宝石乙女まとめwiki

乙女の秋

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匿名ユーザー

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 事の始まりは、1時間前。
 鶏冠石の屋敷に遊びに来た時のことだった。
「よく何とかの秋って言うよ……言いますねぇ」
「そうですわね」
 ティーカップ片手に、あたしの話を聞く鶏冠石。
 いつものことだけど、一つひとつの動作がおしとやかで羨ましい。
あたしみたいに叱られる事なんて、滅多にないんだろうなぁ。
「読書の秋、芸術の秋。わざわざ改まって秋にやる必要などないとは
思いますが、何かと行動を起こしやすい季節なのでしょう」
「ふーん……ねぇねぇ、鶏冠石はどんな秋?」
「口調に気をつけなさい……まぁ、無難に読書の秋でしょう。改めてやることも、
なかなか思いつきませんから」
「へぇ、趣味少な……ゴメンナサイゴメンナサイ」
 今、鶏冠石の背中から赤いオーラが見えた気がした。
「……そういう貴女は、スポーツか食欲の秋なのでしょう?」
「え? んー、まぁ確かに」
 人のことは言えない。
 あたしも、改めてやることなんて早々思いつかないし。
 んー、もう少し趣味とかについて深く考えた方が……。
「少しは否定なさい……まったく、貴女は相変わらず乙女としての自覚に欠けてますわね」
 乙女としての自覚……。
「あ、あたしだってそれぐらいあるも……ありますことよ?
ちゃんといただきますとごちそうさまは欠かさないし」
「口調がおかしな事になってますわよ。あと、それは乙女としての自覚ではなく、
一般生活における常識ですわ」
 え、違うのか……えぇと、それじゃあ何だろう?
 毎朝の挨拶? 5キロのジョギング? 1日10万歩歩く? それが違うなら毎朝の乾布摩擦?
「……貴女がほど遠いことを考えていることだけは、よぉく分かりましたわ」
「え? あたしまだ何も言ってない!」
「顔を見ていれば分かりますわ。ちなみに、日課では秋も何も関係ないでしょう?」
 あたしそんな単純じゃないのに……。
 でも、言われてばかりじゃなんだか悔しいなぁ。どうしたものか。
「じゃ、じゃあっ、鶏冠石が考える乙女らしい秋の過ごし方、教えて……教えなさい!」
「何故私が貴女に命令されなければ……まぁいいですわ」
 ため息の後、ティーカップをテーブルに置いてこちらとテーブル越しに向かい合う鶏冠石。
 その表情は真剣そのもの。というか、ちょっと怖い。
「では、これから貴女に乙女の秋を、教え込ませてあげましょう」
 にやりと、口元に怖い笑顔を浮かべる。
「貴女の、その乙女としてはしたない癖の数々、私が矯正して差し上げ……」
「はいっ、あたし用事思い出したから帰ります!」

          ◆

 と、いう訳で、鶏冠石の家から逃げてきた。
 鶏冠石が矯正なんて言葉を使い出したら、調教と同じ意味じゃない。
鞭を振るって何をして来るやら……。
 でもなぁ、乙女らしくないっていうのは、確かにそうなのかも知れない。
でも乾布摩擦だって水着着てやってるのになぁ。
 それに、今更乙女らしい秋といわれても、あたしには結局分からない訳で。
「あれ、金剛石ちゃん?」
 と、後ろから呼び止められる。
 あたしよりも高い位置からの声。これは……。
「あっ、【ソーダのマスター】さん。こんにちは」
 そこにいたのは、毛糸玉の入った紙袋を抱えた【ソーダのマスター】さん。
 この人なら、もしかしたらあたしの相談にも乗ってくれるかも……。

「乙女らしい秋?」
 【ソーダのマスター】さんの家におじゃまして、先ほどの話をする。
「もうっ、酷いんだ……ですよー。鶏冠石ったら無理矢理」
「さすがに力業はねぇ。でも、乙女らしい秋といわれても、あたし乙女じゃないよ?」
 【ソーダのマスター】さんが、テーブルに置かれたアイスコーヒーを一口。
 乙女かどうかは分からないけど、あたしより遙かに女の人ーって感じがするのは、間違いない。
「ママー、マフラぁーは?」
 と、悩んでいるところにソーダが出てくる。
 【ソーダのマスター】さんの膝に乗りかかり、抱きつく。
「もぉ、まだ冬じゃないでしょ? ちゃんと毛糸買ってきたから、出来るまで待ってて」
「今ほしいのぉー」
「だーめ。今はお姉ちゃんとお話してるから、静かにしててね」
 ぶぅと、ふくれっ面になるソーダ。
「手編みのマフラーなんだ……ですね」
「うん、店で買うのじゃなく、あたしが編んだのがいいって、この子が」
 手編みのマフラー。手芸、かぁ。
「……それだぁー!」
「わっ、ど、どうしたのっ?」
「おねーちゃん、びっくりめーっ」
「【ソーダのマスター】さんっ、あたしに編み物教えてっ! 手芸の秋だよ手芸のっ!」
 実用的、かつ乙女っぽい。
 その両方を兼ね備えた、とっても便利な秋。
 これなら、あの鶏冠石も文句は言えないはずっ。いや、意外と鶏冠石は
不器用だから、もしかしたらあたしが一枚上手にっ。
「あ、編み物を? でもあたし、人に教えるほど上手くは……」
「大丈夫です。あたし初心者だから!」
 その言葉に、何故か【ソーダのマスター】さんは苦笑気味。
「んー……教えるの、あたしでいいの?」
「はいっ!」
「そ、そう。じゃあ、いいけど」
「やったーっ! ありがとうございますっ」
 どこかとまどい気味の了承だけど、そんなこと気にしない。
 これで、あたしも乙女に一歩近づける。そんな気がしてきた。
 ふっふっふ……もう、力の金剛なんていわせないんだからっ。
「おねーちゃんも作るのぉ? ソーダ、マフラーいっこでいいよ?」
「え? あたしはあたしで……あれ、そういえば、誰の為に作ればいいんだろ?」

          ◇

「くしゅんっ……誰ですの、私の噂をしてるのは」
「ケイちゃん、風邪?」
「そんな訳ないですわ。それより姉様、今日も編み物のご指導、よろしくお願いしますわ」
「はい。ふふ、マスターさんにプレゼントするからって、ずいぶんと力が入ってるね」
「なっ……わ、私は常に全力を尽くすだけですわっ」

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