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このすばらしい日々をありがとう」(2008/07/26 (土) 22:04:50) の最新版変更点

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 3月の頭。  カレンダーにつけられた丸印が、ずっと気になっていた。  あいつの誕生日でもないし、何か記念日があるわけでもない。  あたしから見れば、その日付には何の意味もない。  一体、何なんだろう……。 「あのさぁ、卒業式って自由参加だったんでしょ?」  壁に寄りかかりながら、制服姿のあいつの隣に立つ。  今日は確か、あいつが通っている学校の卒業式。そして今立っているのは、 その学校の中庭。  ……でも、あいつは卒業式に出る年齢ではない。まったく無関係なんだから、 出る必要もない。  ということは、今日はただの休み。それならどこか遊びに連れて行ってほしかったのに……。 「お世話になった先輩がいたから、ちゃんと挨拶しておきたかったんだよ」 「ふぅん。その人女の子?」  あたしの質問に、首を縦に振る。  女……なんだかものすごい腹が立つ気がした。 「へぇー、女かぁ。ふーん」  あいつの苦手なまなざしを送ってみる。  案の定、顔にぎこちない笑顔を浮かべ始めた。 「な、何?」 「別にぃ。ま、あんたも男だってことよねぇ」 「そそ、そういうのじゃないよっ。大体その人は付き合ってる人がいて……」 「つまり略奪愛ね。おとなしそうな顔して腹黒ー」 「違うってばぁー」  にやりと笑ってみると、大げさなジェスチャーであたしの指摘を否定する。  わかりやすいというかなんと言うか。もう少しいじめてやろうかなっと。 「そ、それよりも月長石。ちょっといいかな」 「んー、何よぉ。っていうか、どーしてあたしがこんなところに呼び出されるのよ」  校舎に挟まれているせいで、やや薄暗さも感じる中庭。  卒業式も終え、ここの周辺はずいぶんと静かだ。校門からわずかに、 卒業式の余韻が聞こえてくる。 「まさか、あたしを告白の練習台なんて……あんた、そんなに人でなし」 「だからそういうのはないってば! 月長石にお礼が言いたかったんだよ!」  沈黙と同時に、風が中庭を吹き抜ける。  ――藪から棒に、何を言い出すか。  ムキになったあいつが言ったことは、あまりにも予想外のことだった。  何か礼を言われるようなことをしたのか……ここ最近で、思い当たる節はない。 「いきなり、だよね。はは」  素面に戻ったあいつが、恥ずかしそうに俯く。 「ま、まぁ、うん。で、あたしが何かしたっけ?」 「うん……その先輩さ、僕が入院してるとき、よくお見舞いに来てくれた人なんだよ」  よく、お見舞いに。  その一言で、挨拶した相手が誰なのか思い浮かんだ。  確かに一人いた。こいつと同じぐらいの身長で、同じ学校の制服を着た女が。  まぁ、あたしの次ぐらいにかわいい子だとは思った。 「入院する前からずっとお世話になってたんだけど……ほら、月長石が助けてくれるまで、 僕の……その、余命って、さ」  ……ああ、そういうことなんだ。  一度受けた恩は、一生忘れないタイプだもんね、こいつは。 「この日まで生きていられたのは月長石のおかげだよ」  はにかみ笑顔のあいつが、あたしを見下ろす。。  わずかに赤くなった頬。悪いことなんてひとつも知らないような、純粋な瞳。  それを見ているのが、なぜか照れくさかった。 「ありがとう、月長石。本当に……」  そのときのあいつの顔を、あたしは見ていない。  中庭にある名前も知らない草を、ただじっと見つめる。  ――こういうとき、何て言えばいいんだろう。  他人にお礼言われるようなことなんてほとんどないし、あいつはやたらと真剣だし。 「あ……」  あいつに顔を向けず、言葉を捜す。 「あ、あんたってホント、礼言うの好きよねぇ。あのときのことでありがとう言うの、 何回目よ?」  ……こんなにありがとうって言ってくれたのは、あんたが初めてだから。  だから、なんて言えばいいかなんて、思いつくわけなかった。 「何回目、かなぁ。でもこれからもずっと、僕は月長石に感謝してるよ。だから何度でも」 「ありがとうって? はぁ……」  ホント、お礼を言うのが好きなんだから。 「じゃあこれからはあたしをもっと敬うことね。それから、休みの日はちゃんと相手をして、 寝るときはあたしに足を向けない」  あいつの困った顔が見たいから、いろんな言葉を並べる。  どこまでが建前で、どこまでが本音か。 「えっと、それから……」  でも、あいつはなかなか困った顔を浮かべてくれなくて。 「そうねぇ、あたしから離れないこと。あんたを一人にしたら、一体どんなひどい目に遭うか 分かったモンじゃないんだから」  どうしてか嬉しそうに笑って、あたしを見つめていた。  ……だから、あたしも言ってやる。 「でもまぁ……うん、どういたしまして」  言い慣れていない、感謝の気持ち。  どうせなら、臭い台詞とか茶化してやるほうが、良かったのかな……。  カレンダーの何気ない日付につけられた、丸印。  それを見るのが、嬉しくて仕方がなかった。  ――あぁ、あいつまた何かいいことがあるんだなぁ。  それを考えるのが、嬉しくて仕方なかった。

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