「逃亡者」(2006/09/25 (月) 00:39:04) の最新版変更点
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僕は逃げていた、上半身裸で。ただ必死に、ただひたすらに。
理由は命の危機を感じたから。多分人生で初めてこんな恐怖を味わったと思う。
もちろん、今も追われている。そして追っ手の声が背後から……。
「マスター……あそぼ?」
「え? うん、いいよ」
全ての始まり……その日、ソーダちゃんに加え天河石ちゃんや雲母ちゃんと遊んでいた電気石が、突然僕を呼びつけた。
電気石は誰かと遊んでいるとき、僕を誘うような事は滅多にない。だからそのときは、珍しいこともあるんだなと思いながら快く了承したのだが……。
「連れてきた」
「パパー♪」
「お兄ちゃんきたー」
「……」
「なんかずいぶん歓迎されてるね。何やってたの?」
待ちかまえていた三人+荒巻の周りにあるのは特に関連性のない玩具の数々。そこから何をやっていたかは想像できない。
「……お医者さんごっこ?」
「うん、お医者さんー」
「いしゃー♪」
お医者さんごっこか。この年齢になるとどうしてもいけない方向に……じゃなくて!
「じゃあ僕は患者役?」
「……患者?」
「病気の人だよ。違うの?」
「……うん」
「手術だ」
うぅむ、やっぱり電気石のペースはよく分からない。そして雲母ちゃん、その危ない発言は勘弁してください。
「で、お医者さんは誰?」
「はーい。パパー、ここ座ってぇ」
「うん」
小さなお医者さん、ソーダちゃんの前に座る。しかし聴診器も何もない医者というのもまたすごいことだ。まぁごっこだけど。
「はい、およーふくぬいでー」
「分かりました」
言われた通りに、着ていたシャツを脱ぐ。周りから見たら誤解されそうで少し怖いのは秘密。
と、素肌をあらわにした僕の上半身を、ソーダちゃんが小さな手で触ってくる。少しこそばゆいが、温もりのある手だ。とりあえずじっとしてみる……ソーダちゃんの手はあちこちを触っているが、やがて一点……僕の胸の中程を入念に触ってくる。くすぐったいな……。
「あぁー!」
「え、どうしたの?」
何か悪い病気でも見つけたのかな。
「パパにガンがありましたー。えーと……にゅうがん?」
「え……僕男なんだけど」
「早くしゅじゅつしないと死んじゃいます。きんきゅーしゅじゅつですっ!」
「また忙しいね、それは……あだっ!」
天河石ちゃんと雲母ちゃんが二人がかりで僕を押し倒す。その勢いで後頭部に玩具が……いったぁ。
「お兄ちゃん、絶対助けてあげるからね」
「手術だ」
「あ、あはは……」
なんだ、この威圧感……雲母ちゃんはとにかく、天河石ちゃんは笑顔なのにすごく怖いんですけど。と、そこに何かを持ってくる電気石の姿が見える。
「って、除細動器!?」
電気石なだけに、か……って、冷静にしてられないよ!
「……心臓止まっても、大丈夫?」
「いやいやいや、それ明らかに本物っ、玩具じゃない! 首かしげない!!」
「手術だから必要」
「そ、そうだけど……って、天河石ちゃん、その手にあるのは……」
「メスだよ?」
……メスじゃない、それは蛋白石の包丁だ。しかも中華包丁の方。って、それやばい! 鋼鉄も真っ二つの代物じゃないの!?
「手術だから必要」
「え、いや、遊びでしょ? 何もそんなホントに危ない道具は……」
「わーい、おっきぃー」
「うわわわっ、ソーダちゃん危ない危ない!」
「患者さんは動いちゃだめですよー」
「い、いやだって、これあまり洒落になってない!」
「……おしゃれ?」
「ちがーう!」
これってあれかな、絶体絶命の危機? 逃げないとやばい? 押さえつけられてはいないけど……逃げられるのかな。
「麻酔は準備できなかった」
「でも急がないとお兄ちゃんの命が……」
「いや、急がない方が死にません」
「……決行?」
「しゅじゅつをはじめまーす♪」
小さな手で、あの巨大な包丁を振り上げるソーダちゃん。笑顔とは裏腹に、その手に先ほどまでのなごやかな空気は宿っていない。
……何でこの子達はこんなに楽しそうなのだろうか……あぁ、そうだ。これ、お医者さんごっこなんだ。
「って、納得できるかー!!」
振り下ろされる寸前で右側に寝返りを打って回避。そのまま立ち上がる。
「患者さんが動いちゃダメーっ」
「そんな事言ったって……って、包丁こっちに向けないでー!」
で、収集つく様子が見受けられなかったので、一目散に逃げてきたわけだが……。
「パパー、どこー?」
「おにいちゃーん?」
「……どこ行った」
「マスター?」
追っ手の声、天使のような悪魔の声。ソーダちゃんの手にはもちろん蛋白石の包丁。その場で手術する気なのかなぁ。
って、のんきに考えてる暇はない! 早くこの場から逃げないと……。
「あれぇ? 蛋白石のマスターじゃん。どうしたの、そんなカッコで?」
「うっ……や、やぁ、置石ちゃん」
なんでこう都合の悪いところにっ。この子に現状を把握されたら何をされるか……。
「……マスター?」
「ねぇ、電気石呼んでるけど……って、ちょっと何っ、手引っ張らないでよぉ!」
「話は後でするから、今は逃げるっ!」
先ほどよりも遠くへ逃げた僕、そして連れの置石ちゃん。多分ここまで逃げれば電気石たちも諦めてくれると思うが……。
「ねぇったら、そろそろ離してよぉ」
「え? あぁ、ごめんね……ふぅ」
「まったく、何があったか知らないけど、そんなカッコであたしを連れ回してたら変質者だよ? そっちの方が面白いけど」
「それもそうだね……あぁ……」
立ち止まって辺りを見渡してみると、そこは人気のない公園。このままじゃ本当に変質者扱いされそう……うぅ、せめてシャツでもいいから欲しいよ。
……って、あれ? 置石ちゃんが布きれを差し出してくるけど……シャツ?
「その格好じゃ風邪引くでしょ」
「え……でもどこから?」
「イタズラのために用意してたの。中に画鋲仕込もうと思ってたけど」
怖い言葉を聞いて少し気が引けたが、幸い仕込みは何もないようだ。というか珍しいな……。
「何よぉ、疑ってるの? それなら返せー」
「そ、そんなことないよ。ただ珍しいなって」
そっぽを向いてしまう置石ちゃん。ちょっと気に障っちゃったかな……こういう時は素直に感謝しないといけないのにな。とりあえず受け取ったシャツを着てみる。ちょっと大きめだが、悪くはない。
「とにかく、どんな理由があったか知らないけど、いきなり人の手……に、握らないでよね。ビックリしたんだから」
「え、うん、ごめん……あ、ありがとね。シャツ」
「別にいいわよ。ちゃんと洗って返してよねっ」
あー、完全に背中向けられちゃった。まぁ、あまり面識がないのにあんなことしちゃったからなぁ、嫌われて当然か……女心が分かってないって殺生石に怒られそうだ。
「その、ここから家、近いの?」
「別にぃ、関係ないでしょ」
「そうだけど……何も考えずに逃げてきたからさ、もし変なところに連れて来ちゃったら送っていこうかと……」
「……いいわよ、近いから」
「そ、そっか。それじゃあ……僕、帰るね」
「はいはい、さようなら」
気まずい……本音には勝てない。僕は早くこの場から逃げたいと思ってる。
「じゃあ……また今度、ね。シャツはちゃんと洗って返すから」
「当たり前でしょ。ちゃんと返してよね」
「うん……じゃあね」
……なんでこんなに緊張してんだろ、あたし。あの人の顔、真っ直ぐ見てられない。普段の調子も完全に狂っちゃってるし……蛋白石のマスターに握られた手……手、握られたんだ。
「置石」
「うひゃあぁ!? ……って、虎目石かぁ」
「驚くほど突然ではないと思う」
「突然でしょうがっ、いきなり真後ろに立ってるなんて」
ホント、どうしてこう気配消すのが上手いんだか。
「それより置石、顔赤い」
「へ? な、何よ突然……気のせいじゃないの?」
いきなりこの子は何を言い出すんだか。どうしてあたしが顔を赤くしなきゃいけない……って、そこであの男の顔を思い浮かべるなぁー!
「今度は頭を振ってる……挙動不審」
「う、うるさいっ」
ったく、どうしてこう都合の悪いところに……あぁもぉ!
「ほら、帰って晩ご飯!」
「カルシウム不足? 今日は秋刀魚にしよう」
「うっさい! 秋刀魚でも松茸でもいいからとっとと帰る!」
「松茸は高い」
「うるさーいっ!」
「さっきのは冗談だ」
「本当にやったら死んじゃうよねー」
「ちょっ、冗談で済まさないでよ!」
「いーんだよーっ」
「ぐりーんだよー」
「よくなーい!!」
酷いや、みんな……でも、冷静に考えればこの子たちが本気でそんなことするはずないか。はぁ……僕ってダメだなぁ。
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