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天河石は海外旅行がしたいそうです」(2008/07/26 (土) 23:12:50) の最新版変更点

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「マスタぁーっ、しんこんりょこうはハワイだよぉー」  世界地図を持ってやって来た天の一声。  それはあまりにも唐突すぎて、俺の頭は一瞬何を言うべきかを迷ってしまう。 「あー、えっと、うん。何だ、天は結婚でもするのか?」 「ううん。でもね、しんこんりょこうはハワイだって、テレビでやってたよ」  そいつはまたずいぶんと時代遅れのような気も。まぁ、行く場所なんて人それぞれか。 「で、そのハワイがどうしたんだよ。大体世界地図まで持ち出して」  その言葉を聞くや、天は俺がテーブルに置いて読んでいた新聞を退けて、 世界地図をいっぱいに広げて……。 「あのねっ、今度のお休みにハワイ行きたいなっ」  そう言って、天の小さな指はインドネシアを指差していた。全然違うぞ。 「……今度の休みって、何だ?」 「ゴールデンウィークだよー?」 「なるほど。で、ハワイに行きたいと」 「うんっ。ヤシガニさんとあろはだよー」  相変わらずの笑顔で、フラダンスの仕草をこちらに見せてくる。  なるほど、よく分かった。インドネシアでなくハワイに行きたいというのは。 「そうかそうかー。うん、ダメだ」  何の躊躇もない俺の答えに、天はツインテールを踊らせながら驚いていた。  当たり前だ。ゴールデンウィークで海外旅行に行くほどの金も余裕もなければ、 準備にも時間が足りなさすぎる。  大体、天や珊瑚を連れて行くとして、どうやって国境を越えろというのだ。鞄に詰め込んで、 荷物と一緒にしてしまうか?  そんなの、こいつも珊瑚も嫌がるに決まっている。つまり最初から無理だ。 「あうぅ……でもでもっ、暖かいよ?」 「大丈夫、こっちも5月ならかーなーり、暖かい」 「海で泳げるよっ。春なのにっ」 「そりゃ夏のイベントだ。春に泳いでどうする」 「ヤシの木にヤシガニさんだよっ」 「はさみで指落とされるのはごめんだ」  とりつく島も無しの態度を貫く俺を前にして、天がみるみるうちに涙目を浮かべてくる。  だがダメだ。たまには断固拒否するのも重要。下手にうやむやにしたって、天には逆効果だろう。 「にゃー……」 「そんな顔してもダメだぞ。膝に乗ってきても却下だからな」 「おんぶは?」 「なおさらダメ」  そこまで言ったところで、ついにその場に座り、膝を抱えてしまう天。その姿を見て、 罪悪感が胸を突き刺す。  相手の話を聞かなすぎたか……いくら頼まれても行くなどと答えるつもりはないが、 少しは耳を傾けたって良かったかも知れない。  それに、涙目になっても泣きはしない。そういう一面も、評価してやりたかった。  口から漏れるため息。仕方ない、一度向き合って話聞いてみるか。  膝を抱える天の隣に位置を移し、その頭に手を置く。 「何でそこまで行きたいんだ?」  俺の言葉を聞き、ゆっくりと顔を上げる天。 「……あのね、マスタぁーとはしんこんりょこう出来ないけど……でも一緒に行きたかったんだよ?」 「新婚……お前、いきなり何を」  まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。思わず言葉を詰まらせ、とまどいの色を見せてしまう。 「マスタぁーはね、きっとすごーく綺麗なお嫁さんとしんこんりょこうするの」  自信たっぷりと言わんばかりの一言。  あまりにも照れくさくなってしまい、天の顔から視線をそらしてしまう。 「そ、そんなこと分かんねぇよ」 「ううん、マスタぁーかっこいいから大丈夫だよ。だからね、その前にマスタぁーとお姉ちゃんと天河石でね、いろんなとこ行きたいなぁって」  小さな手が、俺の服を握り締める。 「お出かけ……」  天の上目遣いほど、心を揺らがされるものもなかなかない。  あれほどダメだと言ったことすら、許してしまいそうなほどに。  いや、それでも海外はダメだ。そもそも、あまりにも敷居が高すぎる。  海外なら……。 「……ったく」  天の手をそのまま離さず、テーブルに置かれた地図に手を伸ばし、それを裏返す。  そこに出てくるのは、巨大な日本の地図。 「マスタぁー?」  やっぱりダメなのかと言いたげな、そんな涙目を向けてくる。  これでは、ただ俺が天をいじめているだけのように見えてしまうじゃないか。  やめてくれ、俺にそんな気は一切ないのだから。 「行く場所……選ぶならこっちから選べよ。海外は遠すぎだっての」  ――出かけるのが嫌なわけではない。  ただそれを、地図と俺の顔を交互に見比べる天に理解してもらいたかった。 「……お出かけ、してくれる?」 「場所によっては」 「ほんと?」 「お、男に二言はない」  それを聞いて、やっと天河石の顔に、笑顔が戻る。  決して明るい笑顔とまでは行かない。だがそれでも、泣きそうな顔をされるよりはずっといい。  ハワイに連れて行ってやれない分、きちんと埋め合わせをしないとな……。 「じゃあね、この左上にあるちっちゃい場所」  そして指差したのは……いや、さすがというか何というか、一番日本でハワイっぽいというか。 「沖縄……」 「うん。でもぉ、ここだけ何で枠線あるの? もしかしてここにぐるーって大きな壁」 「ち、違うっつーの……はぁ」  どうしてこう、ピンポイントで遠い場所を選んでくるのか。  確かに国内ではあるのだが……。 「マスタぁー?」  俺の顔に不安を覚えたのか、眉をひそめながら天がこちらを見上げてくる。 「……飛行機、席取れなくても恨むなよ」  結局、これ以上天を泣かせるようなことが言えるほど、俺は厳しく出来ていないんだよな。  あぁ、金は大丈夫なのか、ホント。

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