湯あたり by 267さん

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「じゃ・・・いいな」
心なしか色の白い山田の顔がさらに白く
(この場合青いといったほうがいいのかもしれない)
なって俺を見上げている。
「・・・おう」
俺は山田を組み敷いて、全裸で布団をかぶり、
彼女は覚悟を決めたように返事をした。
―――ええと、なんでこんなことになったんだっけ。



簡単にいえば、山田が池田荘に ここ数ヶ月、家賃を払っていなかったからだ。
珍しく、彼女が俺の部屋を訪ねてきた。
なんとも、言いにくそうに、
「・・・今夜泊めてください」
と、さすがに冷静な俺も固まった。
「・・・それは、あれか?交際している男女が しばらくの期間を経て、遂にことに及ぶ・・・」
「んなわけないじゃないですか!・・・池田荘から、その・・・」
「・・・追い出されたのか」
ぐっ、と山田が妙に固まったのがわかった。
はぁ、とわざと大きくため息をついて、
「入れ。今日だけだぞ」
と、山田を招きいれた。
くれぐれも言っておくがこの時点で俺に下心は無い。



神妙にしていたのも最初だけで、
山田はソファーでテレビを見るのに熱中している。
まったく、山田には女性として何かかけている気がする。
「おい、何を見ているんだ」
「水戸黄門の再放送です。
 やはり助さん角さんはあの二人に限りますね」
「俺はな、時代劇に興味は無いんだ。大体これは
 俺のテレビだ。変えるぞ」
山田が抗議の声をあげる前にすばやくリモコンを取り上げて
ほかのチャンネルに回した。
何年か前のトレンディードラマにチャンネルがあった。
「・・・趣味が乙女だぞ、上田」
「水戸黄門よりはましだ」



なんだかんだ言いながらも、
二人して集中しトレンディードラマを凝視していた。
お互い思いあっているのに、すれ違っている男女。
そいつらの行動がもどかしくて、つい山田と盛り上がってしまう。
「なんなんですかね、さっさと告白しちゃえばいいじゃないですか。
 大体、一回お互い思いが通じ合ったのに、
 なんではぐらかしちゃうんですか」
「それはそうだがな、you、男女の仲はそう簡単じゃないんだよ。
 次の段階に進むのにはそれなりに難しいんだ」
「そんなことないでしょ。一旦告白したんですから」
きっぱりと言い切る山田に、俺は少々カチンときた。
「・・・いやにはっきり言うじゃないか。なら俺たちはどうなんだよ」
「え・・・」



ドラマの中の男と女。
告白したのは男。返事をしない女。
それは今の俺たちによく似ている。
「俺は自分が思ってることは言ったつもりだ。
 youはどうなんだよ」
「・・・それは・・・」
「それは?」
「それはっ・・・げ、現実とドラマは違うだろ!」
「一旦思いが通じ合えば
 簡単だと言い切ったのはyouだぞ」
「・・・・・・」
言い過ぎたという思いはまったくもって無い。
だが、山田ははぶてた様だ。
「ほ~ら、言ってみろよ」



間違っていないだけに上田の言っていることは性質が悪い。
くそ、なにか反論を・・・そうだ。
「・・・ふーん、あれ、告白だったんですか」
「何?」
上田が怪訝そうな顔をする。
畳み掛けるチャンスだ。ふん、と威張ったように笑う。
「あんな、じゅ、なんとかじゃわかりませんでしたね。
 私、上田さんが本気かも知りませんもん
 返事なんてできるわけが」
「ほー、じゃ本気ならいいのか」
「へ」
上田がじっと私の顔を見る。
「・・・俺は君が好きだ」
あまりのことに硬直する。



言った後で、自分でもかなりくさいことを言ったと思った。
俺たちの間に、男女の関係になるために邪魔なものは
意地の張り合いの他はあまりない気がする。
今、どっちが先に折れるかで
この先の主導権が決まる、気がする。
負けてたまるか。
「返事。どうなんだよ」
声にわずかにからかうような調子が入るのは
どうにも抑えられない。
山田の口がぱくぱくと、言葉にならない声を出している
滑稽な様子を思い浮かべていただけばいいだろう。
後は、目線を外さず、じっと見るのだ。
告白の後はそうすればいい、と
どこかで読んだ気がする。
こういう時には記憶力のいい頭はすこぶる
役に立つものだ。

最終更新:2006年09月17日 13:25