宝石乙女まとめwiki ドッキリ乙女 中編
 鶏冠石姉様のお願いだから、仕方ないことだった。
 だけど、無理して姉様のドレスを着込んで、髪型を真似して。
「ゴールデンウィークねぇ……今更出かける気にもならないなぁ」
 そして、広いリビングで二人並んでテレビ鑑賞。しかも隣は、
よく知らない姉様のマスター。
 落ち着かない。落ち着かなすぎる。心臓なんてないのにドキドキしていると
言えばいいのか、この感覚は。
 マスターとは違う、これは単純に緊張しているって、自分でも分かる。
 少し離れてよう……拳一つ分ぐらい、間を空ける。
「どうかした?」
「べ、別に」
「別にって、虫の居所でも悪いのか? 不機嫌そうだけど」
「そんなこと、ない……ですわ?」
「首かしげられてもな。まぁ、あんまり無理するなよ」
 こちらの顔をしばらく見つめた後、またテレビの方へ顔を向ける姉様のマスター。
 実はばれてるなんて事は……ううん、絶対ない。そんなことない。
「そういえば、去年のゴールデンウィークはお前にめちゃくちゃ高いレストラン
連れて行かれたっけな。テレビでやってたから連れていけってさ」
 その言葉で、私の頭は思考停止してしまった。
 高いレストラン? そんなの覚えているはずないし、そもそもうちのマスターが
連れてってくれるはずがない。ケチだから。
 姉様ずるい……じゃなかった。とにかく返す言葉が浮かばない。一体どうすれば……。
「えっと、そこで何食ったっけ。確か俺の一ヶ月分の昼食代に匹敵するものすごいのが」
「そ、そんなの忘れましたわっ。大体、いきなりそんなこと言ってどういうつもり?」
 何とかいつもの姉様が言いそうなことを言ってみるけど。
「いや、そんなことがあったなぁってだけで……やっぱり、何か気に入らないことでもあったか?
俺が悪いなら謝るけど」
 どうやら、いつも通りの演技に失敗したみたいだ。あたしとしては、
「相変わらず鶏冠石は厳しいなぁーはっはっは」的展開を期待したのに。
 でも姉様の話聞いてたら、普段からこういうことしか言ってないイメージが。
「鶏冠石?」
「え? あ、いやその、あんた……っと、あなたが気にする事じゃないですわ」
「そうか。それならいいけど」
 どうも腑に落ちない、そんな顔を見せる姉様のマスター。
 大丈夫、まだばれてない。ばれてないばれてない……。

 夜も更け、いつも姉様が寝ているというベッドの上に腰を下ろす。
 普通宝石乙女は箱の仲で寝ると言うけど、そこはさすがと言うべきか。
 でも、枕が変わると眠れないというか、なんだか落ち着かない。この調子では、
徹夜してしまいそうだ。
 とは言っても、長い夜の時を過ごす暇つぶしの道具なんて持ってない。やはり、
無理して寝なければいけないか。
「起きてるか?」
 布団に潜り込もうとしたところで、ノックの音と共に姉様のマスターの声が聞こえる。
 あまり関わりたくはないんだけど……でも、嘘をつくのもどこか気が引けてしまう。
「ええ。一体どうしたの?」
 ドアの向こうへ返事を返す。
「少し、いいか?」
「……構わ、構いませんけど」
 戻りかけた口調に冷や汗を感じつつ、平常心を保つ。
 深呼吸をしたところで、姉様のマスターが部屋に入ってきた。
「悪いな、こんな時間に」
「本当、もう少し時間を考えなさい」
「そうする。だけど今日はちょっと、な。隣いいか?」
 構わないと言うと、ベッドから体を起こすあたしの隣に、姉様のマスターが座ってきた。
 というか、すごく近い。ギリギリ肩がくっつかない程度の距離しか空いていない。
「あのさ、やっぱり今日の様子がどうしても気になって……その、悩みがあるなら、話してくれ」
「な、なや……別にそんなもの」
「そういう風には見えないぞ」
 あたしの肩に、この人の手が優しく置かれる。
 それだけでも、思わず体をびくつかせてしまう。触れられていたんだから、
それは気付かれたに違いない。
「大丈夫か?」
「あ、当たり前でしょう」
「そうか……でもさ、俺達もう一緒に暮らし始めて結構長いんだから、
少しぐらい頼ってくれてもいいんだぞ?」
「……何を言い出すの?」
 横目で見つめる彼の顔。
 視線はまっすぐとあたしの顔に向けられ、その目は真剣そのもの。まるで、
愛の告白でも始まるんじゃないかという雰囲気だ。
 すでに、心の平常心は完全にバランスを失っていた。頭の中は状況整理が追いつかず、
今にも煙が上がってしまいそう。
「いや、まぁ……まだ2年ちょっとの付き合いだけどさ、俺はお前のこと家族だって思ってる。
だからあまりそういう顔されると……」
 照れくさそうに目をそらし、頬を指でかく。
 恥ずかしいのはこっちの方だ。大体あたしは姉様ではなく……。
「鶏冠石」
「は、はいっ」
 再び真剣な眼差しをこちらに向けられ、あたしは驚きで声がうわずってしまう。
「ホントに何もないのか? 今日のお前、なんだかお前らしくないし。
もしかして何か本当に悩みが」
「い、いえっ、そんなもの全然」
 近いっ! 顔近いっ!
「マスターの思い過ごしっ。別にあ……わたくし、
悩みなんて一つもありませんでしてよ?」
「そうか? でもお前」
「何でもありません」
「いやしかしな……」
「何でもなくてよ」
「だけど」
「何でもないって言ってるでしょっ!!」
 冷静さを失っていたあたしは、そのときの行動を理性で抑えることが出来なかった。
 気付いたときには左腕を振り上げ、姉様のマスターのあごに裏拳。
その後間髪入れずに、右手が彼の体を突き飛ばしていた。
 姉様のマスターは、悲鳴を上げる余裕もなくベッドから落ち、そのまま床に頭を打つ。
 ……あたしが冷静になったのは、すぐのことだった。
 目の前に広がるのは、最悪の光景。
「やば……」
 ケガはないか、生きてるか。それを確認するため、ベッドから降りて彼の傍らにしゃがみ込む。
 息はある、心臓も動いてる。気絶してるだけ。
 ……うん、問題なし。問題はないけど……。
 ずり落ちてきたカツラを、ベッドの上に置く。
 これはもう、この場にいること自体が危険といえる。
 ……こ、この人が悪いんだ。この人が顔を近づけてくるから。あんな恥ずかしいこと言ってくるから。
「し、知らないっ」
 もう、自分に素直になって行動するしかない。
 毛布を床で気絶する姉様のマスターにかける。これだけ柔らかい絨毯の上なら、
そのまま寝ても平気だろう。
 そしてあたしは、一目散にこの屋敷から逃げ出す。もうこんなところにいられるほど、
あたしの心に余裕はない。
 鶏冠石姉様には悪いけど……もう、ギブアップ!

          ◆

「……で、逃げ帰ってきたわけだな」
 家に帰って最初に見えたのは、どこか呆れた表情のマスターと、
あたしのドレスを着た鶏冠石姉様の、落胆した顔。
 姉様がいつばれたのか、それはどうでもいい。あたしは仕方なく、
事の次第をマスターに話した。
「まぁ、大体のことは鶏冠石ちゃんに聞いたから知ってる」
「逃げ出すなんて、約束と違うではありませんか」
「ね、姉様だって、何でばれてるのよぉ」
 さすがに今回ばかりは、逆らわずにはいられない。横目で姉様を睨むけど、
すぐにマスターの露骨なため息が聞こえ、二人並んで肩をすくめる。
「何やってんだか……で、一体何があって、こんなことしたんだよ?」
「え、それは姉様がうぶっ」
 マスターに話そうとしたところで、首に腕を巻き付けてきた姉様が、あたしの口をふさぐ。
「それを話すことは、姉に対する冒涜ですわよ? レッドベリル」
「鶏冠石ちゃん」
 息苦しくなってきたあたしを助けてくれたのは、珍しく怒った表情を見せるマスターだった。
 さすがの姉様も、自分に非があってはいつもの威勢は発揮できない。落胆した表情を浮かべ、
あたしを解放する。
「ぷはっ。姉様、マスターには全部はなさないとダメだよ」
「で、ですが……【レッドベリルのマスター】さん、後生ですからこの事には一切触れずにっ」
「触れずにって、そんなこと言われても」
「お願いします!」
 ……時代が動いた気がした。
 まさか、あの鶏冠石姉様が、あたしのマスター相手に頭を下げるなんて。
 これはマスターも予想していなかったみたいで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべている。
「あ、いや、そんな土下座なんて……あー、分かったよ。聞かないから頭上げてくれ。落ち着かないから」
「うぅ……後にも先にも、頭を下げるのはこれっきりですわ」
「そうだな、そう願うよ」
 その言葉を受け、顔を上げた姉様は心底安心したかのように、肩をなで下ろした。
 そんなに話すの嫌なんだ、あのこと。まぁ、あの姉様だから、仕方ないか。
「で、レッドベリル。お前は逃げ出してきたっていうけど、【鶏冠石のマスター】さんはどうしたんだよ?」
「え? あ、あぁーそれ。それはぁ、実はぁ……」
 まさか殴って気絶させたなんて、言えるはずがない。
 だけど、前と横から注がれる痛い視線を前に、あたしは再び逃げ出したいという衝動に駆られてしまう。
 うぅ……もう絶対、こんなこと請け負わないんだから!