第3・4(2)ア 真実性の証明の対象となる命令
被告大江の論評の前提となった事実は,「沖縄の民衆の死を抵当にあがなわれる本土の日本人の生」という論評を示すことができる中身を持った命令(以下「無慈悲直接隊長命令説※」という。)であり,これと異なる命令について立証しても,真実性の立証とはならない。このことは,本件記述(1)にも同様のことがいえる。
- ※「無慈悲直接隊長命令説」
- 原告弁護団による新造語,原告準備書面8(2)またはその要旨参照。
被告らは,手榴弾の交付を自決命令とする「手榴弾交付命令説」,軍官民共生共死の一体化という政治体制による強制的雰囲気が集団自決を生んだ「命令」と評する「政治体制命令説」,日本軍の指示・強制を自決命令とする「広義の命令説」を展開する。
しかし,手榴弾交付命令説は,原告梅澤や赤松大尉以外の者の手榴弾交付行為を,原告梅澤及び赤松大尉の行為と評価するもので,これを立証しても,無慈悲直接隊長命令説の立証にはならない。
また,政治体制命令説は,軍人の命令が,日本国内すべての人聞の生死を徹底的にコントロールできるような政治体制であったということが前提となるはずであるが,そのような体制は旧ソ連や北朝鮮でも聞かない。
広義の命令説は,原告梅澤及ぴ赤松大尉以外の者の命令・指示・誘導・示唆等から命令の存在を推認するものであり,内容として一定しないし,本来の立証対象となるべき無慈悲直接隊長命令説の範囲を都合良く拡大解釈するものである。
被告らは,第3・4(1)ア記載の背景事情を軍の自決命令と結びつけているが,それは,極めて粗雑な議論である。また,阿嘉島の野田隊長による自決命令も存在しないし,あったとしても原告梅澤による自決命令及び赤松大尉による自決命令の根拠とはならない。