秘密


「あの時は、youがこんな風になるとは思ってもいなかったぞ、山田」
上田は、洞窟で奈緒子と向き合っていた。
否、向き合うというのは正しくない。
上田は膝をついて、息を切らしている。
奈緒子はそれをどうするというわけでもなく、ただ見下ろしていた。
ひどく冷たい目で、寂しそうに。
その手には上田の名を書いた紙がある。
「わかりましたか。私には本当の霊能力がある」
「・・・ふっ、youの口からそんな言葉が出るとはな」
かなり苦しそうにしているのに、妙に上田の笑い声が響く。
それは場所が洞窟だからというわけだけではなさそうだ。
「笑っている余裕なんてあるんですか?」
奈緒子は紙を握る手に力を込めた。
「ぐ・・・!」
突いていた手に力が入らず、上田の体がごつごつした岩肌に崩れ落ちる。




苦しい。
息ができない。
だが、こんなのは霊能力なんかじゃない。

いきなり肺に空気が入ってきたので上田は思い切りむせ込んだ。
何が起きたのかと見ると、地面に紙が転がっている。
うえだじろう。山田の汚い字。
離れていく足音が聞こえる。
手をついて、まだ十分にはいうことをきかない体を持ち上げる。
「どうした・・・殺すんじゃないのか、え?
 ふっ、できないんだろうが!」
そう言って山田を見ると、こちらに背を向けているのが目に入った。
「・・・?」
体が重い。やっと立ち上がる。
まるでそれと引き換えのように、奈緒子の体は膝をついて、倒れた。



ビックマザーの予言はあたることになる。
私は霊能力者に殺される。
きっとそいつは―――私。
マジシャン「山田奈緒子」は霊能力者「山田奈緒子」に殺される。

「・・・山田!!!?」
意志の力ってのは強いものだと上田は思った。
体の不自由が一瞬で吹っ飛ぶ。
ごつごつした地面に勢いで躓きながら、
急いで奈緒子を抱き起こす。
「おい、山田!!おいっ!!!」
奈緒子の口から一筋、血が流れている。
手に長谷千賀子が持っていたのと似た封筒があった。
急いで中身を出す。
地面に山田奈緒子と書いた紙が落ちた。
「どうして・・・!どうしてこんなことを・・・毒か?おいっ、なにをした山田!!」
「ふ・・・名前を書いただけですよ。これが、私の能力・・・」
「馬鹿なことをいうな!!この世に霊能力なんか存在しないといったのは
 youだろうが!!くそ、早く病院に・・・」
抱き上げようとした上田を奈緒子は止めた。
「・・・そういえばそんなことを、言った事もありましたね。
 あの頃は、よかったな、まだ何も知らなかった・・・」



「遠くない未来、黒門島のやつら、私の力を使って人殺しをさせようとするんですよ。
 ・・・私人を殺したりなんかしたくない。
 普通の人も、黒門島のやつらでさえ・・・だからね、考えたんです。
 誰も死なない方法。
 やつらは私に言うことを きかせる為に
 上田さんを人質にしようとするんです。
 ・・・結構上田さんのこと、大事ですからね私。
 そんなので言う事きかせられるの、釈由美子・・・」
「癪にさわるだ。スカイハイかよ」
「そうそれ。私がいうことを聞かなかったら
 上田さん殺されちゃうから・・・。
 どうやって、誰も殺さず、死なせず・・・」
「・・・これがそうだって言うのか。
 だったら自分が死のうっていうのか。・・・だったら何故
 今まで死のうとしなかった。結局生きたかったんだろうが」
「・・・当たり前じゃないですか、そんなの。
 だから今まで逃げてきたんですよ。
 上田さんからも、黒門島からも・・・。
 やつら上田さんをつけてましたからね。
 連絡なんか取れなかった・・・」



奈緒子の声が弱くなる。
支えている体から力が抜けてきた。
瞼が重そうにして。
 おい山田!!駄目だぞ、こんなのはな、許さんぞ俺は!
 これだってやつらの思う壺かも知れないじゃないか。
 君を殺すことが目的で、君に霊能力があるように思わせて!
 これだって何か仕掛けがあるんだ。
 霊能力なんて存在しないって言っていたのは、お前だろうが!!
 山田奈緒子!!」
最後の方は半分叫びになった。
奈緒子が重そうに腕を上げて、弱々しく上田の襟首をつかむ。
今にも消えそうな声は、ひどく痛々しく聞こえた。
「だったら・・・教えてくださいよ。
 やつらがどうやってそんなことをしたのか。
 どうやってそんなことができたのか・・・トリックを・・・」



上田は膝に奈緒子の頭を乗せて、ただその顔を見ていた。
穏かなその目尻に一筋、涙が流れている。
「・・・馬鹿じゃないのか君は。なに泣いてるんだよ」
答えはない。もう返ってこない。
「・・・分かってるんだろうが。俺はな、君がいなけりゃ
 インチキだって暴けやしないんだ。
 怖いと気絶しちまうし、物理学の教授なのに、
 簡単な手品さえ分からない。
 ・・・ビッグマザーの時だって、死ぬと予言されたのに
 俺は今でもこうして生きてるじゃないか・・・。
 ・・・予言だって外れるんだ。予知だって外れるかもしれないじゃないか。
 生きてりゃ、youのしたことのトリックだって・・・」
上田はそう言って、ただぼんやりと、そのままでいた。


その後、上田次郎が山田奈緒子のトリックを明かせたかどうかは、
わかっていない。
最終更新:2006年09月12日 20:34