ピラニア by 691さん


大きな手が私の髪を梳いてゆく。
角度を変えて、何度も、何度も。
こんな風に撫でられたの、何年振りだろう。

私は安心しきって、上田さんに身体をあずけていた。
もう涙は出ない。
うれしいとか、感動とか、そういうのじゃなくって、
今はもっとおおきくてあったかい気持ちでいっぱいだった。

「・・・YOU」
「なんですか」

胸元に押し当てた耳から、ぼわりと反響したような声が聞こえる。
気持ちいい。

「まだ、身体は熱いのか」
「・・・ええ・・・さっきよりは、随分マシですけど」

髪を撫でる手が下へ移動してゆく。
背中へ。腰へ。



 ・・・ん?
腰?

上田さんの唇が新たな言葉を紡ぐ。

「どうして俺がこんな薬なんか調達して、YOUに飲ませたと思う」
「え、この・・・あの、こうなることが目的じゃ」
「馬鹿を言うな、いい大人が相思相愛となる・・・勿論、その後することはひとつだろう」

腰へ回った手に力が入り、抱き寄せられた。

「実はなYOU・・・俺も飲んだんだよ、あれを」


ぴったり密着した身体から、まったくもって冗談としか思えない感触。


さすがに、私も自分の置かれた状況を理解した。
なに考えてんだ、この巨根!

「・・・ち、ちょっと待て、うえ」

抗議の言葉は、くちづけで封じられた。



さっきまでの稚拙な、押し付けるようなキスじゃない、
どこで学んだのか(きっとろくでもない雑誌だのビデオだのそういうもんだろう)、
唇を舌で辿り、歯でやわらかく噛み、
私が怯んだ隙にするりと押し入ってきては、いたるところを舐め、吸い上げる。


抵抗なんか、もう、できない。
ただ必死に身体に力を入れて、どうしようもなく上がってしまう息を整えようと頑張るだけ。


私だって、そんなに経験豊かなほうじゃない。
 ・・・というか、経験なんかない。

だから、上田さんのキスが一般的に巧い部類に入るのか、
それともとんでもなくつたないものなのか、わからない。


ただわかるのは、
薬で熱くなっていた私の身体が、もっと温度を増していく感覚。
それでいて、背筋を這い上がる寒いようなぞくぞくする感覚。

それがいったいなんなのか、知らないわけじゃない。


でも、私は、抗わない。
上田さんの、好きなひとの腕を、吐息を、唇を振り払えるほど、
今の私はドライじゃない。

むしろ逆だ。

もっと触れて欲しい。
でも、身体ははじめての刺激に怯えている。



唇は次々に落ちてきて、交じり合った唾液が口の端を汚す。
つ、と伝う雫を追って、上田さんの舌が滑りだす。

首筋を辿り鎖骨へと辿り着くその動きに身をすくめる。
きゅっと目をつむっていると、上田さんの身体がつと離れた。

さっきとは打って変わった、落ち着いた声が振ってくる。

「怖いか」

目を瞑ったまま首を横に振る。
怖くない。

上田さんだから。

「なら、目を開けてくれないか」

ゆっくりまぶたを開くと、ゆったりとソファに腰掛ける上田さんが見えた。

「こっちに来てくれ・・・YOUの意思で」
その瞳は真剣。



押されて、一歩踏み出した。
上田さんがひとつ、ゆっくりとまばたきをする。

もう一歩。
私は息を飲む。

最後。
目の前に立つと、上田さんは大きく息をつきながらわらった。

「ハハハ、よかった、いや、よかった」
「・・・なんなんだ、突然」

理解できない。
こいつ単純だから(童貞だから)、もっとがっつくみたいに向かってくると思ってた。

上田さんが下を向いて、恥ずかしそうにぼそりと呟く。

「だってな、拒まれてるみたいじゃないか・・・
 あんなふうにガチガチになられたら」


 ・・・なんだ、このへっぽこ。

なんか、かわいいじゃないか。



あついからだは、脳みそを置いてけぼりにしてとんでもないことをしでかす。


目を開けたまま、
上田さんの目をまっすぐに見つめたまま、
さっき受けたののお返しとばかりに、
ほっぺを手のひらではさんでめちゃくちゃにキスをしてやった。

最終更新:2006年09月08日 00:01