何の変哲もない朝食時。変わっていると言えば、他の子は起きてこなくて、リビング周りにいるのは俺と黒曜石だけ。
台所に立つ、黒曜石の後ろ姿。
エプロンを身につけて、楽しそうに包丁を動かして。
「マスター、目玉焼きと卵焼き、どちらがいいですか?」
「んー、じゃあ目玉焼き」
「分かりました。すぐに用意しますね」
……宝石乙女は人形。身体の成長はない。
だが、俺には彼女がとても大きくなったような……そんな風に見えた。
台所に立つ、黒曜石の後ろ姿。
エプロンを身につけて、楽しそうに包丁を動かして。
「マスター、目玉焼きと卵焼き、どちらがいいですか?」
「んー、じゃあ目玉焼き」
「分かりました。すぐに用意しますね」
……宝石乙女は人形。身体の成長はない。
だが、俺には彼女がとても大きくなったような……そんな風に見えた。
一人暮らしを始めてから数年、まぁ、今まで不自由も面白いこともなく日々を過ごしてきた。
「あ、あの……マスター?」
一人暮らしが終わったのは、昨日のこと。
遺跡発掘がどうのこうので、うちの大学にあった古い鞄。その中に入っていた人形は、意志を持っていたとかいうファンタジーな話。
それが俺の目の前にいる女の子。かたわらに熊のぬいぐるみを抱きしめた、彼女の名前は黒曜石。
まさに未知との遭遇、第一種接近だ。にわかには信じられなかったが、実際にこうして動いてしまっては否定もできない。
「ん……もう寝たんじゃなかったのか?」
「はい、そうです……けど」
どこかぎこちない黒曜石の反応。
その見た目と相まって、とても弱々しく見えてしまうその姿。
「や、やっぱり何でもないですっ。夜遅くに……その、すみませんでした」
そしてとても恥ずかしがり屋で、言いたいことを言えない性格。
初対面なのに、それははっきりと分かった。
だがさすがに何を言いたいのかまでは分からない。俺はそこまで彼女を知らないのだから。
……それでも、今はなんとなく分かった。
熊を抱きしめている手が、小刻みに震えていたから。
「あー……その、なんというか、もしかしてなんかあったか?」
「いえ、その……別に」
「だって、怯えてる顔してるよ? もしかして俺のこと怖いとか」
冗談交じりに言ってみると、黒曜石は必死に首を横に振る。
「そんなこと絶対ないですっ。マスターはその、怖い人じゃないって分かりますよ」
「ありがと。じゃあどうしてそんな顔してるんだ?」
そしてまた押し黙る。
どうもこの子は遠慮がちで調子が狂ってしまう。同居するのは許可したんだから、もう少し肩の力を抜けないものか……。
「んー、じゃあ俺がこれから質問するから、当たってたら首を縦に振ってくれ」
「は、はい……」
よし、それじゃあ俺の頭フル回転。黒曜石はいったい何を考えているか……。
「それじゃあ……何か嫌なことがあった?」
縦に一回。
「なら、それは俺が関係してる?」
横に何度も。
「そっか。それじゃあ……黒曜石は幽霊が怖い?」
……ためらいがちに、一回。
「じゃあ、幽霊が夢に出た?」
……硬直。顔が青ざめる。
そしてまた身体が小刻みに震えて……。
放ってはおけないな……俺は布団を抜け出し、黒曜石の前に立つ。
そして彼女の頭に手を乗せる。
「……そうかー、怖い夢見たんだな」
縦に一回。
「それならそう言えばよかったのに。遠慮は無用って、言っただろ?」
もう一度、縦に一回。
そして、震えを必死に抑えるように、小さな声を。
「……怖い夢、見ました。その……一緒に、寝て……いいですか?」
とても弱々しい、小さな女の子。
目にわずかな涙を溜めて、こちらを上目遣いで見つめてくる。
……あー、俺の一人暮らしって終わったんだな。そう思う。
こんな子を、放っておけるほど面の皮は厚くないんだから、俺は。
「よく言えました。それじゃあ一緒に寝るか?」
「は、はい……」
俺の服を小さな手で握りしめる黒曜石。
その顔に恐怖はない。わずかばかりの照れくささと、安堵感を感じる。
そんな顔の変化がおかしくて、少しばかり笑みがこぼれてしまう。
「どうか、しましたか?」
「いーや、何でもない。それより早く寝よう、明日も早いから」
「……はい」
……さようなら、一人暮らし。こんにちは、黒曜石。
きっとこの生活は長く続く。それははっきりと分かった。
この少女と、俺はどんな生活を送ってゆくのだろうか。
黒曜石と共に眠る中、今までなかった未来への楽しみができた。そんな気がする。
「あ、あの……マスター?」
一人暮らしが終わったのは、昨日のこと。
遺跡発掘がどうのこうので、うちの大学にあった古い鞄。その中に入っていた人形は、意志を持っていたとかいうファンタジーな話。
それが俺の目の前にいる女の子。かたわらに熊のぬいぐるみを抱きしめた、彼女の名前は黒曜石。
まさに未知との遭遇、第一種接近だ。にわかには信じられなかったが、実際にこうして動いてしまっては否定もできない。
「ん……もう寝たんじゃなかったのか?」
「はい、そうです……けど」
どこかぎこちない黒曜石の反応。
その見た目と相まって、とても弱々しく見えてしまうその姿。
「や、やっぱり何でもないですっ。夜遅くに……その、すみませんでした」
そしてとても恥ずかしがり屋で、言いたいことを言えない性格。
初対面なのに、それははっきりと分かった。
だがさすがに何を言いたいのかまでは分からない。俺はそこまで彼女を知らないのだから。
……それでも、今はなんとなく分かった。
熊を抱きしめている手が、小刻みに震えていたから。
「あー……その、なんというか、もしかしてなんかあったか?」
「いえ、その……別に」
「だって、怯えてる顔してるよ? もしかして俺のこと怖いとか」
冗談交じりに言ってみると、黒曜石は必死に首を横に振る。
「そんなこと絶対ないですっ。マスターはその、怖い人じゃないって分かりますよ」
「ありがと。じゃあどうしてそんな顔してるんだ?」
そしてまた押し黙る。
どうもこの子は遠慮がちで調子が狂ってしまう。同居するのは許可したんだから、もう少し肩の力を抜けないものか……。
「んー、じゃあ俺がこれから質問するから、当たってたら首を縦に振ってくれ」
「は、はい……」
よし、それじゃあ俺の頭フル回転。黒曜石はいったい何を考えているか……。
「それじゃあ……何か嫌なことがあった?」
縦に一回。
「なら、それは俺が関係してる?」
横に何度も。
「そっか。それじゃあ……黒曜石は幽霊が怖い?」
……ためらいがちに、一回。
「じゃあ、幽霊が夢に出た?」
……硬直。顔が青ざめる。
そしてまた身体が小刻みに震えて……。
放ってはおけないな……俺は布団を抜け出し、黒曜石の前に立つ。
そして彼女の頭に手を乗せる。
「……そうかー、怖い夢見たんだな」
縦に一回。
「それならそう言えばよかったのに。遠慮は無用って、言っただろ?」
もう一度、縦に一回。
そして、震えを必死に抑えるように、小さな声を。
「……怖い夢、見ました。その……一緒に、寝て……いいですか?」
とても弱々しい、小さな女の子。
目にわずかな涙を溜めて、こちらを上目遣いで見つめてくる。
……あー、俺の一人暮らしって終わったんだな。そう思う。
こんな子を、放っておけるほど面の皮は厚くないんだから、俺は。
「よく言えました。それじゃあ一緒に寝るか?」
「は、はい……」
俺の服を小さな手で握りしめる黒曜石。
その顔に恐怖はない。わずかばかりの照れくささと、安堵感を感じる。
そんな顔の変化がおかしくて、少しばかり笑みがこぼれてしまう。
「どうか、しましたか?」
「いーや、何でもない。それより早く寝よう、明日も早いから」
「……はい」
……さようなら、一人暮らし。こんにちは、黒曜石。
きっとこの生活は長く続く。それははっきりと分かった。
この少女と、俺はどんな生活を送ってゆくのだろうか。
黒曜石と共に眠る中、今までなかった未来への楽しみができた。そんな気がする。
「黒曜石、成長したなぁ」
「え、いきなりどうしたんですか?」
「いや、何となくだ……ところで、怖い夢は見なくなったか?」
その質問に、黒曜石は首をかしげる。
「怖い夢は見てませんけど……どうしたんですか、突然」
「いや、それならいいんだけどな」
そこにいるのは、弱々しい少女ではない。
宝石乙女として、大きく成長しようとしている少女だ。
……なんだかな、嬉しいんだけど少し寂しい気がする。なんか黒曜石の親になった気分だな。
「……おはよう」
「おはようマスター。今日は早いんだね」
「ふああぁ……んぅ、眠い……ですぅ」
「おっ、やっと起きてきたな」
今日も当たり前の日常が始まる。
一人暮らしに別れを告げた、やたらと明るい朝が。
「おはようございます、雲母ちゃんは卵焼きですよね?」
「え、いきなりどうしたんですか?」
「いや、何となくだ……ところで、怖い夢は見なくなったか?」
その質問に、黒曜石は首をかしげる。
「怖い夢は見てませんけど……どうしたんですか、突然」
「いや、それならいいんだけどな」
そこにいるのは、弱々しい少女ではない。
宝石乙女として、大きく成長しようとしている少女だ。
……なんだかな、嬉しいんだけど少し寂しい気がする。なんか黒曜石の親になった気分だな。
「……おはよう」
「おはようマスター。今日は早いんだね」
「ふああぁ……んぅ、眠い……ですぅ」
「おっ、やっと起きてきたな」
今日も当たり前の日常が始まる。
一人暮らしに別れを告げた、やたらと明るい朝が。
「おはようございます、雲母ちゃんは卵焼きですよね?」