宝石乙女まとめwiki

雪は時々積もるのがいい

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匿名ユーザー

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 雪はやっかいだ。
 交通マヒを引き起こし、つるつるの路面はどうしようもなく歩きにくい。
 電車に影響が出るのなんて、特にやっかいだ。出勤、帰宅、両方に使っているのだから。
 あんなに雪が降る北国がどうして上手くやっていけるのか、不思議に思えてしまう。
 そんな億劫な気持ちを抱えながら、日の落ちた帰路を歩く。
 踏みしめると、独特の音を立てる雪。吐き出す息は、相変わらず白い。
 ……とにかく寒い。こんな日は家でのんびり風呂にでも浸かりたいものだ。
 そんなことを思いながら、我が家の目と鼻の先にあるT字路を左に曲がる。
これで自宅は目の前……。
「うわっ……」
 思わず、そんな声を上げてしまう光景。
 自宅アパートの前が、雪兎や俺の腰ほどの大きさの雪だるまで満ちあふれていた。
 一体何なのだろう。どこかの部屋で、親戚の子供でも来たのか。
 それにしても、どれも良くできている。きっと器用な子供が作ったのだろう。
 そう思うと、踏みつぶしてしまうのは少し惜しい気がする。雪兎達の間を縫って、
自室のドアの前へ。
 何とか、どれも壊さずに辿り着くことが出来た。少し時間を取られてしまったが、
これでやっと暖かい部屋へ……。
「ただいまー。なぁ漬物石、外のアレは一体……」
 暖房から出る暖気が届かない、うちの狭い玄関。
 その一角に置かれた、雪兎が三つ。わずかに溶けているようにも見えるが、
その原型は整っている。
「あ、おかえりなさい。今日は早かったんですね」
「あぁ、そうなんだけど……これは?」
 玄関に置かれていた雪兎を指差す。
 それに目を向け、漬物石は相変わらずの穏やかな笑顔で……。
「上手くできてますか?」

 テーブルに向かい合って座る漬物石。
「つまり、ちびっ子達が来たから一緒に作っていたと」
「はい」
 あの雪製軍団は、全て漬物石達による物だった。
 確かに、綺麗な新雪が積もっているこの辺りなら、雪遊びにちょうどいいだろう。
「だからってアレは作りすぎだろ。大体うちの裏にもあんなに……」
「久しぶりの雪が懐かしくて、つい張り切ってしまって」
 そう言う漬物石の顔は、どこか童心に返った大人のような雰囲気を持っている。
「何だ、昔は北の方にいたのか?」
「はい。まだケイちゃんや瑪瑙ちゃんがいなかった頃ですけど。あの頃は
よくやっていたんですよ、雪遊び」
 一体それが何年前なのか。
 そんなこと、俺には見当も付かない。
 こんな小さな体で、子供みたいな顔をした漬物石。それでいてもう何年こうしているのかも
定かではない。
「それにしても、こちらでこんなに雪が積もるのは珍しいですよね」
「そうだなぁ。最近どうにも寒いし」
 実は温暖化は嘘なのではないかと思えるほどの寒さ。
 普段着ている上着では、最近心許ない日も多い。
「今着ている分では、やっぱり寒いですか?」
「ん、まぁな。そろそろ新しいの買った方がいいかも」
「そうですかぁ……じゃあ、まずはお風呂ですね」
 そう言って、立ち上がりながら口元を綻ばせる漬物石。
 俺の横まで来ると、床に放置したままだった俺の上着を手に取る。
「もう用意してありますから、いつでもどうぞ。あと、ちゃんと掛けておかないと
しわになっちゃいますよ」
 どこか子供っぽい笑顔を浮かべ、俺の横を通り過ぎていく漬物石。
 何だろう、何か俺はおかしな事でも言ったのか?
「……入るか」

 相変わらず、漬物石は家事の天才だと思う。
 ほどよい温度の風呂に、上がれば着替えをすでに準備済み。バスタオルだって、
毎日洗濯済みの綺麗な物を用意してくれる。
 俺にはもったいないほど良くできた子だ。そんなことを思いながらバスタオルを頭に
居間へ戻る。いつもならば、夕食がすでに用意してあることだろう。
 ……だが、今日テーブルの上に載せられていたのは、青色のリボンが結ばれた白い紙包み。
 雰囲気からすれば、誕生日プレゼントか何かだ。しかしそんなイベントはまだ先だし、
そもそもこれが俺宛の物かも分からない。
「それ、開けてみてください」
 そう言って台所から姿を現した、フリルエプロンを身に着けた漬物石。
 両手に今日のおかずが盛られた皿を持ち、相変わらず楽しそうに笑顔を浮かべている。
 ……それよりも、このテーブルに置かれた紙包みは俺宛の物だったらしい。
 もらえる物なら何でも嬉しい。が、一体何のプレゼントなのか。
 首をかしげながらも、リボンを外して包みを開く。
 すると出てきたのは……明るい灰色と紺色の糸で編まれたマフラー。
「本当はバレンタインデーの時に渡すつもりだったんですけど、マスターに風邪を引いて欲しくないので」
 ……あぁ、忘れてた。
 今週はバレンタインデーがあるじゃないか。
 そうか、てっきりチョコをもらえると思ったが、これは思いがけないプレゼントだ。
「これで少しは暖かくなればいいんですけど、どうでしょう?」
 折りたたまれていたマフラーを広げる俺を、笑顔で見上げる漬物石。
「そうだなぁ……むしろ暑くなりすぎて巻いてられなくなったり、なんてな」
 柄でもない冗談を言ってみるが、むしろ自分の方が恥ずかしくなってしまう。
 思わず漬物石から顔を逸らしてしまう俺に、漬物石の笑う声が聞こえる。
「それでしたら、長い間寒い中にいても平気ですよね」
「そ、そうだな……」
 照れくさくて見られない、漬物石の顔。
 だが、どんな表情かは大体分かる。とても楽しそうに笑っているのだろう。
 そして……。
「じゃあ、明日はマスターと雪だるま、作りたいなぁ……なんて」
 その言葉に思わず顔を向けてみると、上目遣いでこちらを見つめている漬物石の姿が……。

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