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◎〔別紙〕

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◎〔別紙〕《 ただいま編集中 》

『平成18年度検定決定高等学校日本史教科書の訂正申請に関する意見に係る調査審議について(報告)』
平成19年12月25日
教科用図書検定調査審議会第2部会日本史小委員会
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/08011106/001.pdf
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1018.html


各訂正文の内容等に関する調査審議について・・・別紙(1)


引用者注:検定結果と訂正申請の結果の要約については、沖縄タイムス「教科書検定による集団自決記述の変遷」http://www.okinawatimes.co.jp/pdf/2007122602G.pdf 参照のこと。

1.山川出版社「日本史A 改訂版」

申請図書の記述(18年4月検定申請) 教科書見本の記述(19年3月検定決定) 訂正申請の記述(19年11月2日申請) 訂正理由
《囲み》
■沖縄戦
フィリピン・硫黄島を占領したアメリカ軍は,約55万の大兵力による沖縄攻略に着手し,1945(昭和20)年4月1日,沖縄本島中部西海岸に上陸した。日本軍は,沖縄を本土防衛の最前線と位置づけて約8万の部隊を配置し,地元でも一般市民を「防衛隊」に,中学生・女学生を「鉄血勤皇隊」「学徒隊」に動員するなど,計約10万の守備軍を編成していた。4月6日,戦艦大和が瀬戸内海から沖縄へと出撃したが,翌日には米軍機の集中的な雷・爆撃を受け,目標はるか手前の東シナ海で沈没した。また,沖縄海域に群がる米軍艦艇に対して,日本軍の特攻機の体当たり攻撃が繰り返された。アメリカ軍は沖縄本島に海と空から大規模な砲・爆撃を加えたが,地上戦では軍・住民ぐるみの激しい抵抗を受け,上陸地点から10キロ南下して首里を占領するのに2カ月を要した。この間に日本軍の兵力は半減した。島の南端に追い詰められた残存部隊は,アメリカ軍の火焔放射器を使った徹底的な掃討作戦にあい,「女子学徒隊」も集団自決に追い込まれた。

6月末までに日本軍の組織的抵抗は終わった。島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが,日本軍によってを追い出されあるいは集団自決に追い込まれた住民もあった。沖縄戦による死者は,日本側が軍人・非戦闘員それぞれ9万人余り,アメリカ軍1万人余り,合計約20万人と推定される。また,約60万の沖縄県民のうち,犠牲者は12万人を超えるものと見られる。本土決戦の回避により, 沖縄戦は日米戦争最後の決戦,かつ唯一の地上戦となった。
《囲み》
■沖縄戦
フィリピン・硫黄島を占領したアメリカ軍は,約55万の大兵力による沖縄攻略に着手し,1945(昭和20)年4月1日,沖縄本島中部西海岸に上陸した。日本軍は,沖縄を本土防衛の最前線と位置づけて約8万の部隊を配置し,地元でも一般市民を「防衛隊」に,中学生・女学生を「鉄血勤皇隊」「学徒隊」に動員するなど,計約10万の守備軍を編成していた。4月6日,戦艦大和が瀬戸内海から沖縄へと出撃したが,翌日には米軍機の集中的な雷・爆撃を受け,目標はるか手前の東シナ海で沈没した。また,沖縄海域に群がる米軍艦艇に対して,日本軍の特攻機の体当たり攻撃が繰り返された。アメリカ軍は沖縄本島に海と空から大規模な砲・爆撃を加えたが,地上戦では軍・住民ぐるみの激しい抵抗を受け,上陸地点から10キロ南下して首里を占領するのに2カ月を要した。この間に日本軍の兵力は半減した。島の南端に追い詰められた残存部隊は,アメリカ軍の火焔放射器を使った徹底的な掃討作戦にあい,「女子学徒隊」も集団自決に追い込まれた。

6月末までに日本軍の組織的抵抗は終わった。島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが,そのなかには日本軍に壕から追い出されたり,自決した住民もいた。沖縄戦による死者は,日本側が軍人・非戦闘員それぞれ9万人余り,アメリカ軍1万人余り,合計約20万人と推定される。また,約60万の沖縄県民のうち,犠牲者は12万人を超えるものと見られる。本土決戦の回避により,沖縄戦は日米戦争最後の決戦,かつ唯一の地上戦となった。
《囲み》
■沖縄戦
フィリピン・硫黄島を占領したアメリカ軍は,約55万の大兵力による沖縄攻略に着手し,1945(昭和20)年4月1日,沖縄本島中部西海岸に上陸した。日本軍は,沖縄を本土防衛の最前線と位置づけて約8万の部隊を配置し,地元でも一般市民を「防衛隊」に,中学生・女学生を「鉄血勤皇隊」「学徒隊」に動員するなど,計約10万の守備軍を編成していた。4月6日,戦艦大和が瀬戸内海から沖縄へと出撃したが,翌日には米軍機の集中的な雷・爆撃を受け,目標はるか手前の東シナ海で沈没した。また,沖縄海域に群がる米軍艦艇に対して,日本軍の特攻機の体当たり攻撃が繰り返された。アメリカ軍は沖縄本島に海と空から大規模な砲・爆撃を加えたが,地上戦では軍・住民ぐるみの激しい抵抗を受け,上陸地点から10キロ南下して首里を占領するのに2カ月を要した。この間に日本軍の兵力は半減した。島の南端に追い詰められた残存部隊は,アメリカ軍の火焔放射器を使った徹底的な掃討作戦にあい,「女子学徒隊」も集団自決に追い込まれた。

6月末までに日本軍の組織的抵抗は終わった。島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが,そのなかには日本軍によって壕を追い出されたり,あるいは集団自決に追い込まれた住民もあった。沖縄戦による死者は,日本側が軍人・非戦闘員それぞれ9万人余り,アメリカ軍1万人余り,合計約20万人と推定される。また,約60万の沖縄県民のうち,犠牲者は12万人を超えるものと見られる。本土決戦の回避により,沖縄戦は日米戦争最後の地上戦となった。
学習を進める上に支障となる記載(沖縄戦の理解が不十分になる恐れがあるため)

※下線は,申請図書の記述は18年度検定の際の修正表,教科書見本と訂正申請の記述は訂正申請書にあわせて引いている。

※「訂正文の内容等を調査審議するに当たっての沖縄戦及び集団自決に関する日本史小委員会としての基本的とらえ方」に照らし,今回の訂正は妥当と判断し,承認することが適当であるとの意見を出すものとする。

(補足説明)
  • 沖縄戦全体において,いかなる事実が起こったかが生徒に伝わる記載となっている。
  • 訂正文の記載には,「島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが,そのなかには」とあり,
    • 住民が「日本軍によって壕を追い出された」ということ
    • 「集団自決に追い込まれた住民もあった」ということ
の2つの事柄が並列に記述されている,と読み取れる。
  • 上記の2つの事柄については,いずれも,客観的資料や史実に照らして,生徒が誤解するおそれのない表現であると考えられる。



2.第一学習社「高等学校改訂版日本史A 人・くらし・未来」



〔番号1〕
申請図書の記述(18年4月検定申請) 教科書見本の記述(19年3月検定決定) 訂正申請の記述(19年12月13日申請) 訂正理由
《本文》
沖縄戦で,日本軍は兵力不足をおぎなうために,一般住民を地上戦に動員したが,そのなかには,中学校などの生徒たちも含まれていた。②

《側注》
②沖縄県下の中学校から男子生徒が「鉄血勤皇隊」として組織され,女学校から女子生徒が「ひめゆり部隊」など看護隊として動員された。
《本文》
沖縄戦で,日本軍は兵力不足をおぎなうために,一般住民を地上戦に動員したが,そのなかには,中学校などの生徒たちも含まれていた。②

《側注》
②沖縄県下の中学校から男子生徒が「鉄血勤皇隊」として組織され,女学校から女子生徒が「ひめゆり部隊」など看護隊として動員された。
《本文》
沖縄戦で,日本軍は兵力不足をおぎなうために,一般住民を地上戦に動員したが,そのなかには,中学校などの生徒たちも含まれていた。②

《側注》
②沖縄県下の中学校から男子生徒が「鉄血勤皇隊」として組織され,女学校から女子生徒が「ひめゆり学徒隊」など看護隊として動員された。
学習を進める上で支障となる記載
(「部隊」では一般の軍隊として誤解を招くおそれがあり,生徒が当該看護隊の性格をより理解できるような表記とした。)

〔番号2〕
申請図書の記述(18年4月検定申請) 教科書見本の記述(19年3月検定決定) 訂正申請の記述(19年12月13日申請) 訂正理由
《図版解説》
④沖縄戦沖縄に上陸するアメリカ軍。沖縄戦では,一般住民を含む県民12万人が犠牲となった(「沖縄県援護課資料」)。このなかには,集団自決のほか,スパイ容疑や,作戦の妨げになるなどの理由で日本軍によって殺された人もいた。
《図版解説》
④沖縄戦沖縄に上陸するアメリカ軍。沖縄戦では,一般住民を含む県民12万人が犠牲となった(「沖縄県援護課資料」)。このなかには,集団自決のほか,スパイ容疑や,作戦の妨げになるなどの理由で日本軍によって殺された人もいた
《図版解説》
④沖縄戦沖縄に上陸するアメリカ軍。沖縄戦では,一般住民を含む県民12万人が犠牲となった(「沖縄県援護課資料」)。このなかには,スパイ容疑や作戦の妨げになるなどの理由で,日本軍によって殺された人もいた。日本軍は住民の投降を許さず,さらに戦時体制下の日本軍による住民への教育・指導や訓練の影響などによって,「集団自決」に追い込まれた人もいた
学習を進める上で支障となる記載(「集団自決」については,それがおこった背景の説明がなくその本質が理解できないものとなっていたため,背景の理解がはかれるような説明を追加した。)

※下線は,申請図書の記述は18年度検定の際の修正表,教科書見本,訂正申請の記述は訂正申請書にあわせて引いている。

※第一学習社は検定意見を付していないので,申請図書と教科書見本の記述は同じである。

※「訂正文の内容等を調査審議するに当たっての沖縄戦及び集団自決に関する日本史小委員会としての基本的とらえ方」に照らし,今回の訂正は妥当と判断し,承認することが適当であるとの意見を出すものとする。

(補足説明)
  • 沖縄戦における当時の様々な背景・要因を記述することにより,「「集団自決」に追い込まれた人もいた。」と説明するものである。
  • 「日本軍は住民の投降を許さず」という表現については,「軍の方針として投降を許さなかった」ということは確認できることから,正確性を欠くものではない。
  • 「戦時体制下の日本軍による住民への教育・指導や訓練」という表現については,「投降を許さない」などという当時の日本軍の方針や米軍に対する恐怖などが,住民への訓示などによって宣伝・普及されたことは確認できるものであり,正確性を欠くものではない。また「影響などによって」という表現により日本軍以外の要因も含まれていると考えられる。




3.三省堂「日本史A 改訂版」


申請図書の記述(18年4月検定申請) 教科書見本の記述(19年3月検定決定) 訂正申請の記述(19年12月13日申請) 訂正理由
《本文》
沖縄では,1945年3月にアメリカ軍が上陸し,日本国内で住民をまきこんだ地上戦がおよそ3か月間にわたって行なわれ,戦死者は日本側で約18万8000人,そのうち12万人以上は沖縄県民であった。さらに日本軍に「集団自決」を強いられたり,戦闘の邪魔になるとか,スパイ容疑をかけられて殺害された人も多く,沖縄戦は悲惨をきわめた。
《本文》
沖縄では,1945年3月にアメリカ軍が上陸し,日本国内で住民をまきこんだ地上戦がおよそ3か月間にわたって行なわれ,戦死者と戦闘による犠牲者は日本側で約18万8000人,このうち, 沖縄県民は12万人以上の数にのぼった。さらに,追いつめられて「集団自決」した人や,戦闘の邪魔になるとかスパイ容疑を理由に殺害された人も多く,沖縄戦は悲惨をきわめた
《本文》
沖縄では,1945年3月にアメリカ軍が上陸し,日本軍との戦闘が3か月間つづいた(沖縄戦)。この間,日本軍が多くの県民を防衛隊などに動員したうえに,生活の場が戦場となったため,県民の犠牲は大きく,戦闘の妨げやスパイ容疑を理由に殺された人もいた。さらに,日本軍の関与によって集団自決に追いこまれた人もいるなど,沖縄戦は悲惨をきわめた②。

《側注》(追加)
沖縄県援護課によると,戦死者と戦闘による犠牲者は日本側約18万8000人であった。そのうち沖縄県民は12万人以上で,うちわけは,軍人・軍属約2万8000人,軍夫などに動員された者約5万5000人,一般住民約3万9000人とされている。また最近では,集団自決について,日本軍によってひきおこされた「強制集団死」とする見方が出されている
学習上の支障( 生徒が沖縄戦の全体像をより深く理解するには記述が不足しているため)

※下線は,申請図書の記述は18年度検定の際の修正表,教科書見本と訂正申請の記述は訂正申請書にあわせて引いている。

※「訂正文の内容等を調査審議するに当たっての沖縄戦及び集団自決に関する日本史小委員会としての基本的とらえ方」に照らし,今回の訂正は妥当と判断し,承認することが適当であるとの意見を出すものとする。

(補足説明)
  • 「住民をまきこんだ地上戦」について具体的に記述することによって,沖縄戦の全体像が理解できる記載となっている。
  • 県民が集団自決に追い込まれた背景・要因についても記述されている。
  • 側注の「強制集団死」については「最近の見方」についてのものである。




4.東京書籍「日本史A 現代からの歴史」







5.清水書院「高等学校日本史B 改訂版」

6.三省堂「日本史B 改訂版」

7.実教出版「日本史B 新訂版」

8.実教出版「高校日本史B 新訂版」

〈別紙参考〉各訂正文の内容等に関する調査審議について(発行者が取り下げを行った訂正申請) ・・・別紙(12)

1.第一学習社「高等学校改訂版日本史A 人・くらし・未来」

2.三省堂「日本史A 改訂版」

3.東京書籍「日本史A 現代からの歴史」

4.清水書院「高等学校日本史B 改訂版」

5.三省堂「日本史B 改訂版」

6.実教出版「日本史B 新訂版」

7.実教出版「高校日本史B 新訂版」




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