宝石乙女まとめwiki
人生とはその時々に自然に変化し、移りゆくものです。
変化に抵抗してはなりません。
――それは悲しみを招くだけです。
現実を現実として、あるがままに受け入れなさい。
ものごとをそれが進みたいように、自然に前に流れさせてやりなさい。
~老子


その人は、あなたの前から姿を消してしまいました。しかし、それならば最初から出逢わなければよかったと思いますか?
きっとそうではないと思います。お互いが愛し合ったという事実は、死が二人を別つとも、決して変えようのない事実なのです。
無論、二人の間には甘い体験もあれば苦い体験もあったと思います。
しかし、あなたがこれほど悲しんでいるからには、そこには純粋な愛情があったとことは、間違いないことなのだと思います。

あなたは、その人を愛したのです。そして、今も。――そのことは、多くのものを生み出しているはずです。
~テニスン




夏の暑さがピークを迎える季節。 僕とペリドットの式の日。
二人の関係と彼女の正体を知る数少ない僕の親族と、彼女の姉妹たちでささやかに集まってもらった。
森の中の小さなチャペル。
手入れの行き届いた綺麗な庭は式の後のパーティの準備も終わり白いテーブルクロスが風で揺れていた。
照りつける太陽。 鳥のさえずり。 蝉の声。 小さい子供たちは目一杯お洒落をしていることも忘れてはしゃいでいるようだ。
黒曜石と月長石が裾を翻して追いかけている。
あ、一人転んだ。 ああ、捕まったようだ。 あれは天河石。 ドレスは汚れなかったかな?
お姉さんが二人がかりで世話を焼いている。 ああ、大丈夫だったようだ。
あの娘たちも、今日から名実ともに 僕の家族。
ああ、目に見えるもの 耳に聞こえるもの全てが目映く輝いているようだ。
世界は光に満ちている。
ふふ、気分が高揚しているようだ。 でも、仕方ないだろう。
だって、今日は僕とペリドットの式の日なんだから。
さて、そろそろ行くとしよう。 牧師の前で彼女を待とうか。


控え室で支度を整える。今日はマスターと名実ともに結ばれるハレの日。
鏡の中の私は物語に登場するお姫様のよう。
歳若い妹たちの視線を痛いほど感じる。
憧れる気持ちは判る。 私もかつてそうだった……いや、つい先日までそうだった。
ヒトと宝石乙女が結ばれることがどういうことなのか、何をもたらすのか。
私が生まれる以前から続いてきた宝石乙女の昔話を幼い頃から姉たちに聞かされていた。
歳と経験を重ねるごとに見えてくる真実と事実。
ヒトではなく宝石乙女である自らの存在意義に悩んだこともあった。
それでも、愛し愛されるマスターと添い遂げる夢は絶えることがなかった。

私は宝石乙女。 私を必要としてくれるマスターに全てを捧げる存在。
依存、と言う人もいる。 でも、いいではないか。
実際、私はいまのマスター無しでは生きていくことが出来ないくらい魅入られてしまっているのだから。
出会うことが出来てよかった。 素直にそう思える自分がいる。
鏡の中の私は微笑が絶えることがない。
作り笑顔ではなく、私の中から溢れてくる喜びのほうが大きいからだ。
宝石乙女として、否、女としての喜びと満足感。
今日から私は人妻。 愛する人の一生を引き受け、同時に自分の一生を捧げる女。
今日から、乙女の称号を返上しなきゃね。


 「気分はどう? 聞くまでもないかな」
 「来てくれたのね、ありがとう。 今日はよろしくね、アメジスト」
 「ああ、憎い新郎に花嫁を捧げる哀れな存在の役は私にこそ相応しい。 道化にならないように気をつけますよ」
 「相変らず毒のある言い方をする娘ね。 ふふっ、知っているのよ。 実は私のマスターのこと気に入っているでしょ?」
 「まあ、ね。 悪い男じゃ無さそうだ。 私の知っている『姉』を娶るには頼りなくも見えなくはないけど」
 「あらあら、ああ見えて芯の強い人なのよ。 哀しいことがあっても折れない曲がらない、しなやかな強さを持っているの。
  生まれたときから見てきた私はそれを知っているのよ。 それにしても、貴女が知っている私って何?」
 「ご馳走様。 これからしばらくはノロケに付き合うことになりそうですね。 新婚さんになるわけだから、仕方ないか。
  私が知る姉は、見た目と雰囲気に反してお転婆でかなりのじゃじゃ馬だってことですよ。
  姉妹のなかでは一番猛々しいところがあるし、好奇心も旺盛だ。 行き着くところが闇だろうが、崖だろうが気になったら最期。
  見なければ、確かめなければ気がすまない性分でしたよね。 おかげで、子供の頃は付き合うのがたいへんでしたよ」
 「それは……仕方ないじゃない、気になるんですから。 それに貴女だって、喜んで付いてきていたのよ」
 「そうしなければ、貴女においていかれましたから……。 貴女についていきたかったのです。 どこまでもね」
 「アメジスト……」
 「強く、優しく、温かな姉が好きだったのです……自分がそうなれないからことを知っていたから」
 「………」
 「貴女が彼の妻になっても、時々は甘えにいってもいいですか? 姉様……」
 「……もちろんよアメジスト。 貴女はいつだって私の大切な妹、何も遠慮はいらないわ。 いつでも、貴女の望む時にいらっしゃい」
 「ありがとう……姉様。 さあ、そろそろ参りましょうか? 彼がお待ちかねだ」


アメジストに手をとられ、控え室を出る。 マスターの待つところへ姉妹で歩いていく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
そうね、アメジスト。 あの頃もこうして手をつないで歩いたわね。 貴女は私に手を引かれて、離されまいとして強く強く握り返していたわね。
どこへ行くにも、どんな時でも。 
あの頃の甘えん坊が、大きくなって……。

廊下を突き当たり、扉の前に立つ。 この向こうにはマスターが待っている。
 「入りますよ、姉様」
アメジストがノブを回し扉を開く。 真直ぐに伸びたヴァージンロードの先には、私の夫となる人が待っていた。
うつむいて歩を進めるアメジストに引かれて一歩一歩マスターに近ずいていく。
落ち着いた笑顔。 いつものマスターだ。 ステンドグラスの光が美しく輝いている。
困ったわ、マスターから視線が外せない。 妹達の祝福の言葉も聞こえているのに、耳を通り過ぎていくよう。
マスター、マスター、マスター!

ギュっとした鈍い痛みに気が付いて、痛みの元を探す。 それは、アメジストに力いっぱい握られていた私の手からだった。
私よりも多くの経験を積んで大人になっても、貴女の本質は幼い頃のまま、淋しがりやで甘えん坊なのね。
大丈夫よアメジスト、私は幸せになるのだから。 貴女も、いつか貴女の望みが叶う時がくるわ。

マスターの前に立つ私とアメジスト。 アメジストがマスターに何か囁き、そして私の手をマスターの手にあずける。
にっこりと微笑むマスター。
二人で牧師役の爆の前に立つ。彼の妻として。



荘厳なパイプオルガンの音色と少女達のゴスペルが流れる。
楽曲が終わると式場は静寂に包まれた。
一呼吸の後、爆牧師の声が響く。挨拶と説教。さすが、上手いものだ。
そして、誓約の言葉――
 『マスター、貴方に訊ねます。 汝、健やかなる時も、病める時も、お互いに愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを妻に誓いますか?』
僕の返答は決まっている。
 「いいえ」

 『ふむ、ではペリドット。 貴女に訊ねます。 汝、健やかなる時も、病める時も、お互いに愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを夫に誓いますか?』
彼女の答えも判っている。二人の思いは同じだから。
 「いいえ」

後ろの参列席のざわめきは若い娘たちだろう。 無理もない、相手に対する誓約を否定したのだから。

 『では、問い直す。 汝ら、健やかなる時も、病める時も、お互いに愛し、慰め、助け、死が二人を別つとも永久に真心を尽くすことを互いに誓いますか?』
 「はい」
 「 I do 」

そう、僕たちは人と宝石乙女。 与えられた寿命の長さは比較にならない。 僕が先に逝くことは曲げようのない事実であり現実だ。
それでも僕は、彼女の思い出のなかで生き続けることが出来る。
遥かな未来、彼女の最期の時には僕が迎えにくると決めた。
結魂。 魂を結ぶ思いは時間と空間を越える。
肉体と器のしがらみから解かれた自由な魂は溶け合い、一つになることが出来る。 そう信じることにした。
一時的な別れの哀しみは再会の喜びのためのエッセンスだ。
僕たちは、お互いに求め合い、魅かれ合ったのだから。

ざわめきが歓声と溜め息に変る。 爆牧師の目に光るものが見えた。
 『さ、では誓いのキスをどうぞ』
 「え!? あれ? 爆さん? 指輪の交換のはず……」
 『何をまどろっこしいこと言ってんの? ホラホラ、どうせだからみんなの前であっつ~い誓いを見せつけちゃいなさいな』

新郎がたじろいでいても仕方ない。 ペリドットに振り向き尋ねる。
 「いい?」
 「はい。あなたの思うままに」
彼女のヴェールをあげ、顔を見たら胸が高鳴った。 潤んだ瞳、ほんのりと色着いた頬、ピンク色の艶やかな唇。
純白のドレスに淡緑色の髪と瞳が映える。
とても綺麗だ。

 『新郎さん、いつまでも花嫁に見蕩れないこと』

彼女を抱き締めて、唇を重ねる。 いつもよりも熱くて濃厚なキス。 僕と彼女の想いが重なる。
やんややんやの囃子が静まってからも、僕たちは互いを離す事はしなかった。 まるで今しか時がないような情熱。
耳に入ってきたのは真珠さんの一声。

 『それ以上は子供たちの教育上、宜しくないかしら。 続きは今夜まで待ちなさいね』

慌てて距離を置く二人。お互いに赤い顔をして冷や汗をかく。
どんな時でも真珠さんには頭があがらない。
焦ることはない。 僕たちは、これからずっと一緒なんだから。