前の夜
彼はうなじや首筋にはキスしなかった。
鎖骨から胸元にかけてもだ。
“お色直しのドレス”の襟のラインを避けている事が奈緒子にも判った。
パジャマのボタンホールは言うまでもなく正常な仕上がりだったため、新品のパジャマは簡単に細い躰から離れて丸まった。
耳朶から流れてきた舌先で乳首をつつかれると奈緒子の喉から喘ぎが漏れた。
小さめの乳房に、平らな腹に、上田がキスを落としていく。
肩、腕、掌、指先、背中……腰。
彼の口やあごの短いひげがちょっとだけ痛い。
太腿に唇が近づくと、やはり恥ずかしい奈緒子は目を閉じてボサボサ頭を押しやろうとしてしまう。
だが頑丈な頸の力で抵抗を撥ね退け、それなりに馴れてきた指使いで小さな薄い下着を下ろし、上田はなめらかな脚を少しずつ順調に開いていった。
「あ…」
奈緒子が肩をくねらせる。
短い、しかし情熱的な口付けにより彼女の躰はすぐに用意を整えてしまった。
上田のほうも奈緒子に押し当てている強張りから察するまでもなくとうに準備完了といった趣だ。
「じゃあ、今日は早めに…だな?」
「う、うん」
「ちょっと勿体無いな」
「…バカ」
呼吸の早い奈緒子を凝視したまま、上田はいそいそとパジャマの上下をブリーフごと脱ぎ捨てた。
掌で膝頭を掴んだかと思うと、大きく両の腿を開く。
「……」
恥ずかしさが一向に薄れない様子の奈緒子が解放された両手で顔を覆ってしまった。
その指の間から漏れ見える表情と肌の上気に、上田の喉が固い音をたてる。
彼は更に大胆な角度に白い腿を押し開き、逸る期待と躰を重ねる喜びに低く呻いた。
「いっ、挿れるぞ」
「あの。そこは言わなくて、いいから」
奈緒子の片方の掌を掴み指を絡めた上田が腹を、腰を重ねるように合わせていく。
「上田…」
露出した綺麗な顔が、侵入の予感に身構えてなんともいえない艶かしさを滲ませた。
やわらかな裂け目に、彼は隆々と屹立したペニスの先をあてがった。呼吸は荒い。
淡い茂みの花弁の中は、ほんのわずかに押し入っただけでトロリと潤んでいるのがわかった。
「……」
自分の状態に奈緒子も気づいた。顔が真っ赤だ。
上田は囁いた。
「奈緒子」
腰を優しく押し出していく。
彼の場合簡単に潜れるわけもなく奈緒子の腰はそのまま上ずり、シーツの表面をひどく歪めた。
「……」
喉の奥から焦れた吐息を漏らし、上田は奈緒子の掌から離した手を躰の曲線に沿って滑らせた。
丸みを帯びた腰をしっかりと掴む。
右の膝から腿を彼女の太腿の裏に押し当て、わずかにおしあげる。
左も同様に──それから彼は、奈緒子の潤んだ目に視線を合わせたまま、ゆっくりと腰をくねらせ、先端を裂け目の奥に押し込んでいった。
強い両掌に支えられた細腰は微動だにしなかった。
完全に勃起した物理的に大きすぎる岩のような肉を、強い圧力に屈した彼女の躰がおとなしやかに受け入れていく。
蜜のぬめりは熱く、柔らかな肉は蕩けるほどに滑らかだった。
奈緒子は一度だけ切なげに呻いた。
片手は腰の横でしなり、シーツの襞を指に絡めて耐えている。
「…ん…ふ、ぅっ…」
上田は喉仏を晒し、太く低い鼻息を漏らした。
頬が紅潮し、眉間の溝が強く刻まれる。
深まっていく侵入は彼のサイズのせいでひどくゆっくりとしたペースで、二人の躰はそのみだらな感覚をもうよく知っていた。
「おう…you……あ、ああ、……」
太い首筋に浮き上がった血管がびくりびくりと脈打っている。
更に集中するかのように頭を下げた上田は奈緒子の眼前ででかい眼を閉じ、歯を食いしばった。
呼吸は速く、荒々しい。
彼が射精と同じくらいこの容易ではない侵入の快楽を愉しんでいる事が奈緒子には判っている。
……気持ちいいのだろうと思う。
奈緒子は胎内に侵入されながら躰を震わせ、また熱い吐息を殺した。
痛みこそ薄れたものの肉体的には犯されているも同然だ。
だが相手は厭な牡ではない。
貫かれていく摩擦の快感は、異性を知ってわずかな躰にもちゃんとわかる。
倒錯と被虐の自覚が際どく淫猥な快感を生み、彼女の腰を切なくくねらせている。
「あ…」
紅い唇がうっすらと開く。濡れた舌がかすかに動く。
「…ん」
楔を躰の芯の奥まで埋め込まれた奈緒子は背をそらし、細い喉を露にした。
こちらも“犯す”快感を無意識下で愉しみながら膣の半ばまで太い部分を通過させることに成功した上田は眼を開き、小さく呻いた。
「お…、おぅ…!」
そのままわずかに前後しながら、精悍な容貌が早くも快感に歪んでいる。
暖かな彼女の中に無事受け入れられたあと、彼はどうしてもじっとしていられない。
フッ、フッ、と小さな鼻息を漏らしながら上田は気を紛らわすように奈緒子の頬や額に口付けた。
両手を彼女の腕へと滑らせ、己の首筋に巻きつける。
指を放した彼の手はほそいくびれを回りこみ、のけぞろうとする熱い躰をを更にしっかりとひきつけた。
「濡れてる。はぁっ……凄く…熱くて……ヌルヌルだ。イイよ…──奈緒子」
低く滑らかな声は視線同様、すっかり蕩けている。
恥ずかしいから感想は喋るなと確か三度目の時に奈緒子は抗議したのだが、どうしてもこの感動を本人に伝えずにはいられないらしい。
したいとはなかなか言わないくせに、そのあたりの余計な行動が奈緒子には謎である。
「奈緒子」
大きく頑丈な躰が彼女の反応を求め、挑みはじめた。
力強い腰の動き。
執拗な視線と吐息。
興奮を露にした汗の匂い。
繻子のような感覚の先端が柔らかく強かに膣の内側を擦り続ける。
体液が混じり、脈動が響く。
熱で蕩けた粘膜が絡み合う。
所謂“ナマ”だ。
初めての夜からずっと、いかにもそういう方面には細かそうだった上田は意外にもコンドームの存在を無視している。
二ヶ月なんて誤差の範囲内だからといつか嘯いていたが、奈緒子にはなんだかそれだけの理由でもない気がする。
「溶ける」
喘ぐように耳元で上田が呟く。
奈緒子は無自覚に腰を波打たせながら首筋から肩、広い背に指先を這わせては甘えるような喘ぎを返す。
自分でもわかっている──甘めというだけではない。とても甘い。
躰は熱く解け、蕩け、背骨が柔らかくなったようでくねくねとしか動けない。
上田の腰が前後するたび互いの茂みがざらつきながら柔らかく擦りあわされ、その感触が動きをそそる。
関係が深まってしばらくすると、興奮が高まれば彼女は上田のすべてをなんとか受け入れられることが二人にはわかった。
そんな悦楽は無理だろうと彼は諦めていたらしかったが、可能とわかると奈緒子が思わず感動を覚えたほどに喜んだ。
「you。……力、抜いて」
上田がそう囁く頃には、灼熱した彼のモノが一際膨らみ強張ってくるから奈緒子にもわかる。
奈緒子の白い手や可愛い口でしてもらうのが上田は大好きらしかったが、事の外執着している行為はやはり彼女の躰の奥深くで感じ、達することらしい。
巨根の弊害を考え合わせるとそのこだわりは無理もないと奈緒子も思う。
更に上田に言わせると奈緒子の躰と彼の躰は『相性がいい』らしい。
巨根と相性のいい躰というのはどんなもんだか複雑な気持ちだが、おそらく構造的な問題だけではないのかもしれない。
この大男が──好きだ。
変人なのはわかっているが、それも含めて全部好きだ。
上田も奈緒子を(多分)愛している。普段は悪口しか言わないが、彼女にはわかる。
だからなのだろう。
愛の行為とはよく言ったものだ。
「ぅっ……ん、ふぅ、……おぅ」
上田が意味の無い喘ぎを漏らしはじめ、奈緒子は抱え込まれた腰を波打たせている。
そうしようと思っての行動ではない。
奈緒子の躰でカタチを成しているのはもう、上気した薄い輪郭の曲線だけだ。
内側はすっかり蕩け、上田に絡み絞りあげる熱い泥濘に変わっている。
「っん」
奈緒子は彼の首筋に絡みつき、甘い鼻声をならす。
なめらかな両脚を上田の腰に添わせ、動きを促すような淫らな仕草で引き締まった逞しい腿や尻をくるぶしで小さくこすりあげている。
彼の動きにあわせて柔らかく腰を突き上げる。
相変わらず自覚はない。
「…うえだ…」
躰の奥の水音が鼓膜の内側に粘っこく響いてくる。
柔らかく溶けた胎内に、硬くそそりたち奥の奥まで突きこんでくる上田の躰。
大きなゴツゴツした、でも滑らかなそれに絡みつくよう奈緒子は腰を上田に擦りつける。
彼の耳元に喘ぐ。
「…上田の、……エッチ」
「ぅうっ!」
突然上田が躰を起こす。
首から奈緒子の腕をはぎとり、腰に絡んだすんなりした両足を引き寄せる。
足首を掴んで交差させるように重ね、分厚い胸に凭せ掛けながら膝立ちになった。
ただでさえキツい股間が巨根を締めあげ、緩めようにもくわえ込みが深すぎて奈緒子にはどうにもできない。
彼が重心ごと腰を押し込むと、奈緒子は悲鳴をあげた。
「やっ!」
支えは太い巨根だけの状態で腰をうねらせ、背のしたのシーツの波をかきむしる。
「上田…ちょっと…いやぁ!…あっ!」
「はぁ、はぁっ、………ふ、ふぅうっ」
繋がっている場所から尻に伝わってくるのは自分の蜜に違いない。
「な、何……あ」
「奈緒子」
そのまま上田は強引な動きで腰を前後に振りはじめた。
抱え挙げられた白い尻に引き締まった下腹から鼠蹊部が勢いよくあたり、いっそ心地いいまでにリズミカルな音がする。
衝撃が谷間の前後の敏感な芽や恥ずかしい蕾も含め、繰り返し刺激する。
刺激的過ぎて辛いくらいの快楽に、細い躰は逃れるかのようにしなりはじめた。
「壊れ、ちゃう……もう…あっ、ああ」
「壊れないよ……you……はっ…、…こんなに、…悦んで…、……だが」
上田は奈緒子の脚を放した。
間も置かず膝を押し開き、彼女に覆いかぶさり、生意気にぴんとたった乳首を飢えたように吸う。
そして汗まみれの肌を合わせるとしっかり抱きしめ、かすれた低音で囁いた。
「そろそろ、終わらないと」
「!」
往復が一段と早まり、奈緒子の腰は重い長身の下で跳ねた。
一瞬も休みの無いラストスパートだ。
「イく。ぉおう、イく、奈緒子っ」
「あっ」
膣の奥底に重い灼熱感を覚えた奈緒子は躰を震わせ、のけぞった。
蜜でもカウパーでもない、濃厚極まりない溶岩流。
躰中を嬲るように這い回っていたとろ火で炙られるのにも似た感覚が焦げ付くようなその熱へぐいぐいと引き寄せられていく。
押し広げられていた両の脚が勝手に強烈なオルガスムに痙攣している彼の腰に巻きつき、ふくらはぎで交差し、引き寄せた。
汗の流れ落ちる広い背に小さな爪をたてていることにも、奈緒子は気づかなかった。
「あっ…あっあっ!!」
ビクンッ、と腰が跳ねた。
しとどに蕩けた膣が制御できない強さと間隔で淫らに締まる──上田のリズムと完璧に合致している。
「上」
息ができなくなった次の瞬間、一気に空の果てに放り出された。
どこまでも澄んで重なる空──美しすぎて宇宙の漆黒まで視通せるような。
「……あぁぁぁあっ!」
しがみついてきた奈緒子の上で上田は陶酔しきった吐息をつき、ぐっと背を反らした。
「……おおう………はぁっ、はぁあっ、…ああ、はぁっ、はあっ!」
呼吸がすっかり乱れている。
「はっ、はぁっ…はっ…は………。んっ………奈緒子」
彼は頭をさげ、小さなふくらみに何度も顔をこすりつけた。
愛しげな仕草に奈緒子は危うくパニックに陥りかけた意識を取りまとめ、かすんだ瞳を潤ませた。
違う、ここは地上だ。
暖かくて頑丈な──上田の腕の中。
「奈緒子………フフ……奈緒子」
想う相手と躰を重ね、首尾よく共に達した喜びが声の響きからダイレクトに伝わってくる。
単純そのものだが、それだけ正直な気持ちなのがわかるから今一瞬だけ地球外に飛び出しかけた気のする奈緒子にしても何も言うべき言葉はない。
「よかった」
肩にキスしてようやく躰の力を抜き、奈緒子から重心をずらした上田が囁いた。
「youもだな」
弾む呼吸で咄嗟に返事ができなかった。
「……しっ…知りません…けど…」
「フ、フ。フフッ……隠しても無駄だ。わかる」
「………」
「もう、……はぁっ……大丈夫だろ?」
耳元に囁かれた奈緒子はようやく開いた目元を紅くし、上田の頬に指を滑らせた。
彼は喉を鳴らすような表情で奈緒子を抱き直した。
「you。ほら」
いつのまにか手に柔らかそうなタオルを握っている。
「風邪ひいたらマズい。こっち向いて…そう」
ベッドサイドにでも常備することにしたのだろうが、顔に似合わずマメな男だ。
「……ひとつだけ、お願いがあるんです」
肩や背中を優しく撫でられながら恥ずかしさを通り越し、ひどく感傷的な気分になってきた奈緒子は小さな声で囁いた。
躰の芯の余熱が高く、声に喘ぎが混じっている。
「ん?」
「上田さんって何歳でしたっけ」
「……。まだそれほどでもない」
「うんと長生きしてくださいね、できたら亀並みに。いいな上田」
上田の視線がかすかに強張った。
「断る」
「なんで。早く死ねってんじゃなくて、長生きしてくれって言ってんですけど」
上田はタオルを放り出し、奈緒子を抱いた。
「長生きは一向に構わない。むしろ君に言われるまでもない。天才である以上、極めて当然の義務だからな」
「そ、そうなのか」
「だがもしも亀並みにうんと長生きしたとしたら天才でない君が当然先に……それはいやだ。もう二度と俺より先に死なないでくれ、you」
しまったと奈緒子は思う。
一年。
上田と出会ってからのやたらに長い年月、離れていたのはあの外国の呪術師の事件のあとの一年間だけだ。
彼女は死んでしまったものと上田が思いこんでいた一年間。
その一年の不在が彼を打ちのめしたことを奈緒子は知っている。
あれが無かったら一緒に暮らしてもいなければ明日から先の二人の航路など冗談だろの一言で済んでいたかもしれない。
それほどのトラウマを、ついうっかり刺激してしまった。
「待て上田。二度とって、まだ一度も死んでない」
「あ」
「っていうか、私を残すほうは……平気なんですか」
「………」
上田は顔をあげた。
「よし、じゃあこうしよう。死ぬときは一緒だ」
「……えっ」
「生きている間も、死ぬときも一緒だ」
「恥ずかしすぎるぞ上田。それはそれでなんか、あの」
「できれば子供も欲しい。……何人でも構わない。たくさん産んで…一緒に育てて、死ぬまで、俺と」
太い腕が抱きしめてきた。
「俺と」
「上田…」
視線があう。
今後の人生ではこれにも慣れなくてはならないのだという事実に、奈緒子は今更ながらに思い至った。
耐え難いほど率直な眼に。
彼はその眼を閉じると、奈緒子と顔を重ねた。
真摯な口付けは明日の儀式の予行演習のようだった。
「──おうっ!? なんだ、早めに済ませたはずなのにもうこんな時間じゃないか!」
ベッドサイドの時計を見た上田が驚きの声をあげている。
「言ったじゃないか、早く寝ないと」
奈緒子はパジャマをとろうと身を離しかけた。上田が控えめに肩を引っ張る。
「……そのままでいいよ」
「す、素っ裸だ。そっちも」
「こうしてれば寒くなんか無い」
「………」
だから恥ずかしいんですけど、と胸のうちで奈緒子は呟いたが、おとなしく広い胸にすっぽりと納まった。
一生一緒にいるものとこの変人が思いこんでしまったからには、奈緒子にできることはほとんど無い。
あとは自分と、ついでに上田を幸せにすることだけ。
「奈緒子」
上田が囁いた。
「おやすみ」
この二ヶ月度々この腕の中で聴いてきた言葉だが、何度聴いても落ち着かない。声が優しすぎるからだ。
「…ほら、上田」
奈緒子は上田の肩に毛布を引っ張り寄せた。
「そういえば、その“上田”って奴」
「ん?」
「そろそろ…」
額に触れている口ひげが幸せそうに緩むのを感じ、小さな声で囁きかえす。
「い、いいんですよ。当分はこれで」
「馴れだろ。何事も」
「いいんだってば。時間はあるから」
「そうか。──そうだな」
上田は心地よげに奈緒子の髪に鼻先を埋めた。
その耳の端を捻る。
「それより、もう寝よ上田。ムクんだヒグマが襲ってくるぞ」
「何だそれ」
「明日、超絶にウツクシイ私の…は、花嫁姿…見たくないのか」
「そこなんだが。実のところyouのコンディションはそれほど気にしなくてもいいと思うんだ」
「ん?」
「ほら、花婿が見ての通り常にベストだからな。客の満足度は変わらない……フッ!」
「鼻を鳴らすな」
淡い灯りの翳で、親密な会話はなかなかやみそうもない。
今日はおやすみ。
また明日。
おわり
最終更新:2014年03月04日 23:10