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忘れるな」(2006/10/05 (木) 21:17:58) の最新版変更点

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  ドンと下腹部に衝撃が走った。 「パパぁ……パパぁぁ……」 「どうしたんだい? ソーダ? 何かあったのかい?」   ソーダだ。彼女は泣いていた。 「……んぐっ……あのね……ソーダね、パパのオヨメサンになりたいの」 「うん……それで? 何が悲しいんだい?」 「……アメジストさんがね……それはムリだって……オヨメサンにはなれないって……」 「……」 「……パパ……そんなことないよね? ……パパ?」   ボクの口から言葉は出ることもなく、手は彼女の頭をなでるだけだった。 「マスター? こんな時間にお出かけですか?」 「あぁ」 「……お気をつけて……」 「黒曜石、ソーダを頼むよ」   そう言い残して、ボクは家を出た。   屋敷からしばらく歩いたところにある湖畔。三日月が揺らめく水面のかたわらに、ボクは彼女を見つけた。 「やぁ、奇遇だね。君も夜の散歩かい?」 「アメジスト、なんでソーダにあんなことを言った」   開口一番にずばりと言った。彼女はひたりとこちら見た。 「事実だからさ」 「なぜ今言う必要がある!!!!」   言葉が荒れる。こめかみが熱くなる。 「じゃあ、君はいつ言うんだい? 彼女がいつになったら理解できると?」 「っ……そんなこと……あなたの知ったことじゃない」 「確かに知ったことではないね……ただ癪に障ったのさ、いつか結ばれると信じている可哀相な子供心がね……」 「癪に? 障った……だと? ふざけるな!!!!」 「ふざけてはいないさ、大体ふざけているのは君のほうだろう?」 「な……に?」 「私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない、それをごまかし続けている君のほうがよっぽどふざけているよ……」 「そんなこと……ソーダはまだ子供だ! いつか結ばれると信じていてもいいじゃないか!!」 「……その言葉、黒曜石にかけてごらんよ」 「!!」 『マスター? こんな時間にお出かけですか?』 『……お気をつけて……』   息が止まる。まぶたの裏に黒曜石の心配そうな顔が浮かんだ。 「……私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない」   アメジストがとつとつと語る。 「“私たち”はいくつもある輝石のほんの一部。この世にはもっとたくさんのアメジストがあるし、それにはそれぞれ……マスターもいるだろう」   なんの話だ? 「マスターは宝石をキレイだと思うことがあっても、愛することはない。愛でて愛してくれているようでも、現実では妻子があったり、大切な人がいるものさ」   ? ボクの脳が思考を停止したままのせいか、さっぱり理解できない。 「幾千ものマスターがいても“私たち”は結局孤独なのさ」 「そ……そんなことはない……」   やっとしぼり出した声は、今にも消えてしまいそうだった。そんなボクをアメジストは寂しそうに見つめる。 「……忘れるな」 「え?」 「“私たち”は紡がれ語られるもの……マスターに忘れられたとき、それが私たちの“死”さ」 「なにを……誰が忘れるか!」 「ふふ……人は忘れる生き物だからね……マスターでなくとも、今の君のように覚えている人間がいるから、私はここにいる」   本当にさっぱりわからない。何が言いたいんだ、アメジストは。 「忘れるな、ということさ」   ボクの考えを見抜いたかのように彼女は言う。 「忘れるな。優しければいいというわけじゃない……黒曜石やおちびちゃんを大事に思うなら、絶対に彼女たちを忘れないことだ」 「……」   もう反論できなかった。わけが分からないし、大体忘れるとなどあるわけがないのに……言い返すことができなかった。 「おかえりなさい」   部屋に戻ると黒曜石がソーダをあやしていた。黒曜石の腕の中でソーダは静かな寝息をたてている。 「……あ……ぁぁ……ただいま」 「今、眠ったところです……」   黒曜石は何も聞かない、おそらくボクの表情から大体察しているのだろう。 「それじゃあ、私はソーダちゃんをベットまで連れて行きますので」   ドアノブに手をかけるところで呼び止めた。 「……ボクは、君たちのことを絶対忘れない」   黒曜石は一瞬きょとんとしたあと、すぐに微笑んだ。 「ありがとうございます。嬉しいです、マスター。それじゃあ、おやすみなさい」   パタンとドアが閉まる。黒曜石の温かみも同時に部屋から出て行った気がした。 『……人は忘れる生き物だからね……』 「ボクは!! 忘れるものか!!」   奥歯を強く食いしばり、そうつぶやいた。 「ずいぶんイジメたもんだね」   がさりと木の枝が揺れ、そこから見慣れた猫耳が飛び出した。 「いつからそこにいた?」 「最初っから。アメジストのあるところにムーンストーンありよん♪」 「……そうか」 「それにしてもイジメ過ぎじゃない? ボクちゃん涙目だったよ? わけ分かんないようだったし……」 「ただの事実さ。それこそ、いつかは分かることでもないしな」 「ふーん……でもさー、ソーダちゃんはちょっと可哀相じゃない? ホント」 「……子供はキライだからね」 「誰かさんにそっくりだったとか?」 「……」   ギロリ。 「あー!! ごめんごめん!! 悪かった、私が悪かった!!」   湖畔に輝く月がゆれる。月と星の煌めく夜空の下、今日も宝石が輝く。
  ドンと下腹部に衝撃が走った。 「パパぁ……パパぁぁ……」 「どうしたんだい? ソーダ? 何かあったのかい?」   ソーダだ。彼女は泣いていた。 「……んぐっ……あのね……ソーダね、パパのオヨメサンになりたいの」 「うん……それで? 何が悲しいんだい?」 「……アメジストさんがね……それはムリだって……オヨメサンにはなれないって……」 「……」 「……パパ……そんなことないよね? ……パパ?」   ボクの口から言葉は出ることもなく、手は彼女の頭をなでるだけだった。 「マスター? こんな時間にお出かけですか?」 「あぁ」 「……お気をつけて……」 「黒曜石、ソーダを頼むよ」   そう言い残して、ボクは家を出た。   屋敷からしばらく歩いたところにある湖畔。三日月が揺らめく水面のかたわらに、ボクは彼女を見つけた。 「やぁ、奇遇だね。君も夜の散歩かい?」 「アメジスト、なんでソーダにあんなことを言った」   開口一番にずばりと言った。彼女はひたりとこちら見た。 「事実だからさ」 「なぜ今言う必要がある!!!!」   言葉が荒れる。こめかみが熱くなる。 「じゃあ、君はいつ言うんだい? 彼女がいつになったら理解できると?」 「っ……そんなこと……あなたの知ったことじゃない」 「確かに知ったことではないね……ただ癪に障ったのさ、いつか結ばれると信じている可哀相な子供心がね……」 「癪に? 障った……だと? ふざけるな!!!!」 「ふざけてはいないさ、大体ふざけているのは君のほうだろう?」 「な……に?」 「私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない、それを誤魔化し続けている君のほうがよっぽどふざけているよ……」 「そんなこと……ソーダはまだ子供だ! いつか結ばれると信じていてもいいじゃないか!!」 「……その言葉、黒曜石にかけてごらんよ」 「!!」 『マスター? こんな時間にお出かけですか?』 『……お気をつけて……』   息が止まる。まぶたの裏に黒曜石の心配そうな顔が浮かんだ。 「……私たちがマスターと結ばれることなど絶対ない」   アメジストがとつとつと語る。 「“私たち”はいくつもある輝石のほんの一部。この世にはもっとたくさんのアメジストがあるし、それにはそれぞれ……マスターもいるだろう」   なんの話だ? 「マスターは宝石をキレイだと思うことがあっても、愛することはない。愛でて愛してくれているようでも、現実では妻子があったり、大切な人がいるものさ」   ? ボクの脳が思考を停止したままのせいか、さっぱり理解できない。 「幾千ものマスターがいても“私たち”は結局孤独なのさ」 「そ……そんなことはない……」   やっとしぼり出した声は、今にも消えてしまいそうだった。そんなボクをアメジストは寂しそうに見つめる。 「……忘れるな」 「え?」 「“私たち”は紡がれ語られるもの……マスターに忘れられたとき、それが私たちの“死”さ」 「なにを……誰が忘れるか!」 「ふふ……人は忘れる生き物だからね……マスターでなくとも、今の君のように覚えている人間がいるから、私はここにいる」   本当にさっぱりわからない。何が言いたいんだ、アメジストは。 「忘れるな、ということさ」   ボクの考えを見抜いたかのように彼女は言う。 「忘れるな。優しければいいというわけじゃない……黒曜石やおチビちゃんを大事に思うなら、絶対に彼女たちを忘れないことだ」 「……」   もう反論できなかった。ワケが分からないし、大体忘れることなどあるわけがないのに……言い返すことができなかった。 「おかえりなさい」   部屋に戻ると黒曜石がソーダをあやしていた。黒曜石の腕の中でソーダは静かな寝息をたてている。 「……あ……ぁぁ……ただいま」 「今、眠ったところです……」   黒曜石は何も聞かない、おそらくボクの表情から大体察しているのだろう。 「それじゃあ、私はソーダちゃんをベットまで連れて行きますので」   ドアノブに手をかけるところで呼び止めた。 「……ボクは、君たちのことを絶対忘れない」   黒曜石は一瞬きょとんとしたあと、すぐに微笑んだ。 「ありがとうございます。嬉しいです、マスター。それじゃあ、おやすみなさい」   パタンとドアが閉まる。黒曜石の温かみも同時に部屋から出て行った気がした。 『……人は忘れる生き物だからね……』 「ボクは!! 忘れるものか!!」   奥歯を強く食いしばり、そうつぶやいた。 「ずいぶんイジメたもんだね」   がさりと木の枝が揺れ、そこから見慣れた猫耳が飛び出した。 「いつからそこにいた?」 「最初っから。アメジストのあるところにムーンストーンありよん♪」 「……そうか」 「それにしてもイジメ過ぎじゃない? ボクちゃん涙目だったよ? わけ分かんないようだったし……」 「ただの事実さ。それこそ、いつかは分かることでもないしな」 「ふーん……でもさー、ソーダちゃんはちょっと可哀相じゃない? ホント」 「……子供はキライだからね」 「誰かさんにそっくりだったとか?」 「……」   ギロリ。 「あー!! ごめんごめん!! 悪かった、私が悪かった!!」   湖畔に輝く月がゆれる。月と星の煌めく夜空の下、今日も宝石が輝く。

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