宝石乙女まとめwiki 熱い水風呂
 夏なのだし当然だが、毎日暑い日が続いている。
 風呂もほぼ毎日シャワーだけで済ませるし、そもそも熱い湯に浸かろうなんてバカな真似、
するはずもない。
「……ふぅ」
 だが、たまに湯船が恋しくなるときがある。
 そういうときは、自分で湯船を洗って水風呂の準備だ。
 額ににじむ汗を、泡の付いた手の甲で拭う。
「お疲れ様です」
 そう言って、脱衣所からこちらを覗き込んでくるペリドット。
「お風呂の準備なら、私に任せても構いませんのに」
「いや、この時期湯船なんてほとんど使わないからな。これぐらいはやってもバチは当たらないだろ」
 珍しく真面目なことを言ってやったと思った。だがペリドットはそんな俺に、
普段から洗ってもバチは当たりませんよと冗談交じりに返してくる。
 偉そうな口は叩けないな……苦笑を浮かべながら、スポンジを風呂桶に入れて、
泡だらけの湯船にシャワーを浴びせる。
「それにしても、水風呂だとプールに入るみたいでワクワクしませんか?」
「え? いや、別にそういうのは」
「そうですか? 普段とは違う事をするのは、楽しいと思いますけど」
 とは言うものの、所詮は湯船。プールなんて気分とはほど遠い。
「きっと、マスターは大人になってしまったんですね」
「前から大人だっての。そう言うペリドットはどうなんだよ?」
「女性に年齢絡みの質問を投げかけるのはいけませんよ。めー、ですよ」
「はいはい……」
 生返事をしながら、洗い終えた湯船に水を張り始める。
 蛇口から流れる水は、その勢いだけでこちらにかすかな冷気を感じさせてくれた。

「ふぅー……」

 深く息を吐きながら、ゆっくりと冷たい水の中に体を沈める。
 湯船から勢いよくあふれる水。水の無駄遣いはいけないとペリドットに怒られそうだが、
このあふれる感覚はなぜかやめられない。
 それにしても、やはり暑い日の水風呂は心地よい。最初は水が刺すほど冷たく感じるが、
慣れてしまえば気持ちいいものだ。
「お湯加……あっ、水加減はどうですか?」
 脱衣所と風呂場を仕切る磨りガラスのドア。その向こう側に、ペリドットの姿が見える。
「水加減って何だよ。まぁ、気持ちいいぞー」
「そうですか。では、お着替えはここに置いておきますね。あっ、あと風邪を引かないように、
ちゃんと体は拭いてくださいね」
 それだけ言い残すと、磨りガラスにあった人影が消える。
 そういえば、夕食の準備はどこまで進んだだろうか……まぁ、出来るまでは悪いがここで極楽気分を味わっておく。
 極楽気分……ずいぶんとおっさんくさい言葉が頭を過ぎったものだ。
これはもう、ペリドットの言うとおり俺が大人になってしまったと言うことか。
 ……ふと、先ほどのプールの話を思い出す。確かにこんなに冷たいと、風呂とはどこか違う気分になってくる。
 だが、別段プールというわけでは……。水面から足先だけを覗かせ、じっと見つめる。
 ――この広さなら、バタ足ぐらいなら出来るか。
 なぜそう思ったのかは分からない。だが、なぜかそれを実践したくなってしまう。
 少しだけ……そう思い、湯船の中で足をばたつかせる。
 これがなかなか難しい。ガキの頃はプール脇に座りながらやっていたわけだが、これが水中でやるとなると……。
 さすがに、湯船の縁に座ってやるほどの余裕はない。それに体を動かしてしまっては、休むはずが逆に疲れてしまう。
 馬鹿馬鹿しいことはやめよう――そう思った瞬間。
「マスター、たまにはお背中でも……あら」
 ……なぜか、磨りガラスのドアを開けて、体にバスタオルを巻いたペリドットが風呂場に入ってきていた。
 長い髪を頭頂でまとめた彼女の視線。それは当然、湯船の中であたかもおぼれているかのように
足をばたつかせていた俺の方に向いている。
 長いようで短い沈黙……気まずい空気が、俺の周りに立ちこめる。
 顔が熱い。せっかくの水風呂なのに、顔が。だがそんな俺に、ペリドットは笑顔を見せる。
「ふふ、やっぱりプールの気分になってしまいましたね」
「い、いや、これはな……」
「いいんですよ。実は私も」
 そう言うと、おもむろにバスタオルを体からほどく……ほどく!? いやちょっと待て、
いくら背中流すサービスだからってそんなっ!
 お、落ち着け俺。ペリドットが見てもいいって言うなら見てしまえば……って、俺は何を考えてる!
あー、頭を冷やせ頭を! 水風呂なのにのぼせてたまるか!
「中に水着を着てみたり……あら、今度は素潜りの練習ですか?」

「からかうつもりはなかったんですよ? だからそろそろ機嫌を直してください」
「別に。機嫌なんて損ねてねぇよ」
 とはいうものの、気まずさから背中を流してくれているペリドットに顔を合わせることも出来ずにいる。
 大体なんだ、あの中学生みたいな慌てようは。さっき面と向かって大人だと言ったのに、情けない。
「あまり気負わないでくださいね。私のマスターは、慌てん坊で照れ屋とよく分かってますから」
「っ、ペリドットぉー」
「ふふふ、ごめんなさい。でも」
 勢い余り、横目で睨み付けたペリドットの顔。
 その顔には悪気なんて全然ない。相変わらずの笑顔。
 そして……。
「それら全てを含めて、あなたは私のマスターです。ですから、もっと偉そうにしてくれていいんですよ」
 ……そんなこと出来るか。
 さらっと恥ずかしいことを言い放つペリドットから、再び視線を逸らす。
 俺はペリドットのマスター、か。
 彼女の上に立つには、まだまだ男気が足りないよなぁ……。
「はい、お背中流し終わりました。それでは、一緒にお風呂入りましょうか」
「え? あ、あぁいや……その、うん……」
 ……ホント、まだまだ男気が足りない。