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ネクタイは苦手

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匿名ユーザー

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  俺は仕事柄、基本的に背広なんて着ない。だから昔からネクタイって奴はどうも苦手だ。締めるのも上手くできないし、何より首元が苦しいのはどうも……。
  でも、ごくたまにそういうきちっとした服を着なければいけないときがある。それが今日だ。
「うー……」
「マスター、どうしました?」
  鏡の前で唸っていると、漬物石が上着を持ってこちらにやってくる。
「ネクタイがな、上手く結べなくて」
  手元に持ったそれを指でつまんで軽く揺らす。なんというか、どうして人間はこんなモンつけるのが好きなんだろうか。全然理解できないぞ。
「マスターはやっぱり正装が苦手なんですね」
「笑いながら言うなよー」
「ふふ、ごめんなさい。じゃあ、こちらにしゃがんでくれますか?」
  漬物石に言われた通り、彼女の前でしゃがむ。
  ……まぁ、漬物石が何をしてくれるかは分かる。分かるよ、うん。それは男としては是非とも女性にやってもらいたいことの一つで、あこがれでもあるわけだが。こうも漬物石の顔が近くにあると、恥ずかしい……。
「では僭越ながら……」
  と、俺の手からネクタイを受け取り、俺の首にかける。そして胸より上の辺りでネクタイを結んでゆく……うぅむ、俺よりはるかに手慣れているな。
「上手いな」
「前のマスターにもやっていましたから」
「前の、ね……」
  微妙に嫉妬、その前のマスターに……。
「はい、できました」
  もう死んだであろう人にヤキモチしているうちに、ネクタイ結び終了。しかし、漬物石の顔は近いまま。
「……どうした?」
「え、その……前のマスターはいつも背広だったので見慣れていましたけど……マスター」
  そこから後は、聞き取るのも難しいぐらいの小さな声で……。
「……背広姿のマスター、かっこいいですよ」
  ……嬉しいこと言ってくれるじゃないの。そうか、かっこいいのか。ふふふふふ。
「ほぉ、そりゃあ嬉しいねぇ」
「ひゃっ、ま、マスターっ、降ろしてくださいぃー」
  強引な照れ隠しだが、漬物石を抱き上げて居間へ向かう。
「せ、背広、しわになっちゃいますよぉー」
「これぐらい平気だって。ほら、とっととご飯食べるぞー」
「もぉーっ」
  ……かっこいい、ね。前のマスターに自慢したくなってくるフレーズだ。背広っていうのも、案外悪くないかも知れないな。


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