鎖 by ◆QKZh6v4e9w さん


5

「わ、私も上田と同類でスケベって事か!?イヤだ!!」
「何がだ、you?」
背後で腹に響く声が湧き、奈緒子は本当に飛び上がった。
「きゃあっ!いやっ!う、上田だあ!」
「ゴジラか俺は!」
上田は一喝し、廊下から部屋に入り込んできた。
あの激突から復活し、超スピードでもう風呂に入って出てきたらしい。
当然裸であり、下半身はささやかな応急処置のつもりか前に普通サイズのタオルをあてがっているのみである。
奈緒子は思わず悲鳴をあげた。
「危険すぎだ上田!…か…風邪ひきますよ!」
上田はニヤリとひげ面を歪ませた。
「心配ない。ちゃんと布団で待機するから」
「えっ」
「なんだ?なんでこんなに離れたんだ、おかしいな、ネズミか……ほら、you。早く風呂に行けよ」
上田は言葉通り裸で布団に潜り込み、眼鏡を外して枕元に置くと、やがて隙間から手を伸ばしてはらりとタオルを放り投げた。
「今度は、俺がyouを待っていてやるからな」
「……上田さん」

奈緒子は枕の上でニコニコしている上田の顔を複雑な表情で見つめた。
上田の、奈緒子を信じ切って輝いている優しく純粋でスケベな笑顔が……

……バカすぎて、切ない。

奈緒子は溢れそうな涙をこらえつつ、手早く着替えを用意した。
ふすまを開けた彼女の背に、布団から上田の声がかけられた。
「灯りは消しておこうか、you?」
奈緒子は手をとめ、しばらくしてから振り返った。
「いいえ、つけておいてください」
「……」
上田が肘をついてむくりと起き上がった。
「いつも恥ずかしがるじゃないか君は。いいのか?」
奈緒子はあっさり頷いた。
「はい」

上田は信じられないという視線で奈緒子を観察している。
素直な表情は消えていた。
彼女の操るトリックに騙されまいと構えている時の、猜疑に満ちた視線だ。
「着替えるのに必要だから?」
「いいえ」
奈緒子は首を振った。長い髪が揺れ動く。
「新作手品の練習をするとか?」
「なんで、今そんな事しなくちゃいけないんですか」
奈緒子はゆっくり俯いた。
その顔はほとんど隠れてしまったが、紅潮している事だけは上田にもわかったかもしれない。
「上田さんに──い──いい事してあげますから。…待っててください」

ふすまが軽い音をたてて閉まった。

「…………おおぅ」
身じろぎしなかった上田は、胸をおさえながらようやく布団に倒れこんだ。

 *

「うわあ、もう!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ……」
奈緒子は早口で呟きながら洗い場で、ごしごしと躯を洗った。

上田の入ったあとだから、あたりには一面濛々と湯気と石鹸の匂いがこもっている。
あまりに早く出て来たから一瞬嘘かと思ったが、してみると上田はきちんと躯は洗ったようである。
スケベ心は何事をも可能にするらしい。



6

「あんな事、なんでわざわざ!…」
洗い髪をタオルでまとめ、奈緒子は顔を赤らめて五右衛門風呂に飛び込んだ。
「上田…、嬉しそうだったな」
一等星のごとく輝いた上田のでかい目がフラッシュバックし、奈緒子は慌てて首を振った。
「ううっ」

優しくしろなんて、里見が余計な事を言うからだ。

「どうして、お母さんって上田のこと気に入ってるんだろ…」
奈緒子にはそれが、今ひとつよくわからない。
世間の親は娘の相手として、上田次郎のような男を果たして歓迎するものだろうか。
一見柔らかい人当たりだが、ちょっとつきあってみればその怪しさはすぐわかるだろうに──。
里見が上田に見ている本質や、ましてや自分ほど上田と深くつきあった人間はいないという事実を真剣に感じとっていない奈緒子には、それが不審でならなかった。

大学教授で、将来を嘱望されている(らしい)物理学者で、肩書きだけは立派だが──その肩書きだってたとえば、奈緒子の幼馴染みで医師である瀬戸などとそう違いがあるとは思えない。
しかも同世代の瀬戸に対し、上田は奈緒子より一回りも年上なのだ。
だが里見は娘への瀬戸のアプローチは無視していたし、瀬戸が自分を『お母さん』と呼ぶ事も厭がっていたようである。
なぜか上田がそう呼ぶのだけは最初から平然と受け入れていたが。
「上田って非常識じゃん。一度会っただけの相手の部屋で下着を取り込むし、変な事件に連れまわすし」
奈緒子は呟いた。
「器は小さいし、無神経だし自惚れ屋だし惚れっぽいし、無駄にでかいしいじめっ子だし、役立たずだし気絶するし」
数えていると止まらなくなってきた。
「いらない本押し付けるし、カメラ目線の写真飾ってるナルシストだし、危なくなったら一人で逃げるし…!」

──そのくせ黒門島みたいな辺鄙な島まで奈緒子を助けにきてくれた。
黒門島だけじゃない。名前も知らないような孤島にも。
自分を見失っていた奈緒子を、自分のいる世界につなぎ止めるために。

「………上田」
奈緒子は肩を竦め、顎までを湯に沈めた。
上田はたぶんさっきのまま、素直に布団に潜って待っているのだろう(素っ裸で)。
奈緒子の言葉に胸をわくわくさせて、期待して、ふたりで抱き合うのを楽しみにしている。
奈緒子が来ればすぐに引き寄せる事だろう(発情期だからだ)。
そして、自分は…自分は、自分も……。
ぞくりとした躯を両腕でおさえ、呟いた。
「上田さん……。って、え、ええっ?」
唇から滑りでた声の甘さに奈緒子は赤くなり、それをかき消すように急いでばちゃばちゃと湯を跳ね上げた。
「いやだ、私やっぱり変だ!」
上田次郎と抱き合えることが躯が震えるくらい嬉しいなんて。
「……ん……っんんん!ん…ん、んにゃーーーっ!」
夜更けの風呂場に飛沫の音と奇声が響く。

端からみるとただの可哀相な子であるが、幸い誰も見てはいなかった。


 *



7

そっとふすまを滑らせる。
布団の端で上田の頭があがった。甲羅に隠れた亀のようだ。
「おう。遅かったじゃ、ってyou!」
上田が布団をはねのけて上半身を起こした。
その愕然とした表情から、奈緒子はさっと目を逸らした。
「な、なんですか。──黙れ。何も言うな」
奈緒子は急いでふすまを閉めた。
他に誰もいないとわかってはいても、やっぱり恥ずかしい。
素早く布団に近づき、端を掴むと一気に上田の傍らに滑り込む。
腕を伸ばして、慌ただしく枕元を探っている上田の手をびしっと抑えた。
「眼鏡は駄目!」

「you、風呂場からここまでその格好で来たのか!俺ですらタオルで局部を」
「局部って言うな。……き、着てますよ」
奈緒子は唇を尖らせ、蚊の鳴くような声で呟いた。
「これ……心の綺麗な人にしか見えないパジャマなんですよ」
「嘘つけ!パンツもか?」
「ぱ、パンツも…ですよ」
「ふうん」
上田は腕から彼女の指をほどき、するりと再び布団に潜った。
「それが……『いい事』か?」
奈緒子はこくこくと頷いた。恥ずかしさのあまり目が潤んでいるのが自分でもわかった。

(ば、ばかばか!!これじゃ、もしかしなくても…ただの露出狂だ!)

自分につっこんでいるうちに額にこつんと当たったものを感じ、顔をあげる。
寄り目になった上田が、奈緒子の額に額をくっつけていた。
「……サービスなのか?」
「うっ」
奈緒子は涙目になりそうなのをこらえ、またこくこくと頷いた。
「you……」
上田は黙った。
「………」
「………」
「………上田、さん?」
「じゃあ、なんで布団に隠れるんだよ!甘い。まだまだまだまだだだだ!覚悟が足りんわ」
「うっ」
奈緒子は声を詰まらせ、至近距離から罵声を浴びせる上田を恨みがまし気に見た。
「せっ、せめてここまでの努力を認めてください、親方!」
「だれが親方だ!──これだけじゃないんだろ。え?」
「えっ」
一転して猫撫で声になった上田の台詞に赤くなる。
「透明パジャマだよ。最後まで続けるんだろうな、当然」
奈緒子は肩で息をするように喘いだ。
「上田さん、の……意地悪っ!!」

上田はにやにやしながら額を離した。
「ほら、山田奈緒子くん。どうやるんだ、自分で脱ぐか?」
「………じゃあ」
奈緒子は頬を赤らめたまま小さく囁いた。静かに仰向けになる。
「ふ、布団。剥がして、いいですよ」
「よし」
上田はがばっと起き上がり、躊躇の素振りを見せずに布団を奈緒子から撥ね除けた。
「あっ…」
ぴくんと震えた躯から布団をおしやり、上田は肘をついて奈緒子の耳に囁いた。
「you。眼鏡かけてよく見てもいい?」
奈緒子はまたぴくんと震えた。
「………え、でも」
「嘘だよバーカ」
上田は上機嫌だった。その声の抑揚だけでも、興奮しているのがよくわかる。



8

躯の上をさらりと大きな掌が動き、奈緒子は慌てて首をあげた。
「──脱がせてやる」
「じ、自分で、脱げますよ」
「ええっ?心が綺麗な人間にしか見えないんだろ。youに見えてるわけがないだろうが、このたわけが!」
「お前だって心の中は真っ黒じゃないか!」
「いや、見える。見えるぞ、ボタンが…………一個」
「少なっ!」
「ものすごくでっかいボタンなんだよ!」
「そんな変なパジャマないって。ご、五個くらいはついてますよ、普通」
上田は眉間に縦じわをよせ、奈緒子の上気した顔を見た。
「いいよ。じゃあ、そういう事にしておいてやる」

背中に腕がくぐり、奈緒子は肩を引きおこされた。
その後ろに枕をあてがい、上田はにやっと笑った。
「うまく脱がしてやるから、見てろよ」
奈緒子の喉に指をおく。鎖骨にそって滑らせ、彼は呟いた。
「襟はこのあたりまでか…ちょっとひっぱるぞ」
「上田…んっ!」
ぼさぼさの髪が急に近づき、反射的に奈緒子は目を閉じた。
顔を振って開けた視界に、大きくないふくらみの半ばに押し付けられた上田の舌が映る。
明るい照明の下、濡れた赤みの影の肌の白さが眩しかった。
「そこ、ちょっとどころじゃっ…あ、ああ」
舌先が蠢く。軌跡の通りに肌が艶かしくぬめった。
「ひゃ…」
上田は舌先を柔らかく筆のように曲げ、曲線に沿って滑らせている。
舌が弾むたびに、舌打ちのような軽い水音が漏れた。
「あっ……」
じゅん、と躯の内側に滴りを感じて奈緒子はかすかに背中を震わせた。
「ひあ…あ」
上田が見せている情景は勿論いつも彼がしている事なのだが、それを彼女がまともに目にしたのは初めてだった。
恥ずかしくて顔をそむけたり、瞼を閉じたりしていたから。
あの感覚はこんな風に得ていたのだと知った瞬間、奈緒子は耐え難い違和感を覚えた。

上田が。
上田が自分に、こんな事。

濡れた肌がひろがっていく。敏感な肌の上に、さらに舌が踊る。
ちくちくとしたひげの感触を押しつけ、上田が乳房の先端を口で覆った。
間近の視界は上田の髪で隠れたが、広い肩が押し上がり、彼の躯が奈緒子の上にかぶさるのがわかった。
「はあ、あっ、…あ、はあっ……」
大きな躯の下でひどく細く見えるくびれた胴に、無駄のない筋肉をうねらせた腕が絡んでいく。
「ああ、あ、上、田…っ、さ、…ああぁ!」

痛い。吸われてる。乳房の先に舌が絡んで、強く、弱く、優しく、そして激しく。
抱かれてる。温かな強い腕で、つよく、つよく、つよく。
大きな掌がふくらみを圧し潰して捏ね上げる。
温かい。痛い。恥ずかしい。気持ちいい……!

視界が狭まった。
次々と弾けていく感覚に集中するあまり、瞼を開いている事が難しくなっている。
閉じる直前、自分の腿がゆっくりと起きあがり、上田の腰にすりつけられていくのが見えた。
跳ね回っている感覚が触れた全ての場所に集まり、奈緒子は夢中で反対側の腿を開いた。
「う、ああっ、あんっ!!」
蕩けそうな両脚の間。触ってほしくてたまらないところ。
吸われる胸から躯の芯まで、サイダーの泡のように連なっている鈍い快感。


最終更新:2006年09月22日 20:35