宝石乙女まとめwiki

傘を忘れた日の夜は

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 油断した。
 仕事場から出るところで雨が止んでいたが、そのせいで傘を仕事場に忘れてしまった。
 そして電車に乗っているところで雨音を聞き、目的地で降りたらついには本降り。
こうして駅前で雨宿りをするハメとなった。
 自分のドジ加減に、嫌気が差す。ため息をつきながら、大粒の雨を降らせる空をぼんやりと眺める。
 ビニール傘でも買えばいい。最初はそう思ったが、家の傘立てに溜まっているあのビニール傘を見て、
果たしてペリドットは何を思うだろうか。
『傘で破産なんてしたら、ダメですからね』
 平気でそんなことを言いそうだと思い、結局傘を買う気にはなれず。
「はぁ」
 ため息を漏らし、アスファルトに落ちる雨粒へと視線を落とす。
 水たまりに無数の波紋を作りながら、地表へと降り注ぐ雨。
 この時期は本当、おっくうになってしまう。この雨降り独特の匂いを嗅ぐだけで、
どれだけ嫌な思い出が頭を過ぎるか。
「マスター」
 そんな俺の耳に、雨音とは違う聞き慣れた声が入る。
 人の気配……顔を上げてみると、そこには傘を差して佇むペリドットの姿。
「え、どうして?」
 呼んだ覚えもない同居人の姿に、素っ頓狂な声を上げてしまう俺。
 そんな俺に、ペリドットは穏やかな笑みを向ける。
「また、傘を忘れてきたのではないかと思いまして。あれだけビニール傘が溜まっていては、
さすがに買う気も起きないでしょう?」
 ……結局、全て見抜かれていた訳か。

「もう少し気を引き締めてくださいね。これでは見送った後も安心できませんよ」
 ペリドットの傘に入れてもらい、並んで帰路を歩く。
 説教を受けるのは覚悟の上だ。しかし、どうしてもこの子供に言い聞かせるような物言いは、
聞いていて背中がくすぐったく感じる。
「わ、分かってるって。大体、こんな時間に迎えに来る余裕あったのか? 晩飯の準備とか」
 普段は、帰ってくる頃なら台所で夕食を作っている姿ばかりのペリドット。
 正直、その話題には触れられたくなかったのだろう。余裕のある笑顔が一転、
どこか困ったような顔色を見せる。
「ええ……ちょっと、お昼寝をしてしまいまして」
「……作ってないと?」
「実は材料すらないんです」
 笑顔のペリドットに、俺はため息で答えた。
 気を引き締めて……その言葉、状況が状況なら俺が言ってやりたいところだ。
「で、晩飯はどうするつもりだったんだ?」
「え、ええ。【レッドベリルのマスター】さんのお店へ行こうと思っていたんですが」
「つまり、迎えに来たのは外食の為の口実ってか?」
 その問いに、半々ですとごまかされる。ひどい奴だ。
「実際、マスターも困っていましたよね?」
「……ま、まぁ。というか、ずるいなお前」
 横目で睨む俺の顔に、ただ笑顔を向けるペリドット。
 どうやら、俺の方が完全に手込めにされているらしい。これが年の功って奴か。
「さすが年寄りとか、思いませんでした?」
「思ってない」
「本当ですか?」
「本当」
「そのお顔は、嘘を付いていますね?」
「付いてない」
 今度は目をそらす俺を、ペリドットが見上げてくる番だ。
 ペリドットにごまかしなんて通じる気がしない。が、ここで負けるのも癪に障る。絶対に認めるものか。
「もう。お顔を見ればすぐ分かるんですからね」
 どこかふてくされ気味に呟くと、今度は俺の腕を自分の胸元に引き寄せてくる。
 いきなり何をするか……照れ隠しで睨み付けると、そこには満面の笑顔のペリドット。
「それなら、今日は同い年のように振る舞いますよ」
 年なんて全く感じられない、ペリドットの顔。
 その頬が、俺の腕に当たる。
「久々のデート、ということで」
 ……そんな大胆な一言に、結局俺は赤面させられる。
 あぁ、やっぱり敵う気がしない。この同居人には。
「……はいはい」
 でも負けるのは悔しい。俺は出来るだけ、不機嫌そうに返事を返した。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー