宝石乙女まとめwiki 思い出の味
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 「ん?」
気配を感じて振り返るとペリドットが立っていた。 手には大きなバスケットが二つ。
 「まったくお前は……。 人の家を訪ねるときに気配を消すやつがあるか」
といっても、普段から足音もたてずに歩くような奴だ。 意識してやっているわけじゃないしな。

 「それでも、貴女には気が付かれてしまいますね。 おじゃましますね」
アトリエの一角にあるテーブルと椅子をすすめる。 グラスに注ぐのはアイスミントティー
裏の池に自生しているミントを摘んで夏の暑い季節に使っている。

 「爽やかで美味しいですねぇ」
 「よかったら、少し持っていくといい。 お前のマスターも、そのミントの香りは気に入っていたはずだ」
右の眉がピクリと動く。 なんだ、知らなかったのか。 ちょっとまずいことを言ってしまったかと後悔する。
こいつを怒らせると、かなり困ったことになる。 ましてやマスターのこと。 私は龍の逆鱗に触れてしまったかのような錯覚に陥った。
体に嫌な汗が滲む……。

 「そうですか……。それでは少しいただいて参ります。 美味しい淹れかたも教えて下さいね」
 「淹れかたなんて簡単だ。 濃い目に入れて氷をたっぷりと入れたグラスに注ぐだけだ。 基本的にはハーブティーだからな。
  ところで、そのバスケットは? ここに来た目的はそれだろう?」
さりげなく話題を変えてみる。 これ以上、こいつのマスターに関わると嫉妬の炎で焼かれてしまう。
事象の地平線を越えるのはイタズラ娘だけでいい。 私は御免こうむる。

 「実は、パイを焼こうと思ったのですが手ごろなオーブンがなかったものですから……」
 「パイ? 見せてみろ」
バスケットから取り出したのは大きなパイ皿に盛られた見事なものだった。
しかし……どこかで見たような……。

 「覚えているかしら? 昔、姉さんがよく作ってくれたミートパイ」
 「ああ、あれか!」
私たちが、まだ幼かった頃。 真珠が育ち盛りの妹たちの為に作ってくれたものだった。
そうそう、こんなに大きな皿だったよ。 そういえば、作り方も教えてもらったのに
何度も試しても真珠の作った味にならなくて諦めたのだっけ。 材料、下ごしらえ、生地の練り方、寝かせ方。
焼き方や火加減も工夫したがダメだった。 真似事をしてもダメなんだと、自分で料理を工夫することを決意させられたのが
このミートパイだったな。

 「姉さんの味とは違うけれど、私が初めて覚えた料理ですから。マスターに食べて欲しくて……」
 「真珠の味、できなかったな。 なぜだと思う?」
 「レシピは完全に教えてもらっています。 微量の隠し味まで全て。 でも、何度作ってもダメでした。
  単なる錯覚や思い入れだとは思えません。 何か一工夫が隠されているか、何かの加減が違うのか」
 「私も試したよ。 でも出来なかった。 工夫が足りないとは思えん。 真珠が何かを意図的に隠しているのだと思う。
  おかげで、お前も私も意地になって料理に励んだし。 おかげでずいぶんと達者にもなった。
  それも真珠の狙い通りだと思うと、少し悔しい気もするがな」
 「あの姉さんのことですから。 一筋縄ではいきませんよ。 この歳になってさえ、何一つ勝てる気がしません」
自嘲気味に笑う妹が二人。
まったく、姉という奴は いつも妹の一歩先をいく。 少しは手加減してくれてもいいのに。

 「自宅にある電気式のオーブンでは入らないものですから。 ここなら、薪の古い型のオーブンがあると思いまして」
 「ああ、最近の電気式の調理器具も便利なのだが古い食器だと使えないものが多いからな。 虎目に手伝わせて古い焼き釜を再現したのだよ。
  料理にも焼き菓子にも重宝している。 薪は裏に積んであるから、好きに使うといい。 それで、そっちのバスケットは何だ?」
 「いっしょにパンも焼こうと思って。 それと、使わせていただくだけでは申し訳ないですから
  少しですけれど同じミートパイを一つ。 私の味ですけど、どうぞ」
 「それはどうも。 今夜の楽しみにしよう」
二人で薪を運び火を入れる。 釜の中の温度が上がるまでの間、新婚のノロケ話に付き合う。
まったく、少しは遠慮して欲しいものだ。 聞いてるこっちが恥かしくなる。

 「そろそろだな」
薪を足し、皿を奥へ入れ蓋を閉じる。 後は温度が上がり過ぎないように時々、様子を見ながら焼き上がりを待つだけだ。
 「思い出の味か……」
何度も失敗を繰り返して、材料をダメにしてしまって落ち込んだときもあったっけ。
それでも真珠は怒りもしないで『また、頑張りなさい』って……
不味い料理も残さずに平らげて、冷静に批評してたっけ……
初めて及第点を貰ったのが、私が何日も煮込んだビーフシチュー、ペリドットがプレーンオムレツ。
嬉しかったっけ。
はぁ、妹か。 今の妹達に何を教えたっけか? もう少し、伝えてやらなきゃならないことがあるなぁ。

揺らめく炎を見つめながら妹達の顔を思い浮かべる。 
 「何を考えていました?」
 「おそらく、お前と同じことだ」
 「今週末辺り、お茶会でもしましょうか。 準備するところから始めますから、早めに来て下さいね」
 「ああ、様式やマナーも教えなきゃならん。 何人かで持ち回りでやろう」

焼きあがったパイを取り出す。 香ばしい香りがあたりに漂う。
 「懐かしい香りだ。 真珠の味に近いのじゃないか?」
 「食べてみてからのお楽しみですよ。 今日はありがとう、ウチにも遊びにいらしてね」
 「ああ、火傷しない程度には寄らせて貰う。 とりあえずは週末にお邪魔するよ。 彼も参加するのかい?」
 「もちろんですよ。 お仕事が休みの日ですから、ずっと私の隣にいてもらいます」
ふっ、あのマスターのことだ。 照れながらも愛想良く据わっているだろう。

ペリドットを見送りアトリエに戻る。 今夜はコイツを肴に一杯飲もうか。
思い出の味を探りながら、思い出を辿りながら。
たまには、真珠と飲み明かすのも悪くないかな。