私の本命



「なぜ今日は一人部屋なのかわかるか」
「おごりだから」
「…まぁ、それもある」

上田さんはぱたんと倒れ、柔らかいベッドに沈んだ。
寝転んだまま私のほうを見上げている。
…なんだろう、言葉の続き。
目と目が合ったまま、上田さんが私の手首を掴む。
熱い手のひら。
どちらのものかわからない、脈打つ振動。

「気持ちを確かめたかったからだ」
「へ?…っにゃぁっ!」

上田さんが私の体をひっぱった。
仰向けの上田さんに、私の上半身が倒れこむ。
押しつけられた、高鳴る胸。
頭を抱える大きな手。
だめだ。もう誤魔化せない。


「YOUが俺の部屋に来てくれることをな、期待してたんだよ」

言わなきゃ。
私たちは恋人同士じゃない。
上田さんは大事な人だけど、恋人にはなれない。
私は、矢部さんが好き。

「…素直になってみないか?」

ずきん、と胸が痛んだ。
上田さんの胸に押しつけられた顔を少しずらし、息を吸い込む。
苦しいのは治らなかった。
喉と胸が、締め付けられるように痛い。
言えるわけない。傷つけたくない。

上田さんの胸に手をついて起き上がり、じっと上田さんの目を見つめる。
真剣な目。…辛い。

「…本当に素直に言っていいんですか?後悔、しない…?」

上田さんも起き上がり、ベッドの上で正座した。
私の頬に優しく手を添えて見つめてくる。
上田さんに触れられるのはとても心地がよかった。
懐かしいお父さんを思い出す。
確信した。上田さんは、お父さんのような人なんだ。



「YOUの気持ちが聞きたいんだよ」

また一つ、胸が痛む。
大好きなあなたに、嘘はつきたくない。
ベッドの上で向かい合ったまま、時は流れる。
覚悟を決め、頬にあてられた上田さんの手を取って押し返した。

「…私…」

耐えられなくなり、俯いた。
声が小さく震える。

「…矢部さんのことが、好きです」

俯いたままの目に映ったのは、上田さんの膝。
その上に置かれた、微かに震える両手。
そっと顔を上げると、眼鏡の向こうの大きな瞳が揺らぐ。

「…どうしたっていうんだ?
 俺が嫌いか?」
「…好きだけど、上田さんは、お父さんみたいな…
 っんっ!」

ほんの一瞬の隙に、上田さんは私の肩を掴んで乱暴に口付けた。
ねっとりと絡みつく舌。熱い吐息。

どうして私と上田さんがキスなんか…
だめ、きもちわるい、いや!



渾身の力で上田さんを押し退ける。

「…上田さんっ」

泣くもんか。泣くなんてずるいから。
私の言葉で、私の気持ちを伝えなきゃ。

「今度はそっちからキスしろよ」
「…何、言ってるんですか?」
「そっちからキスしてくれたら、これからも一緒にいる。
 しないなら、俺は二度と君には会わない。
 選択肢はひとつだ」

上田さんは卑怯だ。

キスしなければ、二度と会わない。
そのほうがいっそ楽なのかもしれない。
でも…

ごめんね、上田さん。
私どうしても離れたくない。一緒にいたい。

そっと上田さんの顔に近付いた。
目を閉じて、震える唇を押しつける。
たったの一瞬が、とても長く感じた。



目をあけると、上田さんは薄笑いを浮かべていた。
その顔と背中を這う指先が、少し怖くなる。

「…ばかな奴だな」
「ひゃっ!?」

上田さんの大きな体に抱き締められる。
もがこうとした時、両腕が後ろに回された。

「や、何…っ」

手首に紐のようなものが巻かれていくのがわかる。
上田さんの胸に押しつけられた顔を上げると、肩で息をする上田さんと目が合った。

「…やっ…やだ、何?離せ!外してください!」

体をひねると、見覚えのあるものが目の端に映った。
上田さんがいつも持ち歩いてる小さなバッグ。
この紐が巻かれてるんだ…。

「…っ上田、やだ!外してくださいっ!いや!!」
「俺を矢部さんだと思えばいい。目を閉じて、ほら」
「そんなのっ…きゃぁ!」

突然ハンカチで目隠しされた。
真っ暗な中、衣擦れの音と二人の吐息だけが響く。



「…やめてください。外して!
 外せ、ばか…っ!」

上田さんの指先が胸をなぞっている。
手も足も出せずに堪えていると、服の中に手を差し込まれた。
ブラジャーをずらされ、乳房全体を包むように揉みしだかれる。
服を胸の上までめくられ、恐怖と羞恥で体が震えた。

「ほんっとに貧乳だな」
「見ないでっ…上田さんやめて!」
「俺じゃない、矢部さんがやってるんだ…想像してみろ」

何言い出すんだ上田。
誰か、冗談だって言って…。

「ばか、くだらないこと…っ」
「くだらなくなんかない…矢部さんにされてるのを、俺が見てるって想像してみろ。
 呼んでみろよ。『矢部さん』って…。くっ」


何笑ってるんだ!変態。
もういや、すごく恥ずかしい、気持ち悪い。
なのに、段々上田さんの言葉に呑み込まれてく。
催眠術にかかったみたいに、上田さんの言葉が頭に溶ける。

「呼べよ。『矢部さん』」
「ゃ…矢部、さん…っ」

乳首をきゅっとつままれ、尖ったそこをコリコリと甘噛みされた。
矢部さんの名前を呼んで、矢部さんに愛撫されてるって思い込む。
そうすると、自分でも怖いくらい体が敏感になってきた。
気を抜くと喘いでしまいそうになるのを、必死に抑える。
上田が声を潜めて笑うのが聞こえる。
やがて胸から手が離れ、足を立てられて、体育座りみたいになった。

「…な、なにしてるんです…か?ゃだ…」


スカートがめくられて、足を広げさせられる。
下着を引っ張り下ろされ、抜き取られると、火照ったその場所に冷たい空気が触れた。
自分でもあまり触ったことのない場所を、指先が擦ってくる。

「あ…恥ずか…しぃ、ぁ…ふゃっ!あぁっ」

体がびくびく跳ねる。
擦られた場所が熱い。
ふと、今までとは違う感触がした。
もっと柔らかくて、いやらしい動き。舌で舐めてるんだ。
唾液のせいなのか私のそこが反応してるのか、ぴちゃぴちゃと音がしてる。

矢部さんにあんなとこ見られて、舐められてる…想像したら、頭がくらくらする。
あそこが疼いてるのがわかった。

「ゃ、はぁ…ふぁっ…や、あ…あんっ!!」

お尻のほうからべろりと舐め上げられ、力が抜ける。
溢れてくる液体を吸われるたび、やらしい音が響いて余計に感じてしまった。



「あ…ぁ!いい、そ…れ、あぁっ」

もっと強くしてほしい。いっぱいされたい。
もうだめ。
腰を浮かせ、前後に揺らした。
そこをいじってた舌が離れたらしく、また冷ややかな空気を感じる。

「なんでっ、やぁ…やめない、でっ」

どうにかしたくて、腿を擦りあわせたり腰を揺すってみた。
何も変わらず、むしろ物足りなくて辛くなる。

「…して、矢部さん、いじって……くださいっ」

泣きそうになったとき、結ばれていた腕を解放された。
右手を掴まれ、下の方に誘導されていく。
まさか、と思った瞬間、指先が敏感な場所に強く押しつけられた。

「…あぁんっ!やだっ…」

自分でしろってことなんだろうか。
掴まれた右手が、前後にグラインドされる。

「あん、あぁっ!ふぁ、ああっ、はぁっ」



ぬるぬると滑る手に、小さな突起が当たる。
痛いような気持ちいいようなそこに、自由になっていた左手を伸ばした。
右手で秘肉を広げ、左手で突起をいじり回す。

「はぁぁんっ!す…ごい、あぁ!」

理性がなくなっていく。
これは、矢部さんじゃない。
矢部さんじゃないのに、どうしてこんなに

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…たすけて…お父さん。

「…っふあぁんっ!」

全身の力が抜け、ベッドに倒れこんだ。
真っ暗な視界が涙で歪む。

私…どうなったんだろう?

「イったのか?」

上田さんの声だ。
体を抱えられ、頭に手を置かれてる。
両腕を振り回し、必死に抵抗した。



「やだ!触るな!」

軽い衝撃と、カシャン、と小さな音。
上田さんの眼鏡が飛んでいったのかもしれない。
それを拾いに行ったのか、体を支えていた手が離れた。
緩みかけていた目隠しに手をかけ、ぐいっと引き下げる。
目の前には力なくうなだれる上田さんがいた。
私以上に辛そうに、悲しそうに、涙を流して。

「…上田さん…?」
「…悪かった」

上田さんは一言だけ告げ、シャツの袖で涙を拭った。
しばらく茫然としていた私は意識がはっきりすると、
首にかかった目隠しを外し、上着を直して立ち上がった。
涙で濡れた顔を擦りながら、床に転がった眼鏡を拾い上げる。


「…眼鏡」
「ないほうがいい。YOUの顔を見なくてすむ」

そんな言い方ずるい。放っておけなくなるじゃないか。
私はバカだ。こんなことされても、上田さんが誰より好きで。
愛しくて、辛い。
上田さんの頭をつかんで無理矢理眼鏡をかけさせ、こっちを向かせた。

「…ばか上田っ!」

精一杯、いつも通りの私たちになろうとした。
いつもの心地よい関係。ずっとこのままでいたい。



私はとてもわがままで、本当はとても弱くて。
でも、あなたの前なら自然に笑える。

私を包み込んでくれる大きなカラダも、
あったかくて優しいあなたの声も、

全部、だいすきです。

いつからか、上田さんをいなくなってしまったお父さんに重ねて。
すごく満たされてた。

私は上田さんを、今までずっと傷つけていた?
涙がこぼれる。
目をあわせられない。

「上田さんのばか…っ後悔して泣くくらいなら…こんなこと、するな!」
「…ごめん」

涙がとまらなくなり、上田さんに背中を向けた。
上田さんがそっともたれかかってくる。
私たちはそのまま、しばらく並んで泣いていた。

最終更新:2006年09月05日 16:20