私の本命

5


翌朝。痛む体を引きずるように身支度を整え部屋を出ると、上田さんが居心地悪そうに立っていた。
「…朝食はバイキングだ。昨日夕食を食べそこねたからな、存分に食べろ」
目を合わす事なく告げた上田さんについて歩いていると、聞き慣れた声が届いた。
「お~、おはようございます上田先生!」
矢部さんだ!矢部さん!…にゃ~!
なんだか恥ずかしくて、上田さんの背中に隠れてみた。
「おはようございます矢部さん。
…YOU、隠れてないで挨拶しなさい」
「え!?」
「なんやおったんか。普通お前が先に挨拶するもんや!『おはようございます』、ハイ」
「ぉ…おはようございます」
「よし。しかし朝食も旨そうやな~」
上田さんと矢部さんは、談笑しながら次々と料理を皿に盛っていく。
私は空の皿を抱えたまま、矢部さんをぼんやり見つめていた。


「YOU…言ってこいよ」
「えっ?」
「二人で話せる機会は滅多にないぞ」
そう言うと上田さんは両手に皿を抱えてテーブルに行ってしまった。
上田さん…辛いだろうに、私を応援してくれるんだ…。
目の前にはまだ矢部さんがいる。
そう…今しかないんだ。行け、奈緒子っ!
「…矢部っ!」
恋する乙女な気持ちで見つめたのに、矢部さんには睨みつけたように見えたらしい。
矢部さんは反射的に右手で頭を押さえて、数歩後ずさった。
「呼び捨てはあかん!…何や」
「…大事な話があるんです」
二人きりで話すなんて久しぶりで落ち着かない。
大丈夫、私には上田さんがついてる。
矢部さんの腕をつかみ、何も言わずに見つめた。
「お前なぁ…何がしたいんですかー?」
明らかに不審がられてるけど、一応確保できた。
あとは真面目に。ちゃんと、大きな声で。
「私…。…私、矢部さんが好きです。矢部さんの彼女になりたい」
「……。…へ?」
回りくどいのは通じないだろうから、率直に伝えた私の想い。
どきどきして足が震える。きっと顔は真っ赤になっているだろう。
それでも勇気を出せたことが嬉しくて、私はもう一度だけ言った。
「好きです…矢部さん」
「…大事な話、って…それ…からかってんのか!?は、…はぁ?お前が、彼女って何や!?阿呆か!!」
「私、本当に…ずっと前から好きです」
矢部さんはぽかんと口を開けて硬直してる。
ここからどうなるのか、私にはわからない。
でも、不思議と怖くはなかった。



---数分後。
上田さんの向かい側に倒れ込むように座り、ほてる体を落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。
「…上田さん。私、言った…」
料理を掻き込む手を止め、上田さんはちらっと私を見た。
何から話したらいいんだろう。
とにかく、上田さんに話したいことがたくさんあるんです。
「…上田さん、あのね」
上田さんは時折頷きながら、私の話を聞いていた。
色々あったけど、上田さんに会えてよかったと素直に思えた。

お父さん。私、幸せです。
あたたかくて優しい大切な人が、一緒にいてくれるから。

私をずっと見守ってくれる人。
私一人を、変わらず愛してくれる人。


(END)
最終更新:2006年09月06日 04:05