ついてない一日 by 510さん


 196 :名無しさん@ピンキー:2010/05/31(月) 19:55:00 ID:wucoPkcH
 俺もお言葉シールゲト 
 映画は最初の電話のところが好きだ 
 憎まれ口叩きながら、上田の電話がすごく嬉しそうな奈緒子かわいい 
 
 上田が部屋に来るのをちょっと期待したりして 
 そんな自分ににゃー!とかなってる奈緒子だったりしないかな 

それから7か月

 510 :1:2011/01/10(月) 01:08:27 ID:4ZWY9i33
 超今更なんだけど、>>196の書き込みに思わず妄想爆発して初めて書いてしまった 
 
 エロなしです。ごむんなさい 


1

  「疲れた・・・」

  奈緒子は部屋に入るなり、鞄を投げ出し畳にどさっと座りこんだ。


  新しく決まったばかりのバイトは、今日あっさりクビになった。
  いつものパン屋に行ったのに、今日に限ってパンの耳が余ってなかった。
  おまけに帰り道で夕立にあって、傘なんて持っているわけもなく、服も髪もびしょ濡れになった。
  そしてアパートに帰れば、-これはいつものことだが-大家さんとジャーミーくんに家賃を催促された。

  あらゆる困難をくぐり抜け、漸く部屋に辿り着いたのだ。


  ・・・ついてない。


  「パンチ、パーマ!」
  せめてもの癒しを得ようとハムスターに呼び掛けてみるが、いつもせわしなく動き回っている小動物さえ
  2匹丸まって仲良く眠り、反応しない。

  「・・・・・・」


  奈緒子は机に頭をもたげた。

  外ではまだ雨が降り続いている。


2


  「あーあ・・・」

  ―ふと、頭の片隅にあの男の顔が浮かんだ。

  そういえば。
  ここのところ、会っていない気がする。

  いつも突然部屋に現われては、勝手にお茶を入れたり洗濯物を取り込んでいたりする、でかいだけが取り柄のあの男。
  前に会ったのは・・・1か月前?いや、もっと前か?
  いつも面倒くさい事件を抱えて奈緒子の前に現れるくせに、ときどきこうしてぱったりと姿を見せなくなったりする。

  別にいいけど。

  会わないほうが、変な村に連れていかれて、変な事件に巻き込まれたりしなくてすむし。


  でも。

  私と会わない間、あのでかい男はどうしてるんだろう。
  一応大学の先生だから、授業したり(そんなとこ想像できないけど)、
  テストの採点をしたり、たまには学生と飲みに行ったりして、
  女子学生におだてられてデレデレしたり―

  私の知らない場所で。
  私の知らない人と会って。
  私の知らない顔で笑って―


3

  「って何で私がバカ上田のこと考えなきゃいけない!」

  思わずがばっと跳ね起きて叫んだ。

  別に上田がどこでどうしていようと関係ないじゃないか。
  バカで臆病で巨根で童貞でゾウリムシの40男のことなんか―


  ふいに、言いようのない悲しさがこみあげた。


  上田は、会わない間、こんなふうに私のことを思い出したりするだろうか。
  授業をしているとき。採点をしているとき。調べ物をしているとき。
  家にひとりでいるとき。
  わけもなく寂しくなったとき。

  少しでも、会いたいなんて―・・・



  「~~~に゛ゃーーーーっ!!」

  急に恥ずかしくなって頭を振った。
  違う。別に上田に会いたいとかじゃない。ただなんとなく頭に浮かんだだけで。
  来てほしいとか、そんなことじゃない。来たって迷惑なだけだ。いつも。いつだって。

  「ああもうバカ!バカ上田!」
  「誰がバカだ」


4


  聞きなれた、しかし久しぶりに聞く低い声。
  ぎょっとして振り向くと、上田が暖簾の間から顔を出して立っていた。

  「う、上田!・・・さん」
  上田は無言でずかずか上がりこむと、奈緒子の真横にどっかと腰を下ろした。

  「あのな・・・いいか」
  神妙な顔をして口を開く。
  「はい?」
  「俺を愛してはいけない」
  「はい!?愛してませんけど」
  なんだか前にも同じやりとりをしたような気がする。
  「今、俺の名前を呼んでたじゃないか」
  「バカ上田って言ったんです。悪口言ったんですよ」
  「俺がいないのにか?つまりは俺のことを考えてたんだろうが」
  「違うバカ!」
  「バカバカ言うな!いいか、バカって言う奴がバカなんだぞ。大体、日本科学技術大学教授で
  次期ノーベル賞候補の俺をバカ呼ばわりする君の―」

  急に言葉が途切れた。

  「・・・you、泣いて」
  「泣いてない!」
  上田が言い終わらないうちに遮った。
  慌てて顔を下に向けて視線をそらしたが、顔がかあっと赤くなるのがわかる。

  「おい」

  もう顔を上げられない。

  いつも鈍感で肝心なことに気づかないくせに、ほんのちょっと滲んだ涙に目ざとく気づくなんて。


5


  「・・・どうした」

  どうもこうもない。
  恥ずかしい。
  消えたい。
  ばかうえだ。

  「・・・何だよ、びしょ濡れじゃないか」
  今頃気づきやがって。普通もっと早く気づくだろ。

  「おい・・・山田」
  大きな手がおずおずと肩に触れた。
  「どうした」
  同じことを2回聞く。

  「上田さん・・・ずるいですよ」

  何もかもついてなくて、心細い日に来るなんて。
  上田さんのことを思い出していた、その時に来るなんて。

  「ずるい?・・・どこが」

  「全部ですよ!ぜんぶ!」
  顔を上げたら、思いがけず近くで目が合った。
  両方の肩に手が置かれる。
  「全然論理的じゃないな」
  「うるさ・・・」
  反論の言葉の途中で涙が零れた。
  同時に、上半身をぐいっと引き寄せられて―


6


  「な」
  何すんだバカ上田―

  いつもだったらそう言っているだろう。
  でも今は無理だった。

  突き飛ばすタイミングを失って、奈緒子は上田の腕の中でじっとかたまっていた。
  肩と背中に、上田の大きな手の感覚。
  必然的に顔を押しつけた胸はかたくてあたたかくて―そして早鐘を打っている。
  「な・・・ななななななななななな泣くんじゃない、you」
  どもりすぎだろ。

  「お・・・俺が。聞いてやる。・・・何でも」

  ぎゅう、と強く抱きしめられる。
  「だから・・・だから泣くな」

  恥ずかしいこと言いやがって。
  でも、そんな恥ずかしいことを言われて・・・なんか・・・嬉しくなってる私も・・・
  相当恥ずかしい・・・かも。

  やり場のなかった両手を上田の胸元に置く。

  「上田さん」
  「・・・ん?」
  「私―」

  会いたかったんです。上田さんに。

  「なんなんだ。早く言えよ」
  心配そうな、落ち着かない声。

  「うん・・・」
  言えるわけないじゃん、バカ。

  そーっと顔を離して、上田を見上げた。
  でかい目を見開いて、戸惑ったような緊張したような表情を浮かべている。


7


  「上田さんは・・・何しに来たんですか」
  「んっ!?」
  「何か理由があって来たんじゃないんですか、また変な事件とか」
  「いや・・・俺はそんな・・・今日は―・・・って何で俺が逆に質問されてるんだ!今はyouの・・・」
  「私は大丈夫です」
  そう言って体を離した。
  「大丈夫って、何があったかも聞いてな」
  「上田さんが来たから―もう大丈夫ですよ」
  「え」

  上田の動揺した顔を見て、漸く気持ちが落ち着いた。
  「おい。何だよ。どういう意味―」
  あたふたしている上田を無視して立ち上がる。
  「上田さん、シャワー貸してください」
  「は!?」
  「さっき雨に降られて・・・今日、銭湯も休みだし」

  それを聞いた上田は途端にいつもの調子になる。
  「はっ、何だよ、だからそんなびしょ濡れなのか。全く下らない理由で・・・
  大体、外出するなら事前に天気予報を見ておくとか傘を携帯するとか、
  youには身を守るための力がどこまでも欠如して」
  「いいから早く行くぞ上田!」


8


  「で?なんで上田さんうちに来たんですか」
  上田のマンションでシャワーを浴びて、ついでにトクウエ寿司を奢らせたあとでもう一度聞いてみた。
  「・・・別に」
  上田はテレビを見たまま無愛想に答える。
  「どうせまた、自称霊能力者が現れたとか」
  「いや・・・」
  「またおだてられて変な依頼引き受けたんだろ」
  「違う・・・」
  「じゃあ何しに来たんだお前」
  「・・・理由がないと駄目なのか」
  「え」

  「い・・・いいい一か月以上会ってなかったじゃないか」
  早口でそう言うと、向こうをむいて不自然にリモコンを探しはじめた。

  でも・・・上田め。
  耳、真っ赤だぞ。

  「上田さん、リモコンこっちですよ」
  「うぉう!?」
  「時代劇スペシャル見ましょう」
  「そんなもの放送してないだろ」
  「やってますよ。スカッとパーマネントTVで」
  「・・・スカパーのことか?スカイパーフェクトTVだ!わざとやってるだろ」
  「えへへへ!」


  何もかもついてない日だった。
  まあ・・・最後だけは、そうでもなかったかもしれないけど。


   end
最終更新:2014年03月07日 18:44