『もぉ、こんなに酔っぱらって帰ってきて。ダメですよ、飲み過ぎは』
『そぉはいうけどなぁ、漬物石ぃ……』
『ダメです。もしも事故にあったりしたらどうするんですか?』
『うぃー……』
『そぉはいうけどなぁ、漬物石ぃ……』
『ダメです。もしも事故にあったりしたらどうするんですか?』
『うぃー……』
◆
「それでマスターったら、廊下で寝ちゃいそうになって……」
湯飲みをテーブルに置きながら、向かいに座る姉さんがため息混じりに微笑む。
困ったマスターと、小さな声で呟く姉さんは、それほど嫌そうな顔を浮かべていない。
「【黒曜石のマスター】さんはしっかりしてそうだから、そういうことはないでしょう?」
「うん。まぁ……ね」
確かにその通りだ。今まで僕にそんな経験はない。
いつも疲れ混じりの笑顔で、みんなにただいまと言って帰ってくるマスター。
とてもしっかりしていると思うし、何より頼りになる人だ。
だけど……。
「どうしたの?」
「え? いや、何でも」
「もしかして、【黒曜石のマスター】さんもそういうところがあるの?」
「いや、そうじゃないけど」
そうじゃない。
むしろ、そういうことがないというのが、気がかりだった。
本当はお酒が好きで、だけど僕たちのせいでそういうお店に行くお金もなくて、毎日のお昼ご飯も苦労してて。
どうしよう。そんな迷惑はかけたくない。マスターにはもっと自分のために色々と……。
「瑪瑙ちゃん。難しい顔してたら、せっかくの可愛いお顔が台無しだよ?」
「え、ちょっ、姉さんっ!」
湯飲みをテーブルに置きながら、向かいに座る姉さんがため息混じりに微笑む。
困ったマスターと、小さな声で呟く姉さんは、それほど嫌そうな顔を浮かべていない。
「【黒曜石のマスター】さんはしっかりしてそうだから、そういうことはないでしょう?」
「うん。まぁ……ね」
確かにその通りだ。今まで僕にそんな経験はない。
いつも疲れ混じりの笑顔で、みんなにただいまと言って帰ってくるマスター。
とてもしっかりしていると思うし、何より頼りになる人だ。
だけど……。
「どうしたの?」
「え? いや、何でも」
「もしかして、【黒曜石のマスター】さんもそういうところがあるの?」
「いや、そうじゃないけど」
そうじゃない。
むしろ、そういうことがないというのが、気がかりだった。
本当はお酒が好きで、だけど僕たちのせいでそういうお店に行くお金もなくて、毎日のお昼ご飯も苦労してて。
どうしよう。そんな迷惑はかけたくない。マスターにはもっと自分のために色々と……。
「瑪瑙ちゃん。難しい顔してたら、せっかくの可愛いお顔が台無しだよ?」
「え、ちょっ、姉さんっ!」
夕焼けも沈みかけた頃、僕は姉さん達の家を後にした。
……家に帰る時も、先ほどのことで頭がいっぱいになってしまう。
マスターの生活に無理を強いているのは、紛れもない事実。
僕も出来る限りのことはやっているけど……それでも、マスターの助けとなるにはまだ足りない気がする。
きっと、マスターにもやりたいことはたくさんあるはず。だとしたら、僕に出来ることは何だろう。
……ダメだ、考えすぎると余計分からなくなる。
「瑪瑙ー、前見て歩かないと危ないぞ?」
背後からの、突然の声。気配すら気付かないほど考え込んでいたらしい。
「えっ、え、ま、マスターっ!?」
「ただいま。今日は仕事早く片づいたからさ」
「そう、なんだ」
やっぱり、真っ直ぐ家に帰ってくるんだ。
早く帰れたんだったら、もっと自分のことに時間を使って欲しいのに。家に帰ってしまったら、みんなの相手で疲れてしまう。
「ほら、早く帰ろう。ここ最近は遅くなって、雲母の相手もまともに出来なかったから」
「あ、はい……」
歩き出すマスターの隣に付き添う。
見上げてみると、いつもより仕事が終わったためか、機嫌の良さそうなマスター。しかし、疲れが浮かんでいるのは隠せないようだ。
「どうかした?」
僕の視線に気付いたのか、こちらに目を向けてくれる。
でも、別に用事なんて無い。とっさに苦笑が顔に浮かぶ。
「いえ、何でもないですよ……ただ」
「ただ?」
どう話を振ればいいのか分からない。
「……ま、マスターは、お酒苦手なんですか?」
「え、お酒? お酒かぁ」
そうだ、もしかしたらマスターはお酒が苦手で。でも友達がお酒強い人ばかりでなかなか付き合えないとか……。
「苦手じゃないよ。むしろ、ちょっと好き……って、どうした? なんで暗くなるんだ?」
……家に帰る時も、先ほどのことで頭がいっぱいになってしまう。
マスターの生活に無理を強いているのは、紛れもない事実。
僕も出来る限りのことはやっているけど……それでも、マスターの助けとなるにはまだ足りない気がする。
きっと、マスターにもやりたいことはたくさんあるはず。だとしたら、僕に出来ることは何だろう。
……ダメだ、考えすぎると余計分からなくなる。
「瑪瑙ー、前見て歩かないと危ないぞ?」
背後からの、突然の声。気配すら気付かないほど考え込んでいたらしい。
「えっ、え、ま、マスターっ!?」
「ただいま。今日は仕事早く片づいたからさ」
「そう、なんだ」
やっぱり、真っ直ぐ家に帰ってくるんだ。
早く帰れたんだったら、もっと自分のことに時間を使って欲しいのに。家に帰ってしまったら、みんなの相手で疲れてしまう。
「ほら、早く帰ろう。ここ最近は遅くなって、雲母の相手もまともに出来なかったから」
「あ、はい……」
歩き出すマスターの隣に付き添う。
見上げてみると、いつもより仕事が終わったためか、機嫌の良さそうなマスター。しかし、疲れが浮かんでいるのは隠せないようだ。
「どうかした?」
僕の視線に気付いたのか、こちらに目を向けてくれる。
でも、別に用事なんて無い。とっさに苦笑が顔に浮かぶ。
「いえ、何でもないですよ……ただ」
「ただ?」
どう話を振ればいいのか分からない。
「……ま、マスターは、お酒苦手なんですか?」
「え、お酒? お酒かぁ」
そうだ、もしかしたらマスターはお酒が苦手で。でも友達がお酒強い人ばかりでなかなか付き合えないとか……。
「苦手じゃないよ。むしろ、ちょっと好き……って、どうした? なんで暗くなるんだ?」
「何だ、そんなことで悩んでたのかー」
「な、何だってそんな、僕は真剣にマスターのことをっ」
結局、素直に考えていたことを言うしかなかった。
なのに、それを聞いて何故かマスターは笑顔。僕の思っているようなことは、一切無いような、そんな笑顔。
……いや、実際そうなんだろう。
「ごめんごめん。でもな瑪瑙、そんなこと心配しなくていいから」
「で、でも……居候が4人もいたら、やっぱり家計が」
「その辺は、黒曜石や瑪瑙がしっかり管理してくれてるから大丈夫だって。まぁ、ちょっと小遣いは減ったけどな」
実際は、家の財布は黒曜石が握っているのだけど。僕はただの手伝いだ。
「それに、こうして家に帰るのだって」
立ち止まった僕から、数歩先に脚を進めるマスター。
そして、こちらを振り返ってくる。
夕日を背にして、影がかかるマスターの顔。
だけど、その笑顔はとても明るい。
「俺自身が、帰りたいって思ってるからだよ。大体家に帰るのに、自分に無理を強いていたらダメじゃないか?」
その言葉は、お世辞やその場しのぎの言葉じゃない。
それは、長い間マスターの顔を見ていたのだから、すぐ分かる。
……そっか。自分から望んで、みんなの元に帰ってきてくれるんだ。
「まぁ、黒曜石達にお酒の相手をさせる訳にもいかないけどね。そこはやっぱ、我慢しないと」
最後に、苦笑混じりに一言。
それなら、僕は僕なりに、マスターの日頃の苦労を労ってみよう。
「じゃあ」
ほんの少し、夕日が眩しい。
「僕が、お酒の相手になりますよ」
笑顔を浮かべているけれど、思わず目を細めてしまった。
……マスターの顔、ちょっと見えにくいな。
「な、何だってそんな、僕は真剣にマスターのことをっ」
結局、素直に考えていたことを言うしかなかった。
なのに、それを聞いて何故かマスターは笑顔。僕の思っているようなことは、一切無いような、そんな笑顔。
……いや、実際そうなんだろう。
「ごめんごめん。でもな瑪瑙、そんなこと心配しなくていいから」
「で、でも……居候が4人もいたら、やっぱり家計が」
「その辺は、黒曜石や瑪瑙がしっかり管理してくれてるから大丈夫だって。まぁ、ちょっと小遣いは減ったけどな」
実際は、家の財布は黒曜石が握っているのだけど。僕はただの手伝いだ。
「それに、こうして家に帰るのだって」
立ち止まった僕から、数歩先に脚を進めるマスター。
そして、こちらを振り返ってくる。
夕日を背にして、影がかかるマスターの顔。
だけど、その笑顔はとても明るい。
「俺自身が、帰りたいって思ってるからだよ。大体家に帰るのに、自分に無理を強いていたらダメじゃないか?」
その言葉は、お世辞やその場しのぎの言葉じゃない。
それは、長い間マスターの顔を見ていたのだから、すぐ分かる。
……そっか。自分から望んで、みんなの元に帰ってきてくれるんだ。
「まぁ、黒曜石達にお酒の相手をさせる訳にもいかないけどね。そこはやっぱ、我慢しないと」
最後に、苦笑混じりに一言。
それなら、僕は僕なりに、マスターの日頃の苦労を労ってみよう。
「じゃあ」
ほんの少し、夕日が眩しい。
「僕が、お酒の相手になりますよ」
笑顔を浮かべているけれど、思わず目を細めてしまった。
……マスターの顔、ちょっと見えにくいな。
◆
「瑪瑙ちゃん、今日はずいぶんとご機嫌だね」
「そ、そうかな? えへへ……」
「悩みは解決したみたいで、良かった。それでね、昨日もマスターが……」
「そ、そうかな? えへへ……」
「悩みは解決したみたいで、良かった。それでね、昨日もマスターが……」