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ドッキリ乙女 前編」(2008/07/26 (土) 23:15:41) の最新版変更点

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 おかしい。  いつも通りの夕食の光景なのに、何かがおかしい。  献立はたまにはレッドベリルの好物ということでオムライスを用意してやったのに、 当のレッドベリルはそれをただじっと見つめるだけ。  しかも正座だ。正座なんて客が来たときぐらいにしか見せないはずなのに、 今日は背筋を伸ばしてずいぶんと行儀がよい。 「なかなかお上手……んっ、上手に出来て……る、わね。このオムライス」  そしてこのぎこちない喋り方。そもそもこいつが俺の料理をこんな素直に褒めるとは、 正直想像していなかった。  もしかして俺が見ていないうちに悪い物でも食べたのか。置石の作った毒入り料理とか。 「ん、どうかしま……したの?」 「え? あぁいや、悪いな。とりあえず食べるか」  ダメだ、どうもいつもの調子で喋ることが出来ない。  妙な緊張感に苛まれ、スプーンを持つ手が震える。  それはなぜかレッドベリルも同様で、なぜか額には冷や汗のような物が見える。 「なぁ」  俺が声をかけると、レッドベリルは肩をびくつかせて、オムライスから俺の方へ顔を向けてくる。 「な、何でしょう?」 「いや、大したことじゃないんだ。で、どこか調子悪いのか? 食欲がないとか」 「え? い、いえ、そんなことは……ないわよ?」  俺の一言を受け、なぜか視線を泳がせるレッドベリル。  これはもしかして……。 「無理しなくていいんだぞ? もしかして何か嫌いな物でも入ってたか?」  こんなにうろたえるほど嫌いな物があるとしたら、さすがに無理に食べさせるのはかわいそうだ。  たまには、何とかしてやるのも悪くない。というかこの状況では、むしろレッドベリルに 無理強いをさせるのは俺の精神衛生上にも悪い。 「そそ、そんなものあるわけない、じゃない」 「そうか? でもなんだか様子がな」 「き、気のせいです……気のせいよっ。大体あなた、いつもより優しく、ないかしら?」  と、今度は今まで見たこともない睨みを利かせてくるレッドベリルの視線。 こんな威圧感を受けたことなど、一度もないぞ。 「何か疚しいことでも隠しているのかしら? だとしたら宝石乙女のマスターとして、許すまじ行為」 「いやいや、そんなことないって」 「お黙りなさいっ。そうやって言い訳をする殿……男は、大体何かを隠している」  スプーンを皿に置き、立ち上がったと思えばこちらに詰め寄ってくる。  怖い……正直、レッドベリルを前にして背中が冷える感覚を覚えるなど、思ってもいなかった。  ……いやいや、ちょっと待て。いくらなんでもこれは様子が変という次元の話なのか? 「あなたのことだから女性関係はないとして……無駄遣いか、それとも私に話せないような…… 下着でも盗んだのかしら?」 「何でそこで変態扱いなんだよっ。というかお前、今私って」  レッドベリルは、私ではなくあたしと言うはず。  そして、俺の一言で目の前のレッドベリルは驚きを顔に浮かべ、俺に背を向ける。 「た……たまにはいいじゃない! 大体、余計なことを言ってあなた、話をそらそうと」 「それはお前だろっ! 大体なんか変だぞお前。いつもならマスターマスター言ってるくせに」 「っ! そ、それは……」  顔が見えなくても、うろたえているのが一発で分かるレッドベリルの挙動。  いや、おそらくこいつはレッドベリルじゃない。おそらくは……。 「お前、もしかして月長石か何かの変装か? 薬でも使って変身とか」 「ち、違いますわっ!」  振り返り、声を張り上げるレッドベリルの姿をした誰か。  だがその声は、個人を特定するのに事足りるものだ。  そしてそれは、目の前の彼女も気付いたらしい。しまったと言わんばかりに目を見開き、 振り上げた腕を力なく落とす。 「……鶏冠石ちゃん、だろ?」  目の前のレッドベリルが、俺の言葉に首を縦に振ったのは、それからすぐのことだった。  上手く変装したものだと、感心せざるを得なかった。  カツラを外したその姿は、間違いなくレッドベリルのドレスを着た鶏冠石ちゃんだ。  だが、この二人はあまりにも口調が違う。生真面目な彼女に、 レッドベリルの真似など苦痛以外の何者でもないはずだ。 「で、何でわざわざ入れ替わりなんてしたんだ?」  テーブルの向かいに座る彼女は、うなだれたまま深いため息をつく。 「……仕方なかったのですわ。わたくしだって、弱みを握られては……」 「弱み? レッドベリルにか?」 「違いますわ。あの子はそんなことをするような乙女ではありません」  それを聞いて、少し安心した。  こんないたずらを企てたのがあいつだとしたら、さすがの俺もきつく叱らなければならなかったところだ。  とりあえずその必要はほぼないだろう。しかし真相を知る権利は、俺にもあるはずだ。 「で、何を握られたんだ?」 「っ。あなた、乙女の秘密を容易く聞くものじゃありません!」 「だけどドッキリやられたのは俺だぞ。ホントのところ知りたくなるのが常だろう」 「それでも紳士として、乙女の秘密に踏み入るのは厳禁ですわっ」  手元にあったスプーンを手に取り、テーブルから身を乗り出して俺に突きつけてくる鶏冠石ちゃん。  その気迫は相当な物で、先ほどと同じく背中を嫌な寒気が駆け抜けていく。  だがそれよりも、怒りの形相のはずのその目には、なぜか涙が溜まっているようにも見えた。 「い、いいですか、今回のことは門外不出、墓の下まで持って行きなさい。返事は!?」 「はい」 「よろしい。では早く夕食にしましょう。冷めてしまってはもったいないですわ」  そう言うと、呆然とする俺をよそに、再び行儀良く座り、スプーンでオムライスを一口。 「ん、さすが本職の料理ですね。これからさらなる鍛錬を積めば、個人経営の店も持てますわね」 「あ、あぁ……ありがと」 「どういたしまして」  先ほどの形相はどこへやら。すっかりお嬢様モードに戻ってしまった鶏冠石ちゃん。  だがその様子は、先ほどの質問は絶対に答えないという威圧感にも取れてしまう。  ――これ以上刺激しても仕方がない。  そう思い、彼女に後れて自分もオムライスを一口。  ……うん、今日のはなかなか上手くできている。調理中感じていたほどよい緊張が、功を奏したのだろうか。

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