宝石乙女まとめwiki 冷え込みご注意
 毎度の事だけど、風邪を引いてしまった。
 季節の変わり目や、こうして急に寒くなるような時期。そんなときの風邪は、
僕にとって季節を感じる機会となってしまっていた。
 今年は……何だかよく分からないぐらいに寒いと思う。
「毎年恒例よねぇ、風邪引きさん」
 ベッドに眠る僕の横で、月長石が漫画を読みながらそんなことを呟く。
 電気ストーブで暖かくなった部屋はとても静かで、時が穏やかに流れているようだ。
 そんな中で、足を組みながら椅子に座るその姿。規則正しく揺れる尻尾は、
どこか眠気を誘っているようにも感じる。
 だけど、月長石本人はそれを許すような様子ではない。時折退屈そうに
あくびを漏らしては、こちらへ視線を向けてくる。
 ……今日、本当は今頃なら、他の子と一緒にお出かけしていたはずなのだ。
 だけど僕が風邪を引いたと気付くや、こうして付きっきりの看病を。何だか
申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「毎日暖かくしてたの? あんた電気代の節約とか言って、ストーブの温度設定低くしたりするし」
「僕としてはしていたつもりだけど……」
「ふーん」
 いかにも疑っている様子の月長石。
 漫画を机に置き、椅子をずらしてこちらへ体を向けてきた。
「あと空気の入れ換えで窓開けて、そのまま寝てましたーとか、そんなことは無いでしょうね?」
「そんなことしないよ。僕ってそんなにだらしなく見えるのかな……」
 月長石の口から、八重歯が覗く。
「秘密。それより調子はどう? 何か持ってきて欲しい物ないの?」
「大丈夫。でも何か飲み物は欲しいかも」
 さすがに、閉め切った部屋でストーブを付けていては、喉がすぐに渇いてしまう。
 周りに目をやっても、喉を潤せるような物はない。先ほどまで用意してあった水も、
飲み干してしまった。
「おっけー。水でいい?」
 そう言って、月長石が椅子から飛び上がる。
「うん。コップの場所とかは分かる?」
「知ってるわよ、それぐらい。家族がいないときに色々と物色したし」
「物色って……」
 いたずらっ子の様な月長石の笑顔に、苦笑がにじむ。
 そして、どこか楽しげな様子で、更に一言。
「そうそう、あんたの家族。今日はいつ頃帰ってくるの?」

 ベッドから体を起こし、月長石から受け取った水を喉へ流し込む。
 ほどよく冷えた水が熱くなった体を抜け、染み渡る。
「はふぅ……」
「変なため息」
 一息つく僕に、月長石が笑顔を向ける。
「そうそう、冷蔵庫漁ったら色々出てきたから、後でお昼作ってあげる」
「え、さすがにそこまでは……」
「いいのいいの。病人がいちいち遠慮なんてしない。それよりほら、飲んだら寝る」
 僕からコップを奪い、無理矢理ベッドに寝かされる。
 何というか、今までこういう事はあったけど、何だかいつもより月長石が過保護のような。
 退屈だからなのか、それとも別の思惑でもあるのか。決して嫌なことではないけれど、
なぜか勘ぐってしまう。
 ……それにしても、顔が近い。月長石の前髪が、僕の額をくすぐっている。
「あ、結構汗かいてるじゃない。着替えはどこ?」
「この部屋にあるけど……それより月長石、今日はどうしっ」
 互いの顔が近いまま、僕の口は月長石の指でふさがれてしまう。
 先ほどまで笑顔だった月長石が、顔にどこか色気のようなものが浮かべる。
 こんな顔をするのは、僕を恥ずかしがらせてからかうときだ。
いつも顔の赤い僕を見て、声を出して笑うんだ。
 今日だってきっとそう。そのはずだ。
「遠慮しなくていいって、何度も言わせないの」
 いつもの子供っぽい笑顔とは違う、穏やかな微笑み。
 本当、月長石は色々な顔を見せてくれる。子供っぽかったり、大人びていたり……。
「そうそう、風邪といえば誰かに移せば治るって言うじゃん」
 更に近づく、月長石の顔。
 互いの額がくっつき合う。
「早く風邪治したい? それなら……」
 分かっている。
 僕の顔が赤くなったのを確認したら、いつも通り子供っぽい笑顔を浮かべて、
何を照れているのかと笑うんだ。
 ……顔が、赤い。
 僕はすでに、風邪から来る熱で顔が赤いのに。
「あたしにさぁ……」
 声も出せず、ただ掛け布団を握る手に力がこもるだけ。
 動けない……寒気とは違う何かで、体が震える。
 どうせ、いつも通りなんちゃってって、そんな展開になるだけ。
 なるだけ……なる、よね?
「移してみる? 風邪……」
 まさしく、目と鼻の先にある月長石の顔。
 彼女の吐息が、鼻先をくすぐった……。
「……なーんてっ。宝石乙女は風邪引かないモンねー」
 ……ほら、ね。
 やっぱり、いつも通りからかっていただけだ。
 こうなることは分かっていたし、一気に離れてゆく月長石の顔が、
いつも通りのやんちゃな笑顔になるのだって、予想通りだ。
 大体、宝石乙女が風邪引かないなんて、初めて看病してくれたときにだって言っていたはず。
 なのにそれを忘れて、僕は……。
「ほらほらぁ、何顔赤くしちゃってるのよぉー。まったく純情なんだから」
「べ、別にそんな。赤いのは風邪で熱が出てるからでっ」
「はいはい。それじゃあ、熱が上がった風邪引きさんの為に、もう一杯水を用意してあげましょー」
 ベッドから降り、尻尾を揺らしながらドアへ。
「あまり簡単に熱上げてると、体持たないわよー」
 笑顔と共にそう言い残し、廊下へと姿を消す。
 ……簡単に、熱を上げる。
 全く持って、月長石の言うとおりだ。
「ふぅ」
 力を抜き、全身をベッドにゆだねる。
 ただでさえ、風邪で熱が上がりやすい僕の体。
 いくら病弱でも……赤面症ぐらいは、治さないとダメだなぁ。