宝石乙女まとめwiki

貴方が迷惑でなければ

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匿名ユーザー

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 6月の第3日曜日といえば、父の日だ。
「あー……まぁ、何というか。うん」
 電話の先にいるのは、その祝ってもらうべき父。
 せっかくだから何か贈り物をしてみてはという黒曜石の提案で、ちょっとした
物を実家に送ってみたところ、到着してすぐに電話がかかってきた次第。
 しかし……こう、肉親に礼を言われると恥ずかしいというか。何を言っていいのか分からない。
「ふふふ」
 そして、横でこちらに笑みを浮かべている黒曜石。
 ……悪い気分ではない。しかし、慣れないことはするものじゃないな。

「喜んでもらえたみたいですね」
 受話器を戻したところで、黒曜石の笑顔が近づいてくる。
「ん、まぁな……んー、なんか変な感じだ」
 頭に手を置き、彼女から目をそらす。
「いつか、マスターの実家にも行ってみたいですね」
「何にもないところだぞ。中途半端に田舎だから、自然が多いとかそういうのもないし」
「でも、マスターの思い出の場所はたくさんありますよ」
 そりゃまあ、そうだ。
 学校、公園、買い食いしていた屋台、隠れ家にしていた廃材置き場。様々な物があるだろう。
 だが、それを前にして黒曜石の質問責めに遭うのは、やはり恥ずかしい。
 それに黒曜石だけで済めばいい。だがきっと、雲母達だって何かしらの質問は投げかけてくる。
 ……どうも、自分のことを語るのは恥ずかしい。
「どうかしましたか?」
 きっと難しい顔を浮かべていたのだろう。黒曜石が不思議そうな顔で覗き込んでくる。
「ん、何でもない。それより、黒曜石達の父親って、どんな人なんだ?」
 照れ隠しに、話題を変える質問を投げかける。
「私達のお父様、ですか」
「ああ。作ったのが女性だったら父親じゃないけどな」
「いえ、お父様ですよ。私と姉さんの場合は」
 姉さん?
 つまり、黒曜石より前に作った乙女がいるということか。
「そっか。きっといい人なんだろうな、黒曜石みたいな子を作るんだから」
「はい。大きくて、暖かくて……優しくて。私達のことを、とても可愛がってくれて」
 父親の愛情ってやつか。きっとそれが、黒曜石を今の性格に仕立て上げたんだろう。
「いつも私に、幸せになってくれって……そう言ってました」
 幸せ、か。
「子煩悩なんだな、その人は」
「……そうかも、しれません」
 と、照れくさそうな黒曜石。
「でも、宝石乙女は独り立ちしないといけませんから……一緒に過ごしたのは、ほんの
わずかな時間だけです」
 ……独り立ち、か。
 黒曜石にとってのわずかな時間って、どれぐらいなんだろうか。
 俺なんかよりずっと長生きで、そんな黒曜石が言う、わずかな時間っていうのは。
 幸せになって……。
 そんな言葉を、どこかで聞いた気がする。
 だがその記憶が曖昧で、まるで夢の中の話のような。
「……私、幸せですよ。お父様に、胸を張って言えるぐらい」
 唐突に告げられる言葉。
 真っ直ぐと、俺の顔を見て。
 でも、その言葉は俺以外の誰かにも告げられたような。
 黒曜石の目が、俺ともう一人の誰かに向けられているような……。
「そうか。それならいいんだ、うん」
 その目には曇りが無く、嘘も偽りもない。
 だから逆に恥ずかしかった。こうして面と向かって告げられたことが。
「でも……もっと幸せになりたい、です」
 先ほどよりも小さな声。
「……マスターが、迷惑でなければ」
 俺だけに向けられた瞳。
 最後の言葉は、近くにいても聞き取りにくいぐらい小さかった。
 ……尋ねない方がいいのかも知れない。
 こんなに顔を赤くしている黒曜石に、それを聞くのは野暮だろうし。
 だから、今は何も聞かずに黙っていよう。
 この生活を、いつまでも続けていよう……。

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