『いんみだれ』(矢部×山田) by 151さん

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山田「美人実力派手品師の山田です」
上田「超天才物理学者の上田です」
山田「上田さん、また151がSS書いたらしいですよ」
上田「またか?!」
山田「この人、呆れるほど暇なんですね。上田さん並に」
上田「…まぁ、放っといてやれよ」
山田「そうですね。じゃあ内容説明しますよ。えっと…奈緒子、つまり私ですね、が『うまめ』」
上田「『攻め』だ!!」
山田「そう、それそれ」
上田「ったく。しかし…君が攻めか、ふふっ……鞭、ろうそく、猿轡…?」
山田「何ブツブツ言ってんだ。続き読むぞ。えっと、攻めのつもりだったけど微妙な感じ」
上田「なんじゃそりゃ」
山田「で、ちょっと奈緒子、つまり私ですが、がちょっといん…いん~…いん?…『いんみだれ』! ……与謝野晶子?」
上田「『淫乱』だ!よく与謝野晶子知ってたな。…というか、YOU、わざとやってるだろ」
山田「…まぁ、だいたい以上ですね」
上田「ふっ、はははっ…しかし、君も好きだな?え?この間はあんなに恥ずかしがってたくせにいきなり攻めで淫乱とはな」
山田「あ、言い忘れてましたけど、相手は上田さんじゃありませんよ」
上田「まぁ、俺としてはそういうのも……って何??!」
山田「残念だったな!巨根が寂しいだろ!」
上田「……………………いや?まったく……で?相手は誰だよ。俺以外に君の相手がつとまる奴がいるとは思えないが?」
山田「そんなの……いっぱいいますよ?」
上田「誰だ?!!」
山田「それは…………お楽しみに!」



「ほんっと、信じられませんよ!!」
ドンッと音を立て、菊池が飲んでいたジョッキをテーブルに叩きつけた。
飛び跳ねた液体が顔にかかり、それを拭いながら俺は大きくため息を吐く。
「お前、ほんまいいかげんにせぇよ!飲み過ぎや!」
先程からの再三の忠告にも菊池はまったく耳を貸さない。
まぁ、もともと上司の命令を聞くようなタイプではないのだが。

なぜ俺がこんなことになっているかというと、他でもない菊池の誘いが始まりだった。
「矢部さん、今日飲みに行きませんか?僕、奢りますから」
普段からエリート意識が強く、夕方にはさっさと帰ってしまう菊池からの申し出は意外だったが、
奢りだというから俺は二つ返事で承諾した。
だが…。
「……来んどきゃよかったわ」
「え?何か言いました?」
悪酔いしている今の菊池に何を言っても無駄だろう。
手をブラブラと振り、何でもないと伝えると、菊池はまた酒に口を付ける。

何て事はない、菊池が俺を誘ったのは愚痴をぶちまける相手が欲しかっただけだったのだ。
しかし今まで菊池と酒を飲んだことがないため知らなかったが、こいつは酒癖が悪いうえに、
暴飲の癖があるらしい。
既に何杯目か分からないビールを一瞬で飲み干しては、俺に愚痴をこぼし続けていた。

俺は正直むかついていた。
こんな酒乱ぎみの奴を相手に、俺まで酔っぱらう訳にもいかず、さっきから全くといっていいほど
酒を飲んでいない。
しかし、それだけではない。一番の苛立ち理由は、菊池の愚痴の内容だった。



「矢部さん!聞いてますか?!」
「あぁ、はいはい」
「この東大卒の!キャリアの!資産もあり、顔も良い、僕の誘いを断ったんですよ?!」
「…その性格があかんかったんちゃうか」
「とにかく!どうかしてますよ、彼女」

菊池はある女に振られたことが余程堪えたようだ。
無理もない。
プライドの塊のようなこの男が、あんな小娘に振られたとあっては、自尊心はズタボロの筈だ。
…せやけど、こいつも気付けや。あの女はなぁ…。

「……そんなに、上田先生がいいんですかね」
急に口調を落ち着かせた菊池がボソリと呟いた。
「何や、気付いとったんか?…なら諦めろや」
「そう簡単に諦められるくらいなら、告白したりしませんよ」

俺は菊池の前にずっと連れ添っていた部下の顔を思い出していた。

『兄ぃ、ワシもう辛いんじゃよ』

そいつは、菊池同様あの女に惚れ、告白し、振られた。
だが、菊池のように振られた愚痴を俺にぶちまけたりはしなかった。
代わりに、いつも事件が起こると必ずと言っていいほどの確率で出くわすあの二人に会うのが辛いと、
最近はめっきり事務職にかかりきりになった。
そのせいで俺は、上司から別の厄介者の世話を押しつけられる訳となったのだが。



「揃いも揃って、お前らあの女のどこがいいんや?!」
「お前“ら”?」
菊池が訝しげに俺を見る。
「あ~、上田センセや、上田センセ」
「…あぁ」
納得し、再びジョッキに口をつけようとした菊池の手を押さえつける。
「せやから!もうやめぇ!」
「…矢部さんは?」
「は?」
「…ですから、矢部さんも彼女とは上田先生と同じくらい長い付き合いなんでしょう?
矢部さんは、彼女の事どう思ってるんですか?」
俺は数秒固まった後、堪らず吹き出した。
「はっ!おまっ…阿呆か!!あんなクソ生意気なだけの貧乳小娘のことなんか何とも思ってへんわ!」
「…変ですよ、矢部さん」
「変なのはお前らじゃ!しばくぞ、こら!」
俺は思いきり菊池の頭をどついた。
「俺は至って正常です~。お前らみたいな変人と一緒にすんなや」
叩かれた頭をさすりながら、菊池が俺を睨む。
俺は大きくため息を吐いて立ち上がり、菊池の腕を掴み上げた。
「ほら、もう帰るで!」
「え~?!」
「えぇから、おら立て!!すいませ~ん、お勘定」
立ち上がろうとしない菊池を引っ張り上げ、金を払わせている間に、俺はタクシーを捕まえようと外へ出た。



夜の風が顔に当たり、妙に冷たい。
少しは酔って顔が火照っていたのだろうか。
運良くすぐに車は掴まり、丁度店から出てきた菊池をそこに押し込む。
「ちゃんと自分ちの住所言えるな?」
車の外から、まだ酔いの醒めきっていない菊池の顔をのぞき込む。
菊池は小さく頷き、俺の方を見返した。
「矢部さんは乗らないんですか?」
一瞬突風が吹き、俺は頭を押さえつけた。
「あ~、俺は…えぇわ。酔いさましながら歩いて帰る。すいません、出して下さい」
そう言うと運転手は軽く俺に会釈し、車の扉を閉めた。
行き先を告げる菊池を窓越しに見て、その後車が角を曲がったのを確認してから踵を返した。

「…とは言ったものの」
歩いて帰るにはここから家までそれなりの距離があることに今更気付く。
自分でもなぜ菊池と一緒に車で帰らなかったのか分からない。

ただ、無性に今すぐ独りになりたくなった。

辺りを見回し、自分の今いる場所を改めて確認する。
「そういやここ、山田ん家の近くやな」
だから何だと自答しながら、俺は自宅へと歩を進めた。
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最終更新:2006年09月07日 10:07