宝石乙女まとめwiki

暑い日の、血みどろで小さな戦い

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 パチンッ
「……」
 パチンッ!
「……んぅ」
 バチンッ!!
「いっでぇー!」
「にゃっ!?」
 俺の背中を襲う、小さな平手。
 しかしそれに似合わぬ炸裂音相応の痛み。完全に不意打ちを受けた俺は、
読んでいた雑誌を持ったままのけぞる。
 いや、これは冗談抜きで痛い。背中に絶対手のひらの跡が出来た。
「てぇーんっ! いきなり何しやがる!?」
「ご、ごめんなさいぃー」
 背後で腰を抜かしそうになっている天に向かって、大人げなく怒鳴る。
「あ、あのね、マスタぁーの背中にね、血を吸うぞーって……」
「蚊か? 蚊がいたのか? それでももっとゆっくり叩け!」
「あうぅー……」
 完全に冷静さを欠いていた。余裕もなくただ勢い任せに、天を叱る俺。
 傍から見ればどうにも情けない光景だろう。だがそんなことも、今の俺には考える余裕もなかった。
「大体な、虫っていうのは素早い動きには敏感なんだよ。だから勢い任せに遠くでやったって無駄。
それをお前は……」
「主、それぐらいにしておいてやれ。天河石だってお主を思って蚊と格闘していたのだぞ」
 と、顔を赤くした俺に対し、呆れた表情の珊瑚が肩を叩く。
「大体、天河石はもう謝っているだろう。反省しているのだから、主も早く頭を冷やせ」
「ん……」
「もう少し懐の広いところを見せてやるんだ……あと天河石、もう少し注意して叩くように」
「はぁい……」
 結局、珊瑚によって丸め込まれてしまう俺。
 そのこと自体も情けないと思うし、何より冷静になってみて、
自分がどれだけ恥ずかしい状況だったのかを思い知らされ、違った意味で顔が赤くなるのを感じる。
 どうにも顔が合わせにくい……天から目をそらし、頭をかく。
「全く……しかし、蚊を叩き落とすのはそんなに難しいのか?」
 そんなことをぼやく珊瑚の目の前を、一匹の蚊が飛び回る。
 一拍の沈黙。その直後、珊瑚の両手の平が、蚊に襲いかかる。
 バチンッ!!
 天河石の物とは比べものにならない、いかにも痛そうな音。
 だが、それですら蚊は回避し、悠々と空を飛んでいる。
「……くっ」
 わずかに、珊瑚の目の色が変わる。
 そして再び両手の平で、蚊を潰そうとする。
 バチンッ!!
 ……珊瑚の手のひらに、蚊の残骸はない。
「おのれ……」
 珊瑚の口から漏れる、不吉なぼやき。
 バチンッ!!
 今度は俺の目でも確認できないほどの素早さで、蚊を潰そうと手のひらがあわされる。
 しかし……。
「なぜ……」
 蚊は、相変わらず珊瑚と俺の間を飛び交っている。
 これはまさか……不吉な予感が、俺の頭を過ぎる。
「な、なあ珊瑚」
「黙れ、気が散る!」
「はいっ」
 その強い口調に、肩をすくめてしまう。
「某が、この程度で終わるはずが……はっ!」
 バチンッ!
「くっ……ちょこまかと!」
 バチンッ!
 俺の目の前で繰り広げられる、珊瑚と蚊の死闘。
 鋭い珊瑚の動き。すでに俺の目はそれに追いつけていない。
 なのに、なぜかそれを蚊は回避していく。何と末恐ろしい能力を持つ昆虫だ。

「おのれぇーっ」
 あれから通算十回空振りという苦汁を飲まされた珊瑚。
 その顔は余裕がなく、漂う殺気はさながら戦場だ。
 これは、近くにいると危険なのではないだろうか……俺は天の隣に移動し、
その背中を押してこの場から退避しようとする。
 ……が、なぜか珊瑚の視線が、俺の顔のところで止まる。嫌な予感……。
「あ、主ぃ……そこを動いてはならんぞぉ……」
「え」
 その殺気だった視線にやられ、完全に身動きが取れなくなる俺。
 何もしてない……そのはずなのに、何でこんなにも睨まれなければいけないのか。
 いや、それ以前になぜその視線が俺に向けられなければ……そういえば、蚊の姿が見当たらない。
「安心しろ、主。一瞬で終わらせる、痛みはない」
「え……あ、いや」
 視線だけを、天の方に向ける。
 青ざめた顔で俺の頬を指差す天。それはすなわち……。
「今度こそ、この戦いに終止符を」
「い、いや待て珊瑚、早まるな……」
「大丈夫、大丈夫だぞ主。主さえ動かなければ決着が」
「俺は、別に決着なんて……あの、珊瑚さん?」
「ふ、ふふっ……隙ありっ!」
「珊瑚ぉーっ!」

 女性のビンタで脳震盪。
 最初はコメディ映画の世界だけかと思っていたそれを、まさか体験することになるとは思わなかった。
「あ、主……すまぬっ!」
 深々と頭を下げる珊瑚。
 それを、天が持ってきた氷で頬を冷やしながら睨む。
 俺の頬には、見事な珊瑚の手形が出来ていた。
「別に。気にしてねぇよ」
「し、しかしまさかその……」
「気にしてない」
「はい……」
 先ほどとはまるで逆の立場だが、それが嬉しいなんてこれっぽっちも思っていない。
 大体、蚊一匹のためになぜこんな痛い目に遭わなければならないんだ。
 確かに、蚊を何とかしようとしてくれるのは良いのだが……。
「あ、あの……主、どこへ?」
「蚊取り線香買いに行くんだよ!」
 何事も、予防が大切。このままでは蚊ではなく俺が叩き殺されてしまうのだから。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー