宝石乙女の間では、相手を愛称で呼ぶような子もいる。
例えば化石ちゃんなんかは、ほとんどの子に特有の呼び方を用意しているのだが……。
「なあつーちゃん」
「はい、何ですか?」
久々の休日。遊びに来た化石ちゃんと漬物石が楽しそうに談笑しているのを、
時折新聞から視線をそらして眺める。
二人とも、楽しそうに笑っている。こういう和気藹々とした女の子同士の姿も、
見ていてなかなか和む。
と、そんな中に、来客を知らせるドアベルの音が響き渡る。
「んー、集金か?」
財布を取ろうと新聞を置いたところで、漬物石が立ち上がる。
「私が出ます。多分殺生石さんですから」
「え、呼んでたのか?」
「はい。たまには一緒にお茶でもと思って」
そう言い残すと、漬物石は玄関へ客人を出迎えに行く。
殺生石さん、か。着物繋がりで仲が良いんだっけか。
「お、おぉ……やまとなでしこやー」
ぼんやりと居間と廊下を仕切るドアの方を眺めていると、化石ちゃんがそんなことを呟いた。
「そうなの?」
「そやそや。宝石乙女の二大やまとなでしこやで」
「へぇ……」
確かに、日本人形っぽい子と言えばあの二人だけだが。
「さぁ、どうぞ上がってください」
「ええ」
廊下の向こうから聞こえる二人の声。どうやら本当に殺生石さんのようだ。
そしてこちらへと近づいてくる二つの足音。そういえば、殺生石さんの顔を見るのはいつぶりだったっけなぁ。
「今お茶を用意してきますね。あ、マスター、お茶のおかわりはいりますか?」
先に廊下からこちらに姿を見せる漬物石。
それに続いて、あの豪勢な姿の殺生石さんが姿を現した。
「あぁ、俺はいいや。殺生石さん、久しぶり」
笑顔で挨拶をすると、殺生石さんも微笑みを浮かべて口を開く。
「お久しぶりです。あの子から色々お話は聞いていますが、お元気そうで何よりです」
一体どんな話をしてるんだか……苦笑を浮かべていたところで、今度は化石ちゃんが元気に一言。
「やっほーせっちんっ。こんにちはやー」
その一言で、場の空気は一瞬で凍り付いた。
焦りが思わず顔に出てしまった俺。おそらく同じ事を考えたであろう、
驚きの表情を見せる漬物石。そして何も分かっていないんだろうなという空気を漂わせる化石ちゃん。
いや、いくら何でもこれは知らないですまされるわけがない。
せっ……なんて呼んだら、絶対に殺生石さんは怒るに……。
「ふふ」
いつの間にか、威圧のオーラを漂わせながら化石の前に佇んでいた殺生石さん。
そこから発する空気の色は、明らかに殺意に満ちた黒色。知らなかっただろうし、
略称としては確かに言いそうになる呼び方だが、それでも怒りは抑えきれないという訳か……。
和やかな雰囲気など、一瞬のうちに吹き飛んだ。後は何事もないことを……。
「え、えと……どしたん?」
「あなた、今何と?」
「え? せ、せっち」
全てを言い終える前に、殺生石さんの手が化石ちゃんの口を止める。
「いけませんねぇ。人に対してそのような発言は……」
「も、もご?」
「分からないようですね。では、これからみっちりと言葉のお勉強をしましょうか。
妾が手取り足取り、身に染みるほどに……」
「せ、殺生石さんっ、とりあえず今は落ち着いて。ね?」
自分に対して襲いかかる危機にやっと気付いたのか、化石ちゃんの顔が青ざめる。
殺生石さんの顔は穏やかな笑顔だ。いや、穏やかすぎて逆に怖いぐらいだが。
ただ、きっと俺の呼びかけなんか全く耳に入っていないだろう。
頭の中では怒りが渦巻いているだろうから。
「うぅ……あ、化石ちゃんっ、さっきマスターさんが用事あるから、
急いで帰って来て欲しいって言ってましたよっ」
そこに、漬物石の苦しいフォローが入る。
だがそれを聞いて、殺生石さんは化石ちゃんから手を離す。
「あら、用事が出来てしまいましたか、残念ですねぇ。ふふふ」
「あ、あうぅ……」
「そ、そうですねっ。とりあえず、マスターさんにこの漬物を持っていってあげてください。さあっ」
どこから取り出したのか、漬物の入った壷を片手に持ちながら、化石の手を取る漬物石。
そんな二人の姿を、殺生石さんはただ笑顔で見送る。
「また後日」
殺生石さんの、あまりにも感情に乏しい冷たい一言。
春の陽気で暑いと感じていた俺の背中に、その言葉は妙な悪寒を走らせるのだった。
例えば化石ちゃんなんかは、ほとんどの子に特有の呼び方を用意しているのだが……。
「なあつーちゃん」
「はい、何ですか?」
久々の休日。遊びに来た化石ちゃんと漬物石が楽しそうに談笑しているのを、
時折新聞から視線をそらして眺める。
二人とも、楽しそうに笑っている。こういう和気藹々とした女の子同士の姿も、
見ていてなかなか和む。
と、そんな中に、来客を知らせるドアベルの音が響き渡る。
「んー、集金か?」
財布を取ろうと新聞を置いたところで、漬物石が立ち上がる。
「私が出ます。多分殺生石さんですから」
「え、呼んでたのか?」
「はい。たまには一緒にお茶でもと思って」
そう言い残すと、漬物石は玄関へ客人を出迎えに行く。
殺生石さん、か。着物繋がりで仲が良いんだっけか。
「お、おぉ……やまとなでしこやー」
ぼんやりと居間と廊下を仕切るドアの方を眺めていると、化石ちゃんがそんなことを呟いた。
「そうなの?」
「そやそや。宝石乙女の二大やまとなでしこやで」
「へぇ……」
確かに、日本人形っぽい子と言えばあの二人だけだが。
「さぁ、どうぞ上がってください」
「ええ」
廊下の向こうから聞こえる二人の声。どうやら本当に殺生石さんのようだ。
そしてこちらへと近づいてくる二つの足音。そういえば、殺生石さんの顔を見るのはいつぶりだったっけなぁ。
「今お茶を用意してきますね。あ、マスター、お茶のおかわりはいりますか?」
先に廊下からこちらに姿を見せる漬物石。
それに続いて、あの豪勢な姿の殺生石さんが姿を現した。
「あぁ、俺はいいや。殺生石さん、久しぶり」
笑顔で挨拶をすると、殺生石さんも微笑みを浮かべて口を開く。
「お久しぶりです。あの子から色々お話は聞いていますが、お元気そうで何よりです」
一体どんな話をしてるんだか……苦笑を浮かべていたところで、今度は化石ちゃんが元気に一言。
「やっほーせっちんっ。こんにちはやー」
その一言で、場の空気は一瞬で凍り付いた。
焦りが思わず顔に出てしまった俺。おそらく同じ事を考えたであろう、
驚きの表情を見せる漬物石。そして何も分かっていないんだろうなという空気を漂わせる化石ちゃん。
いや、いくら何でもこれは知らないですまされるわけがない。
せっ……なんて呼んだら、絶対に殺生石さんは怒るに……。
「ふふ」
いつの間にか、威圧のオーラを漂わせながら化石の前に佇んでいた殺生石さん。
そこから発する空気の色は、明らかに殺意に満ちた黒色。知らなかっただろうし、
略称としては確かに言いそうになる呼び方だが、それでも怒りは抑えきれないという訳か……。
和やかな雰囲気など、一瞬のうちに吹き飛んだ。後は何事もないことを……。
「え、えと……どしたん?」
「あなた、今何と?」
「え? せ、せっち」
全てを言い終える前に、殺生石さんの手が化石ちゃんの口を止める。
「いけませんねぇ。人に対してそのような発言は……」
「も、もご?」
「分からないようですね。では、これからみっちりと言葉のお勉強をしましょうか。
妾が手取り足取り、身に染みるほどに……」
「せ、殺生石さんっ、とりあえず今は落ち着いて。ね?」
自分に対して襲いかかる危機にやっと気付いたのか、化石ちゃんの顔が青ざめる。
殺生石さんの顔は穏やかな笑顔だ。いや、穏やかすぎて逆に怖いぐらいだが。
ただ、きっと俺の呼びかけなんか全く耳に入っていないだろう。
頭の中では怒りが渦巻いているだろうから。
「うぅ……あ、化石ちゃんっ、さっきマスターさんが用事あるから、
急いで帰って来て欲しいって言ってましたよっ」
そこに、漬物石の苦しいフォローが入る。
だがそれを聞いて、殺生石さんは化石ちゃんから手を離す。
「あら、用事が出来てしまいましたか、残念ですねぇ。ふふふ」
「あ、あうぅ……」
「そ、そうですねっ。とりあえず、マスターさんにこの漬物を持っていってあげてください。さあっ」
どこから取り出したのか、漬物の入った壷を片手に持ちながら、化石の手を取る漬物石。
そんな二人の姿を、殺生石さんはただ笑顔で見送る。
「また後日」
殺生石さんの、あまりにも感情に乏しい冷たい一言。
春の陽気で暑いと感じていた俺の背中に、その言葉は妙な悪寒を走らせるのだった。
◆
「せっちんー? 確かトイレのことじゃなかったっけ。昔の言葉で」
「トイレ……マスタ、うちもう少し言葉の勉強せなあかん」
「はぁ?」
「トイレ……マスタ、うちもう少し言葉の勉強せなあかん」
「はぁ?」