「苦い!」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

苦い!」(2008/04/13 (日) 23:55:15) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

 カップに注がれた、湯気を上げる真っ黒な液体。  やめとけというあたしの言葉を無視して、天河石はそれに手を出してしまった。 「あうーっ」  案の定、悲鳴を上げる。  目尻に涙のしずくを浮かべ、こぼさないようにカップをテーブルに戻してから、 床に倒れる。律儀だなぁ。 「だから言ったんだよ、コーヒーは苦いから子供にはまだ早いって」 「て、天河石子供じゃないもぉん……あうぅ」  言葉とは裏腹に、コーヒーの苦さですっかり元気を失っていた。  黒曜石に編み物か何かを教えてもらうとかで、突然うちにやって来た天河石。  そんなこの子に、黒曜石がホットミルクを出そうとしたら、突然コーヒーなんていう単語を 口走る始末。  飲めないことぐらい、あたしや黒曜石にはすぐ分かった。でも押しの弱い黒曜石に、 天河石の真剣な眼差しは拒めなかった訳で。 「マスタぁーがくれた缶のはね、平気だったんだよ?」  おとなしくホットミルクを飲む天河石が、そんなことを言う。 「それは甘い奴だったのよ。これはミルクも砂糖も入ってないんだから、すごく苦い。 ちなみにうちのマスターしか飲まないよ」 「うー……お舌がすごいんだね」  すごいと言うより……あたしからすれば、バカになってるとしか思えない。  と、そんなことを考えていたら、なぜか天河石があたしとコーヒーを交互に見つめて……。 「んーと、じゃあ金剛石お姉ちゃんも飲めないのぉ?」  ……ナンデスト?  あたしがこれを飲めるか? いやいや、こんな物飲み物じゃないよ、ホント。  でも、子供の飲み物じゃないと豪語した矢先。いきなりあたしが飲めない何て言ったら、 この子が何を言うか。 『んー、飲めないの? 天河石と一緒だねっ』  いや、きっと悪気なんて一切無いんだよね。でも言うならば、 あたしは天河石と同じ子供と扱われる訳で。  これは……宝石乙女のお姉さんとしては、避けるべき事態。 「金剛石お姉ちゃん?」 「へっ? あ、あぁーあたし? コーヒーね、うん。コーヒーコーヒー」  さて、どう切り出すべきか。  飲めると言ってしまえば簡単だけど、その後のオチが何となく想像出来るから嫌だし。  そこに、黒曜石が紅茶を乗せたお盆を持ってやってくる。 「えっと、コーヒーは片づけますね。誰も飲めないみたいだかっ」  体が、ものすごい速さで反応した。  黒曜石の手からお盆を受け取り、その口をふさいでからテーブルに置く。 「な、なぁーに言ってるのよぉー。大人ならこれぐらい飲めないとねぇー」 「うんっ、コーヒーは大人の飲み物なんだよねっ」 「もごもごぉ……」  黒曜石の、何かを訴えかけるような眼差し。  それをあえて無視し、天河石に笑顔を向ける……が。 「だからねっ、金剛石お姉ちゃんと黒曜石お姉ちゃんは飲めるんだよねっ」  ……え?  あたしと黒曜石の前に、先ほどのコーヒーが注がれたカップが一つ。  先ほどよりはぬるくなっているだろうけど、相変わらず湯気は立ち上っている。  今のあたし、どんな顔をしているだろう。黒曜石は風邪を引いたマスターみたいに元気がないけど。  そして、そんなあたし達を笑顔で見つめる天河石。あぁ、その明るい笑顔が今はとても痛い。 『飲み物を捨てたらもったいないんだよ?』  そう言って、あたしと黒曜石にコーヒーを飲んでもらうという次第。  ホント、よい子に育ってるよ。珊瑚も【天河石のマスター】も偉い。けど今はとても憎い。 「こ、金剛石ちゃんから、どうぞ」 「いえいえ、まずは黒曜石から」  ちなみに、二人ともブラックのコーヒーなんてとてもじゃないけど飲めない。  あんな苦い飲み物を飲む必然性も感じられないし、こんな物を作った人間も信じられない。 ホント、舌がバカになってるんじゃないかと。 「にゅ?」  で、あたし達のやりとりを純粋な瞳で見つめる天河石。  こんな眼差しを受けて、断れる人はいるのかな。 「うぅ……そ、それじゃあ」  わずかな沈黙の後、満を持して手を出したのは黒曜石。  遠慮がちに手を伸ばし、カップを手に取る。  それをゆっくりと口に運び、そして……。 「……うぅー」  潤んだ瞳をこちらに向けてくる。可愛そうに。  でも、テーブルに戻されたコーヒーはほとんど減っていない。むしろ舌に触れただけで 諦めたんじゃないだろうか。 「ねぇねぇ、美味しいっ?」 「え? えぇ、まぁ……あはは」 「わぁっ、やっぱりお姉さんなんだねっ。じゃあ金剛石お姉ちゃんもー」 「え? あぁ、あたしはいいよ。あたしはね」  あたしの隣から、黒曜石の視線を感じる。  これは……何というか、前に映画で見た上官に見捨てられた兵士みたいな空気を。 「お姉ちゃん?」  そして、期待の眼差しのまま首をかしげる天河石。  もうこれは、断れる空気なんかじゃないね、うん。 「そ、そうねぇー。ホントは喉渇いてないけどぉ……ちょ、ちょっとだけー」  まずい、手が震えてる。静まれあたし静まれあたし静まれぇー……。 「ただいまー……あ、あれ?」  お使いを終えた瑪瑙が、リビングの様子に目を丸くする。  当然だよね、テーブルにはまだ半分残っているコーヒーと、青い顔をした黒曜石がいるんだから。 「お姉ちゃんー、まだ残ってるよ?」 「そ、そうねぇ。ええ、そうね……ははは」  一体あたし、どんな顔してるんだろ。  とりあえず、瑪瑙が心配そうな顔を浮かべるような、そんな状態なんだろうなぁ。  ……うぅ、苦い。苦いよこれ。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
目安箱バナー