秘密 by 267さん


山田の様子がおかしい。
上田次郎がそう気づいたのは
山田奈緒子が夜、自分のマンションを訪ねてきたときだった。
例によっていかがわしい霊能力の調査を頼まれ、
解決したその日のことである。
上田がドアを開けると、奈緒子は小さく「どうも」とだけ言った。
「どうしたyou、君が訪ねてくるなんてめずらしいじゃないか。
 確か午後四時三十二分十五秒にお互い家路に着いたはずだぞ。
 もしや家賃が払えなくなって追い出されたのか?ん?」
からかい半分に言ったが、反応が返ってこない。
おかしい。用事があるならいつもは少し言いにくそうにはするが、
結局は言う。からかったらつっこんでくるはずなのに。
ずっと俯いたまま黙りこくっている。
「・・・まあ、入れ」
明らかに空回りした自分をちょっと情けなく思いながらも
上田は奈緒子を部屋に招きいれた。



「・・・どうしたんだよ。いつもの君らしくないぞ」
気を使って出した茶と菓子にも手をつけない。
いつもの彼女ではありえない。
奈緒子は部屋に入り、椅子に座ってもまだ視線を下の方にして黙ったままだ。
「何かあったのか?ん?言ってみろ、ほら」
彼女の正面に座り、いつもの態度で聞くが、やはり反応がない。
「・・・一体何をしに来たんだよ、youは。
 黙っていたら分からないだろう」
しばらく待っていたが、やはり奈緒子は微動だにしない。
上田は小さくため息をついて、
「・・・事件で疲れたんだろ。池田荘でゆっくりできないっていうんなら
 一晩だけここに泊まっていけばいい。
 言っておくがな、俺は理性的な人間なんだ、
 夜中に君を襲うとかそういうことはないからな」
そういって冷めてしまった茶を捨てようと台所へ席を立った。



流しへ茶を流したまさにそのとき、
「上田さん」
「おおぅっ!?」
いきなり背後で声がしたので上田は思い切り声をあげて
勢いよく振り返ってしまった。
「なんだ、やっと口を利い」
言いかけて声が出なく、いや出せなくなった。
奈緒子が上田の服の襟口を掴んで引き寄せ、強引に口をふさいだのだ。
目をつぶった山田の顔が異常に近い。口をふさぐと言う表現はちょっと違う。
そう、キス。接吻、口付け。記す。帰す。あと魚のキス―いや、そうではない。
真っ白になった後急に騒がしくなった思考を落ち着け、
両手を奈緒子の頬に添えて、とりあえず唇を離した。

最終更新:2006年09月12日 20:44