宝石乙女まとめwiki

懐かしい旋律

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匿名ユーザー

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「んぅ……」
  春の陽気という奴は、眠気を大いに誘ってくる。
  朝きちんと起きたと思ったら、こうして昼寝している始末。
  せっかくの休み、もっとアクティブに過ごせないものか。
  横たえていた体を起こす。家はずいぶんと静かだ。
  雲母達は、アクティブな休日でも過ごしているのかな。
  ――腹の鳴る音。時計を見れば、もう2時だ。
「朝飯……食ってない、な」
  とりあえず、何をするにも腹ごしらえか。
  立ち上がり、部屋を出る。向かう先は台所。
  廊下に出て、真っ直ぐ居間へ。
  相変わらずの見慣れた、綺麗な廊下。ついさっきまで黒曜石が掃除をしていたのだろうか。
  ちょうどいい。黒曜石がまだなら一緒に昼飯を……。
「ん?」
  静かな居間の中。
  そこに、黒曜石はいた。ソファに座り、目を閉じて、ヘッドフォンを耳に当てながら。俺が昼寝してたから気を遣ったのかな。
  ヘッドフォンはもちろんプレイヤーに繋がっており、トレイの中ではCDが回転しているのが見える。
  その姿は、普通の人形のようにも見えて……俺がここに来たのには気付いていないようだ。
  ……まぁ、いいか。
  声をかけずに、そのまま台所へ。何か余ってないかな。
  鍋の中を見てみたりしてみるも、残り物はない。誰だ、食いしん坊は?
  仕方ない、こういうときは冷蔵庫を開けて……。
  その瞬間、中からいくつかの食材が、冷蔵庫からこぼれ落ちる。もちろん派手な音付き。
「ひゃうっ!? え、えぇっ?」
  ……見事に、黒曜石を驚かせてしまった。涙目であわてている。

  黒曜石と並んでの昼飯。
  しかし、隣に座る黒曜石はまだ涙目だ。相当怖かったらしい。
「いやぁ、ホントすまんっ」
「い、いいんです……でも、ちゃんと声かけてくれれば……ふぇ」
「泣いたら全然よくないっつーの! ほら、唐揚げ一個やるから」
  って、子供なだめてるのと違うんだぞ、俺。
「あ、ありがとうございます……」
  ……あ、泣きやんだ。唐揚げ好きなのか?
「それにしても、ずいぶん聴き入ってたな。何聴いてたんだ?」
「はい。鶏冠石ちゃんの家で、懐かしい曲を聴いたので」
  つまり、向こうから借りてきたってことか。
「黒曜石が懐かしいとか言うことは、案外100年ぐらい前の曲だったりしてな」
「え……いえ……もう、100年ぐらいは」
「……古いな、それは」
  やはり宝石乙女の会話はスケールが違う。
「はは……で、それってどういう曲なんだ?」
「あ、はい。それじゃあマスターもご一緒に聴いてみてください」

  100年以上の前の曲と言われて、クラシックだろうというのは大体見当が付いた。
  しかし、全く詳しくない俺にこの曲のタイトルとかは分からない。映画か何かでかかっていたような記憶もある。
  ただ、静かな曲だ。
  森の中に佇んでいる黒曜石にぴったりな、そんなイメージ。
「私が、初めて生演奏で聴いた音楽なんです。マスターが演奏してくれたんですよ」
  俺の隣で、目をつむりながら思い出を語る黒曜石。
  ……昔のこと、思い出してるのかな。
「この曲は私にぴったりだって……そう、言ってくれました」
「そうだな。俺も同感」
  不思議な感じだ。
  いつも慌ただしく過ぎる時間が、今はとても緩やかに感じる。
「……この曲のように、綺麗になれますか?」
  そんなことを、黒曜石が尋ねてくる。
「俺は十分綺麗だと思うけどな」
  率直な感想。
「マスターに、そう言ってもらえると、嬉しいです」
  照れ笑いを向けてくる。
「マスターの言葉なら、自信が持てます」
「そっか」
  黒曜石の頭を撫でる。
  ――妹みたいだ。
  ふと、そんなことが頭を過ぎる。
  同居して、一緒に飯を食って、暇な一日を二人で過ごす。
  端から見ると恋人みたいな感じだが、俺にとって黒曜石は……。
  ……やっぱ、妹だ。甘えん坊で、泣き虫な。
  …………少し、眠くなってきた。
  あれか、俺は……クラシックで……眠くなる、人種…………か。

          ◆

  ――幸せに……
      幸せに、なるのが……
          ……の……役割。
        ……だから……頼む。

「んおっ!?」
  いつの間にか眠っていた意識が飛び起きる。
  声が、聞こえた。
  聞き慣れない、男の声。
  まるで他人が俺に呼びかけてきたような……何なんだ? 夢だとしても気持ち悪い。
  ……頭が痛い。喉もやたらと渇いている。
  ところで黒曜石は……。
「すぅ……んぅ」
  ソファの隣。俺にもたれかかるようにして、黒曜石は眠っていた。
  静かな部屋で、黒曜石の寝息が聞こえる。
「……はぁ」
  いつしか曲も止まっている。いったいどれぐらい寝ていたんだか。
  ……まぁ、いいか。
  時計もまだ、3時を指したばかり。
「ただいまーっ」
  やたらと明るい声。金剛石だな。
「んぅ……」
  黒曜石が、俺の腕にしがみついてくる。
  ……しばらく、動けそうにないか。
  さて、金剛石にはもう少し静かにしてもらわないとな。

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