「マスタぁー、6月はお嫁さんになると幸せになれるんだよ」
そんな話を始めたのは、梅雨時の午後のことだった。
曇天の空は相変わらずの雨。窓に当たる水滴の音に眠気を誘われていた俺の意識は、
隣でお絵かきをしていた天の声で強制的に目覚めさせられた。
「ジューンブライダル……だっけか」
枕にしていた座布団から頭を上げ、天と向かい合う。
「うんっ。天河石もね、お嫁さんになるの6月がいいなぁ」
きっと、自分の花嫁姿でも想像している……そんな笑顔を浮かべる。
「でも、日本の6月なんて雨ばかりだぞ」
現に今日も、こうして雨模様の空。
6月に入ってから、青空なんて一度も拝んでいなかった。
毎日外出しては靴が濡れるし、湿気も鬱陶しい。元々海外の風習ではあるが、
日本で6月の結婚なんて、あまり良いものとは思えない。
「ううん、天河石はそんなことないと思うよ」
と、予想外の返事を返してくる天。その顔は大まじめだ。
「天河石ね、梅雨はいっぱい雨降るのはやだなーって思うけど、でもきれいなものいっぱいあるのは好きー」
「綺麗?」
こんなじめじめした季節に何があるのか。
純粋に気になってしまい、思わず言葉に疑問符が浮かぶ。
「色々あるんだよー。緑色のカエルさんとか、窓にいっぱい付いてる水滴」
そう言われて、何となく窓の方へと視線を向ける。
衝突しては流れ落ちるを繰り返す雨。それが綺麗だとは、あまり感じない。
だがきっと、雨が止んで空から太陽が覗けば、窓に付いた水滴が輝いて綺麗に見える……かも知れない。
「マスタぁーが買ってくれたお花の傘も大好きだし、お庭のあじさいも綺麗だよー」
「そっか……お前は色々見てるんだなぁ」
「うんっ。それでね、こういうきれいな物がいーっぱいあるから、たくさんお嫁さんになる人がいるんだよ」
そう言うと立ち上がり、俺と視線を合わせる。
「天河石ね、キラキラ光る真っ白なドレスのお嫁さんになって、あじさいのブーケをマスタぁーにあげたいな」
「ブーケって……そういうものなのか? というか、お前が結婚するときでも俺は独身かよ」
俺の言葉に、困ったように眉をひそめながら分かんないと答える天。
しかし、あじさいってブーケに出来るのか? どういうモンなのか全然知らないが。
「それに、結婚相手に当てはあるのか? 一人では出来ないぞ」
天に色恋沙汰……俺には、到底そんなもの想像できない。
この先天が彼氏作って、そいつと結婚して――人間なら当たり前のことだが、
宝石乙女にそういうものが存在するのか。
……ふと、その瞬間を想像してしまった。
「あうぅ……わ、笑っちゃめーっ。いつか見つかるモンっ」
天が結婚する。そんな瞬間を思い浮かべ、複雑な心境に陥ってしまう俺。
そんな瞬間が本当に訪れたら、それはめでたいことのはず。なのに、それを素直に喜ぶことが出来ない。
これが、娘を見送る父親みたいなものなのか? まだ独身なのにそんな。
「絶対天河石、お嫁さんになるもんっ」
妙にセンチメンタルな空気に襲われる俺をよそに、天は将来に対して強く意気込む。
普段なら、その微笑ましい雰囲気で笑顔の一つでも見せられただろう。
……もう一度、窓の外を見る。
空は相変わらずの曇天。そして雨粒が、留まることを知らずに地上へと落ち続ける。
――こんな悪天候では、気分も悪くなる。
天はきれいな物がたくさんあると言うけれど、やはり俺は早く梅雨明けを迎えてしまいたい。
「お嫁さんになって、マスタぁーをびっくりさせちゃうよっ」
「……期待しないで待ってるぞ」
「むっ。ちゃんとお顔を見てお話ししなきゃめーっ」
そんな話を始めたのは、梅雨時の午後のことだった。
曇天の空は相変わらずの雨。窓に当たる水滴の音に眠気を誘われていた俺の意識は、
隣でお絵かきをしていた天の声で強制的に目覚めさせられた。
「ジューンブライダル……だっけか」
枕にしていた座布団から頭を上げ、天と向かい合う。
「うんっ。天河石もね、お嫁さんになるの6月がいいなぁ」
きっと、自分の花嫁姿でも想像している……そんな笑顔を浮かべる。
「でも、日本の6月なんて雨ばかりだぞ」
現に今日も、こうして雨模様の空。
6月に入ってから、青空なんて一度も拝んでいなかった。
毎日外出しては靴が濡れるし、湿気も鬱陶しい。元々海外の風習ではあるが、
日本で6月の結婚なんて、あまり良いものとは思えない。
「ううん、天河石はそんなことないと思うよ」
と、予想外の返事を返してくる天。その顔は大まじめだ。
「天河石ね、梅雨はいっぱい雨降るのはやだなーって思うけど、でもきれいなものいっぱいあるのは好きー」
「綺麗?」
こんなじめじめした季節に何があるのか。
純粋に気になってしまい、思わず言葉に疑問符が浮かぶ。
「色々あるんだよー。緑色のカエルさんとか、窓にいっぱい付いてる水滴」
そう言われて、何となく窓の方へと視線を向ける。
衝突しては流れ落ちるを繰り返す雨。それが綺麗だとは、あまり感じない。
だがきっと、雨が止んで空から太陽が覗けば、窓に付いた水滴が輝いて綺麗に見える……かも知れない。
「マスタぁーが買ってくれたお花の傘も大好きだし、お庭のあじさいも綺麗だよー」
「そっか……お前は色々見てるんだなぁ」
「うんっ。それでね、こういうきれいな物がいーっぱいあるから、たくさんお嫁さんになる人がいるんだよ」
そう言うと立ち上がり、俺と視線を合わせる。
「天河石ね、キラキラ光る真っ白なドレスのお嫁さんになって、あじさいのブーケをマスタぁーにあげたいな」
「ブーケって……そういうものなのか? というか、お前が結婚するときでも俺は独身かよ」
俺の言葉に、困ったように眉をひそめながら分かんないと答える天。
しかし、あじさいってブーケに出来るのか? どういうモンなのか全然知らないが。
「それに、結婚相手に当てはあるのか? 一人では出来ないぞ」
天に色恋沙汰……俺には、到底そんなもの想像できない。
この先天が彼氏作って、そいつと結婚して――人間なら当たり前のことだが、
宝石乙女にそういうものが存在するのか。
……ふと、その瞬間を想像してしまった。
「あうぅ……わ、笑っちゃめーっ。いつか見つかるモンっ」
天が結婚する。そんな瞬間を思い浮かべ、複雑な心境に陥ってしまう俺。
そんな瞬間が本当に訪れたら、それはめでたいことのはず。なのに、それを素直に喜ぶことが出来ない。
これが、娘を見送る父親みたいなものなのか? まだ独身なのにそんな。
「絶対天河石、お嫁さんになるもんっ」
妙にセンチメンタルな空気に襲われる俺をよそに、天は将来に対して強く意気込む。
普段なら、その微笑ましい雰囲気で笑顔の一つでも見せられただろう。
……もう一度、窓の外を見る。
空は相変わらずの曇天。そして雨粒が、留まることを知らずに地上へと落ち続ける。
――こんな悪天候では、気分も悪くなる。
天はきれいな物がたくさんあると言うけれど、やはり俺は早く梅雨明けを迎えてしまいたい。
「お嫁さんになって、マスタぁーをびっくりさせちゃうよっ」
「……期待しないで待ってるぞ」
「むっ。ちゃんとお顔を見てお話ししなきゃめーっ」