ピラニア by 691さん
3
大きな手が私の髪を梳いてゆく。
角度を変えて、何度も、何度も。
こんな風に撫でられたの、何年振りだろう。
私は安心しきって、上田さんに身体をあずけていた。
もう涙は出ない。
うれしいとか、感動とか、そういうのじゃなくって、
今はもっとおおきくてあったかい気持ちでいっぱいだった。
「・・・YOU」
「なんですか」
胸元に押し当てた耳から、ぼわりと反響したような声が聞こえる。
気持ちいい。
「まだ、身体は熱いのか」
「・・・ええ・・・さっきよりは、随分マシですけど」
髪を撫でる手が下へ移動してゆく。
背中へ。腰へ。
・・・ん?
腰?
上田さんの唇が新たな言葉を紡ぐ。
「どうして俺がこんな薬なんか調達して、YOUに飲ませたと思う」
「え、この・・・あの、こうなることが目的じゃ」
「馬鹿を言うな、いい大人が相思相愛となる・・・勿論、その後することはひとつだろう」
腰へ回った手に力が入り、抱き寄せられた。
「実はなYOU・・・俺も飲んだんだよ、あれを」
ぴったり密着した身体から、まったくもって冗談としか思えない感触。
さすがに、私も自分の置かれた状況を理解した。
なに考えてんだ、この巨根!
「・・・ち、ちょっと待て、うえ」
抗議の言葉は、くちづけで封じられた。
さっきまでの稚拙な、押し付けるようなキスじゃない、
どこで学んだのか(きっとろくでもない雑誌だのビデオだのそういうもんだろう)、
唇を舌で辿り、歯でやわらかく噛み、
私が怯んだ隙にするりと押し入ってきては、いたるところを舐め、吸い上げる。
抵抗なんか、もう、できない。
ただ必死に身体に力を入れて、どうしようもなく上がってしまう息を整えようと頑張るだけ。
私だって、そんなに経験豊かなほうじゃない。
・・・というか、経験なんかない。
だから、上田さんのキスが一般的に巧い部類に入るのか、
それともとんでもなくつたないものなのか、わからない。
ただわかるのは、
薬で熱くなっていた私の身体が、もっと温度を増していく感覚。
それでいて、背筋を這い上がる寒いようなぞくぞくする感覚。
それがいったいなんなのか、知らないわけじゃない。
でも、私は、抗わない。
上田さんの、好きなひとの腕を、吐息を、唇を振り払えるほど、
今の私はドライじゃない。
むしろ逆だ。
もっと触れて欲しい。
でも、身体ははじめての刺激に怯えている。
唇は次々に落ちてきて、交じり合った唾液が口の端を汚す。
つ、と伝う雫を追って、上田さんの舌が滑りだす。
首筋を辿り鎖骨へと辿り着くその動きに身をすくめる。
きゅっと目をつむっていると、上田さんの身体がつと離れた。
さっきとは打って変わった、落ち着いた声が振ってくる。
「怖いか」
目を瞑ったまま首を横に振る。
怖くない。
上田さんだから。
「なら、目を開けてくれないか」
ゆっくりまぶたを開くと、ゆったりとソファに腰掛ける上田さんが見えた。
「こっちに来てくれ・・・YOUの意思で」
その瞳は真剣。
押されて、一歩踏み出した。
上田さんがひとつ、ゆっくりとまばたきをする。
もう一歩。
私は息を飲む。
最後。
目の前に立つと、上田さんは大きく息をつきながらわらった。
「ハハハ、よかった、いや、よかった」
「・・・なんなんだ、突然」
理解できない。
こいつ単純だから(童貞だから)、もっとがっつくみたいに向かってくると思ってた。
上田さんが下を向いて、恥ずかしそうにぼそりと呟く。
「だってな、拒まれてるみたいじゃないか・・・
あんなふうにガチガチになられたら」
・・・なんだ、このへっぽこ。
なんか、かわいいじゃないか。
あついからだは、脳みそを置いてけぼりにしてとんでもないことをしでかす。
目を開けたまま、
上田さんの目をまっすぐに見つめたまま、
さっき受けたののお返しとばかりに、
ほっぺを手のひらではさんでめちゃくちゃにキスをしてやった。
最終更新:2006年09月08日 00:01