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償い」(2006/09/12 (火) 10:08:44) の最新版変更点

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 目が覚めたら首を寝違えていた。朝食にはベーコンが食べたかったのに、ハムだった。久しぶりのネクタイに四苦八苦して、ようやく身仕度が整ったと思ったら、面会相手からキャンセルの連絡が入った。  昨夜からの鬱陶しい雨が止まないその日、要するに、私はいらいらしていた。 「あはははは、待て待て~!!」 「きゃ~~~~~!!」 「……」  外で遊べないため、小さい子たち(ドールだが)は家の中で大はしゃぎしている――いや、雲母はいつも通り静かにお絵描きしているが。問題なのは、その現場が私の書斎だということだ。 「天河石、ソーダ!! お家の中では静かにしなさいと言っただろう! それに書斎で遊んじゃダメだ! 雲母も、お絵描きするなら居間に行きなさい!」  普段なら、少々のわがままやルール違反は笑って許しただろう。しかしその日の私にそんな余裕はなかった。私の剣幕に押され、3人は沈黙していっせいにこちらを見つめた。 「……分かった。天河石、ソーダ、行こう」 「はぁい。ますたー、ごめんなさーい」  雲母と天河石は素直に言うことをきいた。私のいらだちを感じ取ったのかもしれない。だが、ソーダだけは違った。 「やだー。ここで遊ぶもん」 「ソーダ、わがままを言うな。さあ、出て行きなさい」 「やだやだ、やーだー!!」  小さな身体を抱え上げてドアの方へ歩き出すと、ソーダは抵抗して暴れ回った。その手が、私のベストの胸ポケットに入っていた懐中時計に引っかかった。 「あっ!」  カシャン。床に落ちる音は小さかったが、繊細な時計が壊れるにはそれで充分だった。身を固くするソーダを下ろし、時計を確かめる。ガラス面が割れていた。長針は……交換するしかなさそうだ。 「……あの、ごめんなさ――」 「出て行け」  自分でも驚くほど低い声が出た。ソーダだけでなく、天河石と雲母もびくっとして身を縮めている。だがもう止まらなかった。 「これがどれだけ大事なものか、分かってるのか!? 死んだ親父が大切にしていた形見だったんだぞ!! 言うことをきかないドールなら必要ない! 出て行け!!」 「……グスッ……わーーーーーーーーーーん!!!!!」 「ソーダちゃん、泣かないでよぉ……わーーーーーん!!!」 「……」  ソーダは火がついたように泣き出し、天河石もそれにつられた。雲母は泣きこそしないものの、抱いた荒巻にぎゅーっと顔を押しつけている。  騒ぎを聞きつけた黒曜石に三人を任せ、扉を閉じると書斎に耐え難い静寂が訪れた。 「はあ……」  何度目になるか分からないため息をつき、私は書類整理の振りを諦め、ソファに横になった。頭が冷えるにつれ、どっと自己嫌悪が押し寄せる。 「来たばかりだからな……不安に決まってるよなあ」  ソーダ。ソーダ珪灰石。つい先日、ちょっとした都合で新しく契約することになったドールだ。すぐになじみ、黒曜石の手を焼かせるほどおてんばな一面を見せていたから安心していたんだが。 「どれだけ他の子と仲良くなったところで、私が近くにいてやらなきゃしかたないじゃないか……くそっ!」  ずぶずぶと自省の海に沈んでいると、扉をノックする音が響いた。 「マスター、入りますね」 「黒曜石か……悪いが、今は誰とも会いたくない――」  返事も待たずに扉が開かれると、そこには黒曜石と、彼女に背を押されてもじもじしているソーダの姿があった。慌ててソファから身を起こす。 「ソーダ……」 「マスター、ソーダちゃんから渡したいものがあるんですって。ほら、ソーダちゃん、頑張って」  黒曜石はソーダを促すと、さっさと書斎を出て行ってしまった。おずおずと進み出るソーダ。なんと声をかけていいものか……正直言って、気まずい。迷っていると、先にソーダが口を開いた。 「……さっきはごめんなさい……これ、壊れちゃった時計の代わりに……みんなで作った……」  ソーダが差しだしたのは、段ボールで作った懐中時計だった。毛糸の掛け紐に、画用紙の針。クレヨンで描かれた数字は、いくつかが鏡文字になってしまっている。 「……ありがとう、ソーダ。こんな素敵な時計は見たことがないよ。ずっと大事にする。さっきはごめんな、酷いことを言ってしまって……ソーダは私の大事な娘だよ」 「……ごめん……なさい……ヒック……わーーーーん!! マスター、ごめんなさい、ごめんなさい!」 「もういいんだよ。もういいんだ……」  泣き出したソーダをやさしく抱きしめながら、私は半開きになった扉の方に声をかけた。 「お前たちもおいで。もう怒ってないから。さっきはびっくりさせてごめんな」  手招きすると、扉の影から顔を半分だけ出してのぞき込んでいた天河石と雲母がぱたぱたと駆け寄ってきた。 「えへへ、ますたー大好き!」 「……マスター」  ぎゅっとしがみついてくる二人の頭を、空いた方の手で交互に撫でてやる。気づくのはずっと後になるが、この日こそ、ソーダが私のことを“マスター”と呼んでくれた初めての日だった。 「マスター、そろそろお夕飯の時間ですけど……あら」  私が書斎に伺うと、マスターはソファでぐっすり寝ていました。お腹の上にはソーダちゃん、天河石ちゃん、雲母ちゃんが乗っかって眠っています。 「ふふふ、風邪引いちゃいますよ、マスター」  マスターと言うより、保父さん? ううん、お父さんかな? なんて思いながら、私はマスターたちに毛布を掛けてあげて、静かに書斎を出ました。
  目が覚めたら首を寝違えていた。朝食にはベーコンが食べたかったのに、ハムだった。久しぶりのネクタイに四苦八苦して、ようやく身仕度が整ったと思ったら、面会相手からキャンセルの連絡が入った。   昨夜からの鬱陶しい雨が止まないその日、要するに、私はいらいらしていた。 「あはははは、待て待て~!!」 「きゃ~~~~~!!」 「……」   外で遊べないため、小さい子たち(ドールだが)は家の中で大はしゃぎしている――いや、雲母はいつも通り静かにお絵描きしているが。問題なのは、その現場が私の書斎だということだ。 「天河石、ソーダ!! お家の中では静かにしなさいと言っただろう! それに書斎で遊んじゃダメだ! 雲母も、お絵描きするなら居間に行きなさい!」   普段なら、少々のわがままやルール違反は笑って許しただろう。しかしその日の私にそんな余裕はなかった。私の剣幕に押され、3人は沈黙していっせいにこちらを見つめた。 「……分かった。天河石、ソーダ、行こう」 「はぁい。ますたー、ごめんなさーい」   雲母と天河石は素直に言うことをきいた。私のいらだちを感じ取ったのかもしれない。だが、ソーダだけは違った。 「やだー。ここで遊ぶもん」 「ソーダ、わがままを言うな。さあ、出て行きなさい」 「やだやだ、やーだー!!」   小さな身体を抱え上げてドアの方へ歩き出すと、ソーダは抵抗して暴れ回った。その手が、私のベストの胸ポケットに入っていた懐中時計に引っかかった。 「あっ!」   カシャン。床に落ちる音は小さかったが、繊細な時計が壊れるにはそれで充分だった。身を固くするソーダを下ろし、時計を確かめる。ガラス面が割れていた。長針は……交換するしかなさそうだ。 「……あの、ごめんなさ――」 「出て行け」   自分でも驚くほど低い声が出た。ソーダだけでなく、天河石と雲母もびくっとして身を縮めている。だがもう止まらなかった。 「これがどれだけ大事なものか、分かってるのか!? 死んだ親父が大切にしていた形見だったんだぞ!! 言うことをきかないドールなら必要ない! 出て行け!!」 「……グスッ……わーーーーーーーーーーん!!!!!」 「ソーダちゃん、泣かないでよぉ……わーーーーーん!!!」 「……」   ソーダは火がついたように泣き出し、天河石もそれにつられた。雲母は泣きこそしないものの、抱いた荒巻にぎゅーっと顔を押しつけている。   騒ぎを聞きつけた黒曜石に三人を任せ、扉を閉じると書斎に耐え難い静寂が訪れた。 「はあ……」   何度目になるか分からないため息をつき、私は書類整理の振りを諦め、ソファに横になった。頭が冷えるにつれ、どっと自己嫌悪が押し寄せる。 「来たばかりだからな……不安に決まってるよなあ」   ソーダ。ソーダ珪灰石。つい先日、ちょっとした都合で新しく契約することになったドールだ。すぐになじみ、黒曜石の手を焼かせるほどおてんばな一面を見せていたから安心していたんだが。 「どれだけ他の子と仲良くなったところで、私が近くにいてやらなきゃしかたないじゃないか……くそっ!」   ずぶずぶと自省の海に沈んでいると、扉をノックする音が響いた。 「マスター、入りますね」 「黒曜石か……悪いが、今は誰とも会いたくない――」   返事も待たずに扉が開かれると、そこには黒曜石と、彼女に背を押されてもじもじしているソーダの姿があった。慌ててソファから身を起こす。 「ソーダ……」 「マスター、ソーダちゃんから渡したいものがあるんですって。ほら、ソーダちゃん、頑張って」   黒曜石はソーダを促すと、さっさと書斎を出て行ってしまった。おずおずと進み出るソーダ。なんと声をかけていいものか……正直言って、気まずい。迷っていると、先にソーダが口を開いた。 「……さっきはごめんなさい……これ、壊れちゃった時計の代わりに……みんなで作った……」   ソーダが差しだしたのは、段ボールで作った懐中時計だった。毛糸の掛け紐に、画用紙の針。クレヨンで描かれた数字は、いくつかが鏡文字になってしまっている。 「……ありがとう、ソーダ。こんな素敵な時計は見たことがないよ。ずっと大事にする。さっきはごめんな、酷いことを言ってしまって……ソーダは私の大事な娘だよ」 「……ごめん……なさい……ヒック……わーーーーん!! マスター、ごめんなさい、ごめんなさい!」 「もういいんだよ。もういいんだ……」   泣き出したソーダをやさしく抱きしめながら、私は半開きになった扉の方に声をかけた。 「お前たちもおいで。もう怒ってないから。さっきはびっくりさせてごめんな」   手招きすると、扉の影から顔を半分だけ出してのぞき込んでいた天河石と雲母がぱたぱたと駆け寄ってきた。 「えへへ、ますたー大好き!」 「……マスター」   ぎゅっとしがみついてくる二人の頭を、空いた方の手で交互に撫でてやる。気づくのはずっと後になるが、この日こそ、ソーダが私のことを“マスター”と呼んでくれた初めての日だった。 「マスター、そろそろお夕飯の時間ですけど……あら」   私が書斎に伺うと、マスターはソファでぐっすり寝ていました。お腹の上にはソーダちゃん、天河石ちゃん、雲母ちゃんが乗っかって眠っています。 「ふふふ、風邪引いちゃいますよ、マスター」   マスターと言うより、保父さん? ううん、お父さんかな? なんて思いながら、私はマスターたちに毛布を掛けてあげて、静かに書斎を出ました。

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