根拠は失われた。

 その後,昭和62年4月18日付け神戸新聞(甲B11)に宮村幸延の「証言」(甲B8)とインタビュー記事が掲載されたことによって、梅澤命令説の虚偽が明らかとなり,これを真実と誤信する相当性は完全に失われることとなった。

 そして,平成12年,宮城証人の「母の遺し走もの」(甲B5)が出版されたことによって,梅澤命令説が虚偽であることが広く知られるようになった。

 したがって,本件書籍(1)については,出版された平成14年当初から不法行為が成立する。

イ 本件書籍(2)について

 赤松大尉が自決命令を出したとする赤松命令説は,その発端となった「鉄の暴風」初版が出版された昭和25年当時から,不確かな風説と伝聞に基づいて創作されたものであり,相当な根拠を欠くものであったが,昭和48年5月に「ある神話の背景」(甲B18)が出版され,「鉄の暴風」の不確実性が明らかにされた段階で,赤松命令説を真実と誤信する根拠は完全に失われた。

 したがって,本件書籍については,出版された昭和45年当時から不法行為を構成する違法有責な著作物であったとする余地がある。本件訴訟では,「ある神話の背景」が出版され,その相当性の欠如が明らかになった昭和48年5月以降に出版された第5刷以後の頒布につき,不法行為責任が生じる。


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