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キッチンマスター」(2008/02/21 (木) 13:40:37) の最新版変更点

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 正月気分が抜けない日曜。  レッドベリルとこたつで横になりながらテレビを見ていたときに、 事もあろうかインターホンが鳴り響く。 「……レッドベリル、頼む」 「やだ。寒いもん」  まぁ、そう来るとは思ってた。  言い争っても仕方がない。体を起こし、こたつから抜け出して玄関へ。  肌寒さを我慢しながら、サンダルを履いてドアノブに手を掛ける。 「はいはい、どちらさんです……お?」  ドアを開けると、目線に人の顔はない。  視線をわずかに下へ……そこには。 「明けましておめでとう」  と、頭を下げる虎目石。そして彼女の右手の先には。 「もぉーっ、何でこんなとこ連れてこられないといけないのよーっ!」  やけにご機嫌斜めな様子の置石……何なんだ、一体。  虎目石からの一言に、俺は驚愕するしかなかった。 「お、置石に料理教えてやって欲しいって、俺が?」  こたつを挟んで、俺とレッドベリルの向かいに座る虎目置石姉妹。  顔色一つ変えずにそれを伝える虎目石に対し、置石は余計なことを言うなと 目で訴えている。  それにしても……珍しい客と思えば、まさかそんな頼み事だとは。 「ペリドット姉様が認める、一流料理人だから」 「いや、だって俺なんてまだ新米だし。それにペリドットさんとかのが教えるの 上手じゃないか?」  それを尋ねると、なぜか置石の顔が青ざめる。 「姉様達は、なぜかみんなスパルタだから。恐怖で覚えることが出来ない」  ……少し意外だ。和気藹々と料理を教える姿を思い浮かべたのだが。 「【レッドベリルのマスター】さんなら、姉さんにも料理の手ほどきが出来ると」 「ちょ、ちょっと虎目! あたしは別に教えられるほど料理ヘタじゃないわよ!」 「私は、姉さんに苛性ソーダなんて使わない料理を作って欲しいから」  そこで沈黙する置石。不穏な名前が飛び出たようにも聞こえたが、 まさか普通の料理は出来ないのだろうか。  まぁ、簡単な物を作るぐらいなら、俺でも教えられるかも知れない。 それぐらいならいいのだが。 「……まともな料理出来ないと、嫁のもらい手に困るよね」  そこに、眠たそうな顔をしたレッドベリルのきつい一言。  案の定、置石の顔が怒りに染まる。 「って、レッドベリルっ、あんたねぇ!!」  一応年上に対してだよな……レッドベリル、恐ろしい奴だ。 「あー、もう頭に来た! 【レッドベリルのマスター】っ、ちょっとあたしに付き合いなさい!」 「え? いや、なんでそこで俺が」 「料理教えるんでしょーっ! この礼儀を知らない妹二人をギャフンと言わせてやる!」  ものすごい剣幕で、俺に向けて身を乗り出してくる置石。つか、俺はまだ了承してないぞ。  さっきまであんなに嫌々だったくせに。これは思いっきり二人に釣られたのではないだろうか。  しかし、これでとてもじゃないが断れる空気はなくなってしまった。 「わ、分かった……レパートリー一つか二つ、増やすぐらいなら」  せっかくの休日だったのに……はぁ。  エプロンを身につけ、台所に立つ俺と置石。  正直、俺の方は乗り気ではない。だがこんなにやる気満々な置石相手では、 手抜きも出来ない。 「さぁてと、あいつらにはどんな味で懲らしめてやろうかしらぁ」 「懲らしめるのはいいから、その毒瓶しまえ」 「えーっ、置石ちゃん特製調味料なのにぃ」  不満を顔に浮かべる置石。何かこの先がすごく不安なんだが。 「で、置石。何か覚えたい料理あるか?」 「あたしが? いや、別に……あんたに任せるわ」  何だよ、さっきまでやる気出していたくせに。  まぁ、仕方がない。一度了承してしまったのだから、最後まで付き合わなくては。  食材は何があったか。とりあえずそれを確かめるために、冷蔵庫を開ける。  キャベツ、挽肉、あとそれから……。 「うわ、一人暮らしの男とは思えない冷蔵庫の充実っぷり。さすがというかなんというか」  俺の背後から、置石が冷蔵庫の中を覗き込んでくる。  背中に当たる、双丘の柔らかい感触。体は小さいくせに……ダメだ、顔が熱くなる。 「お、重いぞ」 「何ですってぇ? もういっぺん言ってみろぉ!」  俺の頭に、置石の拳が容赦なく襲いかかる。 「いてっ、痛いって! 分かった分かった、悪かったって!」  置石の拳を払い除け、立ち上がる。 「ったく、デリカシーのない奴。で、何作るか決まったの?」 「お前なぁ……まぁ、適当にロールキャベツ」 「ロールキャベツかぁ。結構いいかも、毒を盛ってもばれにくそう」 「毒禁止!」 「……い、意外とめんどくさいわね。キャベツ巻くの」 「それゆでてないだろ。一度ゆでないで巻ける訳ないだろ」  好きと言っておきながら、置石の手際はあまりよくない。  俺が鍋の準備をしているにもかかわらず、すでに挽肉をキャベツで巻く作業に入っている。 そういえば、某番組でもこんなのいたな。 「というか、挽肉だってまだ下ごしらえしてないだろ。ホントに大丈夫か?」  普通の料理だって出来ると言っていた割に、これではなぁ。 「う、うるさいわね! 初めてなんだから仕方ないでしょ!」 「初めてって言ってもなぁ……まぁいいか。最初から教えるからそれ貸せ」  考えていても仕方がない。  置石が持っていたキャベツと挽肉を受け取り、それぞれ元の容器に戻す。  さて、ロールキャベツか。なんだかんだで作るの久しぶりだな。 「とりあえず、作る分のキャベツの葉をゆでる。量が多ければ、芯くりぬいた キャベツを丸ごと放り込むのもアリだ」  今回は量が少ないから、葉を数枚そのまま沸騰する鍋に入れる。 「これはまあ、少し固めの状態で上げてしまって構わない。こんなモンだな」  鍋から上げたキャベツの葉をトレイへ。  少し冷めたところで、葉を二枚手に取り、片方を置石の前に差し出す。 「全体に軽く塩を振って、芯の硬いところを削いでおく。これでちゃんと巻ける訳だ」 「ふーん」  少しは真面目になったのか。俺の手を真似るように、キャベツの葉に下ごしらえをしていく。  包丁の扱いは問題ないようだ。やはり慣れているというのもあながち嘘ではないらしい。 「じゃあ、次はたねの準備だ。まずたまねぎとニンジンをみじん切りにする」  先に用意しておいたたまねぎをまな板に置き、包丁を手にとってみじん切りに。 「うわっ、ちょ、何これ! 隠し芸!?」  ……で、俺の手を見ながら驚きの声を上げる置石。  まぁ、驚かれて悪い気はしない。だがうちの師匠に比べたらまだまだだが。 「これぐらいでやらないと怒られるんだよ」 「へぇー。ずいぶんと難儀な職場なんだ」 「そうだなぁ。客の多いときは死ぬかと……って、そんなのどうでもいいって」  みじん切りにしたたまねぎを挽肉の入ったボウルに入れ、更にニンジンを みじん切りに……いや。 「って、俺が全部やってもダメだよな。置石、やってみろ」 「え、あんなモン見せつけられたところで……うぅ」  渋々ニンジンを受け取り、包丁を振るう置石。  俺のペースを真似ようとしているのか、いびつになりながらも速いペースで進めていく。 「あまり慌てるなよ?」 「わ、分かってるわよ。あたしは別に慌てて……っ」  案の定、包丁の刃が置石の指をかすめる。血は出ないが、それでも切った指を 口でくわえる顔は、痛みを訴えている。 「あーあ」 「な、何よぉー。ていうか笑うなっ」  こちらに包丁を向け、抗議してくる置石。 「おいおい危ないって。それよりニンジンは俺がやるから、置石は絆創膏でも貼ってこい」 「別にそんなのいらないわよっ。あとニンジンはちゃんとあたしがやる!」  すっかりスイッチが入ってしまったらしい。  やる気満々といった様子の置石が、再びまな板と向かい合う。  まぁ、こちらもその方が教える甲斐もあるというものだ。           ◇ 「挽肉は卵とみじん切りにした野菜、塩コショウを適量振って混ぜる」 「そこで置石ちゃん特製調味料も」 「いらないって」 「じゃあ置石ちゃん特製スパイス」 「同じだ同じ」  台所から聞こえる、二人の声。  最初は互いにやる気なさげだったのに、今はずいぶんと楽しそう。 笑う余裕まで出来ているらしい。  ……何か、腹立つ。あたし相手にはあんな感じじゃないくせに。 「姉さん、珍しく楽しそう」 「ふーん」  そう呟く虎目石姉さんの微笑み。  あたしは、そんな顔を浮かべられるような気持ちじゃない。 「マスターが気付かないうちに、毒入れたりするんじゃないのー?」 「ん、多分大丈夫。ああいうときの姉さんは」 「そう……」  虎目石姉さんが言うんだ。きっとその通りなんだろう。  悪いことも浮かばないぐらい、楽しいんだ。 「……はぁ」  テーブルに顔を乗せながら、台所の方を見つめる。  わずかに見える、二人の後ろ姿。  ……近い。狭い台所だけど、かなり近い。  何かもう、マスターの膝が置石姉さんの肩にくっつくぐらい近い。 どうしてそんなに近づく必要があるのよ。  近寄らなく立って料理を教えるぐらい出来るでしょうが。大体さっきから 雑談多いしマスターの声もデレデレしてるように聞こえるし。  っていうか、さっきはあんなにめんどくさがってた癖に、今じゃ何か率先して 色々教えてあげてる。何この手のひら替えし。 「……マスターのバカ」  虎目石姉さんにも聞こえないぐらい、小さな声で呟く。  マスターなんか、置石姉さんが勝手に入れた毒で倒れちゃえ。 「よし、たねの用意が出来たら、早速巻くぞ。これなら普通に巻けるだろ?」 「さ、さっきのことはもう言うなっ」  まな板の上に、キャベツの葉が2枚。  それに対し、二人がボウルから挽肉を適量手に取って、葉の上に乗せる。  ……っていうか、くっつきすぎ。あんなにくっつく必要なんて絶対ない!  そうよそうよ、絶対ない。きっとこれはマスターのセクハラ……。 「ねぇ」 「ひゃあっ!」  突然背後から、虎目石姉さんが覗き込んでくる。  もう、びっくりするなぁ。 「な、何よぉー」 「……若いね」  そしてなぜか、にやりと笑みを浮かべてくる。 「ちょ、ちょっとぉ、その笑いは何よ!?」 「姉さんはアレで結構純情だから、気をつけて」 「純情って……そ、それどういう意味よぉ!」  あたしの質問には答えず、さっきの笑みのままこたつへと戻っていく虎目石姉さん。  純情……まさか、マスターは置石姉さんをたぶらかすつもりじゃ。  ううん、マスターにそんな度胸ある訳……でもそうだったら……。 『見ろ置石。これが俺とお前の愛のロールキャベツだ』 『もぉー、恥ずかしいこと言わないでよぉ。それに、愛を語るなら布団にロールされた方が……』  こんな、バカップルぶりを目の前で惜しみなく見せつけられる訳? 「……マスターのばかぁ!」 「って、おいレッドベリル! 何でロールキャベツ作ってるだけで バカ呼ばわりなんだよ!?」 「へっ? あ、う……し、知らない!」 「で、鍋にスープの素でも入れれば、味付けは問題ない。好みで何か野菜とか 香草なんてのも、入れてみたら悪くないかもな」 「もっとスパイス利かせる気はない?」 「その手にある奴はいらないからな。というかいい加減しつこいって」  マスターの言葉に、抗議の愚痴を漏らす置石姉さん。  相変わらず仲は良さそうだ。それに対しあたしといえば、こたつに入って つまらないテレビ番組を黙ってみているだけ。  しかも、さっきからずっと虎目石姉さんがこちらを見てきてる、笑顔で。  そして……。 「さっきは、何を考えたの?」  何を聞いているのかは分かっている。だからなおさら答えない。 「ふーんだ」  まさか虎目石姉さんもこんな意地悪だったなんて。 「ふふふ」 「……わ、笑わないでよぉ」 「大丈夫、バカにはしていない」 「笑われるだけでも嫌っ!」  やっぱり、置石姉さんの妹なんだ……。 「なかなかいい匂いしてきたじゃない」 「そうだな。あぁ、キャベツ入れるときは巻いた継ぎ目を下にして入れろよ」  で、向こうは何もなかったかのようにロールキャベツを作ってる。  置石姉さんの言うとおりだ。こっちまで鶏ガラスープのいい匂いが漂ってきている。  それにしてもマスター、あまり頼りにならないくせに、料理ばかり 上手なんだから不思議よねぇ。  この前は……あぁ、苦手とかいいながらケーキ作ってたっけ。苦手なくせに ペリドット姉さんまで驚かせるぐらい美味しいの作ってたっけ。甘いの嫌いだからって、 あたしにほとんど食べさせて。太らない体だからって無茶させすぎなの、分かってるのかな。  ……まぁ、美味しかったけど。 「今度は思い出し笑い」 「っ! と、虎目石姉さん!」  笑っているのは、虎目石姉さんも一緒だった。 「仲、良さそう」 「何でそうなるのよー。それに、マスターなんていつもデリカシーに欠けるし、 気も利かないし怠け者だし」 「別に【レッドベリルのマスター】さんの事とは言ってない」 「……うぅーっ」  この姉、どうしようもなく意地悪だった。 「そういう人は、大切にしてあげよう」 「いきなり何よぉ」  相変わらずの笑顔のまま、台所の方へ顔を向ける虎目石姉さん。  釣られて、あたしもそっちへ顔を向ける。 「よし、これで全部だな。後は強火で煮て、沸騰したら中火にしてアクを取る。 取ったら落としぶたして待つだけだ」 「はぁー、やっと終わりぃ? 何だか疲れた」 「終わりじゃねぇって。盛りつけて、テーブルに皿を出すまでが俺達の仕事だ」 「何真面目なこと言ってるのよー」  二人で向き合いながら、楽しそうにおしゃべりをしている二人。  ……むぅ、デレデレしちゃってさぁ。もしかして置石姉さんの谷間でも見てるんじゃないでしょうね? 「匂いだけなら、美味しそう」  そんなことを呟く、虎目石姉さん。 「あ、当たり前でしょー。マスター唯一の取り柄で、一番の特技なんだから」  そう。  昔からの夢だからといって、ずっと練習していたという、自慢の特技。  ペリドット姉さんにも負けない、美味しい料理を作れるんだから。 「料理に関してだけは、自慢出来るマスターだよねぇ」 「自慢するんだ」 「え、う……別にいいでしょっ! 大体、一つぐらい取り柄がないと宝石乙女のマスター失格よ、失格! それに料理が出来るからって、いつもは仕事で疲れたーとか言って手抜きするんだから」 「手抜きが嫌か? なら自分で作れよ」  ……と、後ろからの声。  いつの間にかマスターが、あたしの背後に立っていた。何だか少し怒った様子で。 「え、な、何よ! 別にダメなんて言ってないでしょ!」 「というか、俺はそろそろレッドベリルにも飯を作ってもらいたいんだがなぁー。一人で」 「う……だ、だって、マスターをギャフンと言わせられるようになるまでは、その……ごにょごにょ」  いつもの調子になれず、口ごもってしまう。  男の癖に、見下ろしてくるなんてずるいんだから。ただでさえ体が大きいんだから、 少しは威圧感とかで気を遣いなさいよね……。 「ちょっとー、早く用意しないのー? 火ぃ止めるわよ?」 「あぁ、頼むー……さて、皿用意しないとな。レッドベリル、手伝ってくれ」 「えー。仕方ないわねぇ」  何だ、食器を取りに来ただけだったんだ。  まったく、先に言いなさいよね……立ち上がり、二人列んで食器棚へ向かう。 「本当に、仲がいい」 「っ、そんなんじゃないもん……」 「いただきます」  虎目石姉さんが、丁寧に手を合わせてから箸を持つ。  テーブルの上には深めの皿が4つ。それぞれに2個ずつ、ロールキャベツが入っている。  鶏ガラスープと、それに半分ほど浸っているロールキャベツ。周りには細かく切ったベーコンが 漂っていて、いい匂いを漂わせている。 「さぁー、どんどん食べなさいよー。あたしが普通の料理作れるって、思い知らせてやるんだから」 「さっきはキャベツをゆでるのを忘れて……」 「それは言うなーっ」  早速、いつもの言い争いを始めてしまう二人の姉さん。  そんな二人を横目に、ロールキャベツを一口。  ……くやしい。けど、美味しい。ほとんどマスターがやっていた気もするけど、なぜかくやしい。 「うまいか?」 「へ? あ……別に」 「何だ、置石が普通に作って、ホントにギャフンと言わされたか?」  妙に腹立たしい、マスターの笑顔。  何もそんな顔で笑わなくたって……むぅ。 「さて、俺も食ってみるか……ん、なかなかいけるな」 「よぉーし、これでみんな思い知ったわねー。あたしがちゃんと 料理が出来るって」  今日初めて一品作っただけなのに、鼻高々の置石姉さん。  何だろう、別に勝負していた訳でもないのに、敗北感を感じてしまう。 「それにしても、意外と【レッドベリルのマスター】って教え方上手いじゃない。 何ならもう一回教えてもらおっかなぁー」  ま、またっ!? 「だ、ダメ! 今日はお試しなんだから! 次からは授業料っ、もしくは順番!」 「……レッドベリル、一体何を言っているんだ」 「へっ!?」  や、やだ。あたし、何を口走って……。 「さっきまで、レッドベリルも料理を教えてもらうって、話してた」  ロールキャベツを一口食べる虎目石姉さん。あの笑顔で。 「虎目石姉さん! そんなことあたし言って……」 「何だ、お前もロールキャベツ作りたいのか?」  混乱するあたしに、マスターが顔を向けてくる。 「べ、別にそれは姉さんが……」  そう、別に教えてもらうつもりなんて毛頭ない。  毛頭ない……けど、何だかこのムードだと、教えてくれるってこと、かな?  ……そうそう、あたしは教えてもらう気なんてないの。でもマスターが 教えるっていうなら、それを断るのは乙女として失礼よね、うん。 「ま、まぁ、教えてくれるなら、そうしてくれて構わないわよ」 「何だそりゃ? まぁいいや。じゃあ今度材料買ってきたときにでもな」  結局、あたしもマスターにロールキャベツの作り方を教えてもらうことになってしまった。  どうしてこんな流れに……まぁ、このまま置石姉さんに負けたような状況になるのも嫌だし。  ギャフンと言わされたんだから……返してあげないと、乙女として恥ずかしいわよね、多分。 「あらぁ? レッドベリルったら、あたしに対抗するんだぁ。ふふふ、お姉さん楽しみよぉー」 「な、何よ! 置石姉さんだって覚えたばかりなのにっ。あ、あたしなんて 一回教えてもらっただけですごいの作るんだから!」 「ふっふっふー、楽しみにしてるわよぉ。という訳で【レッドベリルのマスター】、また今度もよろしくねー」 「だ、ダメ! これはあたしのマスターなんだから!」 「こら、飯食ってるときに腕引っ張るな!」 ----
 正月気分が抜けない日曜。  レッドベリルとこたつで横になりながらテレビを見ていたときに、事もあろうかインターホンが鳴り響く。 「……レッドベリル、頼む」 「やだ。寒いもん」  まぁ、そう来るとは思ってた。  言い争っても仕方がない。体を起こし、こたつから抜け出して玄関へ。  肌寒さを我慢しながら、サンダルを履いてドアノブに手を掛ける。 「はいはい、どちらさんです……お?」  ドアを開けると、目線に人の顔はない。  視線をわずかに下へ……そこには。 「明けましておめでとう」  と、頭を下げる虎目石。そして彼女の右手の先には。 「もぉーっ、何でこんなとこ連れてこられないといけないのよーっ!」  やけにご機嫌斜めな様子の置石……何なんだ、一体。  虎目石からの一言に、俺は驚愕するしかなかった。 「お、置石に料理教えてやって欲しいって、俺が?」  こたつを挟んで、俺とレッドベリルの向かいに座る虎目置石姉妹。  顔色一つ変えずにそれを伝える虎目石に対し、置石は余計なことを言うなと目で訴えている。  それにしても……珍しい客と思えば、まさかそんな頼み事だとは。 「ペリドット姉様が認める、一流料理人だから」 「いや、だって俺なんてまだ新米だし。それにペリドットさんとかのが教えるの上手じゃないか?」  それを尋ねると、なぜか置石の顔が青ざめる。 「姉様達は、なぜかみんなスパルタだから。恐怖で覚えることが出来ない」  ……少し意外だ。和気藹々と料理を教える姿を思い浮かべたのだが。 「【レッドベリルのマスター】さんなら、姉さんにも料理の手ほどきが出来ると」 「ちょ、ちょっと虎目! あたしは別に教えられるほど料理ヘタじゃないわよ!」 「私は、姉さんに苛性ソーダなんて使わない料理を作って欲しいから」  そこで沈黙する置石。不穏な名前が飛び出たようにも聞こえたが、まさか普通の料理は出来ないのだろうか。  まぁ、簡単な物を作るぐらいなら、俺でも教えられるかも知れない。それぐらいならいいのだが。 「……まともな料理出来ないと、嫁のもらい手に困るよね」  そこに、眠たそうな顔をしたレッドベリルのきつい一言。  案の定、置石の顔が怒りに染まる。 「って、レッドベリルっ、あんたねぇ!!」  一応年上に対してだよな……レッドベリル、恐ろしい奴だ。 「あー、もう頭に来た! 【レッドベリルのマスター】っ、ちょっとあたしに付き合いなさい!」 「え? いや、なんでそこで俺が」 「料理教えるんでしょーっ! この礼儀を知らない妹二人をギャフンと言わせてやる!」  ものすごい剣幕で、俺に向けて身を乗り出してくる置石。つか、俺はまだ了承してないぞ。  さっきまであんなに嫌々だったくせに。これは思いっきり二人に釣られたのではないだろうか。  しかし、これでとてもじゃないが断れる空気はなくなってしまった。 「わ、分かった……レパートリー一つか二つ、増やすぐらいなら」  せっかくの休日だったのに……はぁ。  エプロンを身につけ、台所に立つ俺と置石。  正直、俺の方は乗り気ではない。だがこんなにやる気満々な置石相手では、手抜きも出来ない。 「さぁてと、あいつらにはどんな味で懲らしめてやろうかしらぁ」 「懲らしめるのはいいから、その毒瓶しまえ」 「えーっ、置石ちゃん特製調味料なのにぃ」  不満を顔に浮かべる置石。何かこの先がすごく不安なんだが。 「で、置石。何か覚えたい料理あるか?」 「あたしが? いや、別に……あんたに任せるわ」  何だよ、さっきまでやる気出していたくせに。  まぁ、仕方がない。一度了承してしまったのだから、最後まで付き合わなくては。  食材は何があったか。とりあえずそれを確かめるために、冷蔵庫を開ける。  キャベツ、挽肉、あとそれから……。 「うわ、一人暮らしの男とは思えない冷蔵庫の充実っぷり。さすがというかなんというか」  俺の背後から、置石が冷蔵庫の中を覗き込んでくる。  背中に当たる、双丘の柔らかい感触。体は小さいくせに……ダメだ、顔が熱くなる。 「お、重いぞ」 「何ですってぇ? もういっぺん言ってみろぉ!」  俺の頭に、置石の拳が容赦なく襲いかかる。 「いてっ、痛いって! 分かった分かった、悪かったって!」  置石の拳を払い除け、立ち上がる。 「ったく、デリカシーのない奴。で、何作るか決まったの?」 「お前なぁ……まぁ、適当にロールキャベツ」 「ロールキャベツかぁ。結構いいかも、毒を盛ってもばれにくそう」 「毒禁止!」 「……い、意外とめんどくさいわね。キャベツ巻くの」 「それゆでてないだろ。一度ゆでないで巻ける訳ないだろ」  好きと言っておきながら、置石の手際はあまりよくない。  俺が鍋の準備をしているにもかかわらず、すでに挽肉をキャベツで巻く作業に入っている。そういえば、某番組でもこんなのいたな。 「というか、挽肉だってまだ下ごしらえしてないだろ。ホントに大丈夫か?」  普通の料理だって出来ると言っていた割に、これではなぁ。 「う、うるさいわね! 初めてなんだから仕方ないでしょ!」 「初めてって言ってもなぁ……まぁいいか。最初から教えるからそれ貸せ」  考えていても仕方がない。  置石が持っていたキャベツと挽肉を受け取り、それぞれ元の容器に戻す。  さて、ロールキャベツか。なんだかんだで作るの久しぶりだな。 「とりあえず、作る分のキャベツの葉をゆでる。量が多ければ、芯くりぬいた キャベツを丸ごと放り込むのもアリだ」  今回は量が少ないから、葉を数枚そのまま沸騰する鍋に入れる。 「これはまあ、少し固めの状態で上げてしまって構わない。こんなモンだな」  鍋から上げたキャベツの葉をトレイへ。  少し冷めたところで、葉を二枚手に取り、片方を置石の前に差し出す。 「全体に軽く塩を振って、芯の硬いところを削いでおく。これでちゃんと巻ける訳だ」 「ふーん」  少しは真面目になったのか。俺の手を真似るように、キャベツの葉に下ごしらえをしていく。  包丁の扱いは問題ないようだ。やはり慣れているというのもあながち嘘ではないらしい。 「じゃあ、次はたねの準備だ。まずたまねぎとニンジンをみじん切りにする」  先に用意しておいたたまねぎをまな板に置き、包丁を手にとってみじん切りに。 「うわっ、ちょ、何これ! 隠し芸!?」  ……で、俺の手を見ながら驚きの声を上げる置石。  まぁ、驚かれて悪い気はしない。だがうちの師匠に比べたらまだまだだが。 「これぐらいでやらないと怒られるんだよ」 「へぇー。ずいぶんと難儀な職場なんだ」 「そうだなぁ。客の多いときは死ぬかと……って、そんなのどうでもいいって」  みじん切りにしたたまねぎを挽肉の入ったボウルに入れ、更にニンジンをみじん切りに……いや。 「って、俺が全部やってもダメだよな。置石、やってみろ」 「え、あんなモン見せつけられたところで……うぅ」  渋々ニンジンを受け取り、包丁を振るう置石。  俺のペースを真似ようとしているのか、いびつになりながらも速いペースで進めていく。 「あまり慌てるなよ?」 「わ、分かってるわよ。あたしは別に慌てて……っ」  案の定、包丁の刃が置石の指をかすめる。血は出ないが、それでも切った指を口でくわえる顔は、痛みを訴えている。 「あーあ」 「な、何よぉー。ていうか笑うなっ」  こちらに包丁を向け、抗議してくる置石。 「おいおい危ないって。それよりニンジンは俺がやるから、置石は絆創膏でも貼ってこい」 「別にそんなのいらないわよっ。あとニンジンはちゃんとあたしがやる!」  すっかりスイッチが入ってしまったらしい。  やる気満々といった様子の置石が、再びまな板と向かい合う。  まぁ、こちらもその方が教える甲斐もあるというものだ。 #ref(news4vip-1199538865-170-1.jpg)           ◇ 「挽肉は卵とみじん切りにした野菜、塩コショウを適量振って混ぜる」 「そこで置石ちゃん特製調味料も」 「いらないって」 「じゃあ置石ちゃん特製スパイス」 「同じだ同じ」  台所から聞こえる、二人の声。  最初は互いにやる気なさげだったのに、今はずいぶんと楽しそう。笑う余裕まで出来ているらしい。  ……何か、腹立つ。あたし相手にはあんな感じじゃないくせに。 「姉さん、珍しく楽しそう」 「ふーん」  そう呟く虎目石姉さんの微笑み。  あたしは、そんな顔を浮かべられるような気持ちじゃない。 「マスターが気付かないうちに、毒入れたりするんじゃないのー?」 「ん、多分大丈夫。ああいうときの姉さんは」 「そう……」  虎目石姉さんが言うんだ。きっとその通りなんだろう。  悪いことも浮かばないぐらい、楽しいんだ。 「……はぁ」  テーブルに顔を乗せながら、台所の方を見つめる。 #ref(news4vip-1199538865-176-1.jpg)  わずかに見える、二人の後ろ姿。  ……近い。狭い台所だけど、かなり近い。  何かもう、マスターの膝が置石姉さんの肩にくっつくぐらい近い。どうしてそんなに近づく必要があるのよ。  近寄らなく立って料理を教えるぐらい出来るでしょうが。大体さっきから雑談多いしマスターの声もデレデレしてるように聞こえるし。  っていうか、さっきはあんなにめんどくさがってた癖に、今じゃ何か率先して色々教えてあげてる。何この手のひら替えし。 「……マスターのバカ」  虎目石姉さんにも聞こえないぐらい、小さな声で呟く。  マスターなんか、置石姉さんが勝手に入れた毒で倒れちゃえ。 「よし、たねの用意が出来たら、早速巻くぞ。これなら普通に巻けるだろ?」 「さ、さっきのことはもう言うなっ」  まな板の上に、キャベツの葉が2枚。  それに対し、二人がボウルから挽肉を適量手に取って、葉の上に乗せる。  ……っていうか、くっつきすぎ。あんなにくっつく必要なんて絶対ない!  そうよそうよ、絶対ない。きっとこれはマスターのセクハラ……。 「ねぇ」 「ひゃあっ!」  突然背後から、虎目石姉さんが覗き込んでくる。  もう、びっくりするなぁ。 「な、何よぉー」 「……若いね」  そしてなぜか、にやりと笑みを浮かべてくる。 「ちょ、ちょっとぉ、その笑いは何よ!?」 「姉さんはアレで結構純情だから、気をつけて」 「純情って……そ、それどういう意味よぉ!」  あたしの質問には答えず、さっきの笑みのままこたつへと戻っていく虎目石姉さん。  純情……まさか、マスターは置石姉さんをたぶらかすつもりじゃ。  ううん、マスターにそんな度胸ある訳……でもそうだったら……。 『見ろ置石。これが俺とお前の愛のロールキャベツだ』 『もぉー、恥ずかしいこと言わないでよぉ。それに、愛を語るなら布団にロールされた方が……』  こんな、バカップルぶりを目の前で惜しみなく見せつけられる訳? 「……マスターのばかぁ!」 「って、おいレッドベリル! 何でロールキャベツ作ってるだけでバカ呼ばわりなんだよ!?」 「へっ? あ、う……し、知らない!」 「で、鍋にスープの素でも入れれば、味付けは問題ない。好みで何か野菜とか香草なんてのも、入れてみたら悪くないかもな」 「もっとスパイス利かせる気はない?」 「その手にある奴はいらないからな。というかいい加減しつこいって」  マスターの言葉に、抗議の愚痴を漏らす置石姉さん。  相変わらず仲は良さそうだ。それに対しあたしといえば、こたつに入ってつまらないテレビ番組を黙ってみているだけ。  しかも、さっきからずっと虎目石姉さんがこちらを見てきてる、笑顔で。  そして……。 「さっきは、何を考えたの?」  何を聞いているのかは分かっている。だからなおさら答えない。 「ふーんだ」  まさか虎目石姉さんもこんな意地悪だったなんて。 「ふふふ」 「……わ、笑わないでよぉ」 「大丈夫、バカにはしていない」 「笑われるだけでも嫌っ!」  やっぱり、置石姉さんの妹なんだ……。 「なかなかいい匂いしてきたじゃない」 「そうだな。あぁ、キャベツ入れるときは巻いた継ぎ目を下にして入れろよ」  で、向こうは何もなかったかのようにロールキャベツを作ってる。  置石姉さんの言うとおりだ。こっちまで鶏ガラスープのいい匂いが漂ってきている。  それにしてもマスター、あまり頼りにならないくせに、料理ばかり上手なんだから不思議よねぇ。  この前は……あぁ、苦手とかいいながらケーキ作ってたっけ。苦手なくせにペリドット姉さんまで驚かせるぐらい美味しいの作ってたっけ。甘いの嫌いだからって、あたしにほとんど食べさせて。太らない体だからって無茶させすぎなの、分かってるのかな。  ……まぁ、美味しかったけど。 「今度は思い出し笑い」 「っ! と、虎目石姉さん!」  笑っているのは、虎目石姉さんも一緒だった。 「仲、良さそう」 「何でそうなるのよー。それに、マスターなんていつもデリカシーに欠けるし、気も利かないし怠け者だし」 「別に【レッドベリルのマスター】さんの事とは言ってない」 「……うぅーっ」  この姉、どうしようもなく意地悪だった。 「そういう人は、大切にしてあげよう」 「いきなり何よぉ」  相変わらずの笑顔のまま、台所の方へ顔を向ける虎目石姉さん。  釣られて、あたしもそっちへ顔を向ける。 「よし、これで全部だな。後は強火で煮て、沸騰したら中火にしてアクを取る。取ったら落としぶたして待つだけだ」 「はぁー、やっと終わりぃ? 何だか疲れた」 「終わりじゃねぇって。盛りつけて、テーブルに皿を出すまでが俺達の仕事だ」 「何真面目なこと言ってるのよー」  二人で向き合いながら、楽しそうにおしゃべりをしている二人。  ……むぅ、デレデレしちゃってさぁ。もしかして置石姉さんの谷間でも見てるんじゃないでしょうね? 「匂いだけなら、美味しそう」  そんなことを呟く、虎目石姉さん。 「あ、当たり前でしょー。マスター唯一の取り柄で、一番の特技なんだから」  そう。  昔からの夢だからといって、ずっと練習していたという、自慢の特技。  ペリドット姉さんにも負けない、美味しい料理を作れるんだから。 「料理に関してだけは、自慢出来るマスターだよねぇ」 「自慢するんだ」 「え、う……別にいいでしょっ! 大体、一つぐらい取り柄がないと宝石乙女のマスター失格よ、失格!それに料理が出来るからって、いつもは仕事で疲れたーとか言って手抜きするんだから」 「手抜きが嫌か? なら自分で作れよ」  ……と、後ろからの声。  いつの間にかマスターが、あたしの背後に立っていた。何だか少し怒った様子で。 「え、な、何よ! 別にダメなんて言ってないでしょ!」 「というか、俺はそろそろレッドベリルにも飯を作ってもらいたいんだがなぁー。一人で」 「う……だ、だって、マスターをギャフンと言わせられるようになるまでは、その……ごにょごにょ」  いつもの調子になれず、口ごもってしまう。  男の癖に、見下ろしてくるなんてずるいんだから。ただでさえ体が大きいんだから、少しは威圧感とかで気を遣いなさいよね……。 「ちょっとー、早く用意しないのー? 火ぃ止めるわよ?」 「あぁ、頼むー……さて、皿用意しないとな。レッドベリル、手伝ってくれ」 「えー。仕方ないわねぇ」  何だ、食器を取りに来ただけだったんだ。  まったく、先に言いなさいよね……立ち上がり、二人列んで食器棚へ向かう。 「本当に、仲がいい」 「っ、そんなんじゃないもん……」 「いただきます」  虎目石姉さんが、丁寧に手を合わせてから箸を持つ。  テーブルの上には深めの皿が4つ。それぞれに2個ずつ、ロールキャベツが入っている。  鶏ガラスープと、それに半分ほど浸っているロールキャベツ。周りには細かく切ったベーコンが漂っていて、いい匂いを漂わせている。 「さぁー、どんどん食べなさいよー。あたしが普通の料理作れるって、思い知らせてやるんだから」 「さっきはキャベツをゆでるのを忘れて……」 「それは言うなーっ」  早速、いつもの言い争いを始めてしまう二人の姉さん。  そんな二人を横目に、ロールキャベツを一口。  ……くやしい。けど、美味しい。ほとんどマスターがやっていた気もするけど、なぜかくやしい。 「うまいか?」 「へ? あ……別に」 「何だ、置石が普通に作って、ホントにギャフンと言わされたか?」  妙に腹立たしい、マスターの笑顔。  何もそんな顔で笑わなくたって……むぅ。 「さて、俺も食ってみるか……ん、なかなかいけるな」 「よぉーし、これでみんな思い知ったわねー。あたしがちゃんと料理が出来るって」  今日初めて一品作っただけなのに、鼻高々の置石姉さん。  何だろう、別に勝負していた訳でもないのに、敗北感を感じてしまう。 「それにしても、意外と【レッドベリルのマスター】って教え方上手いじゃない。何ならもう一回教えてもらおっかなぁー」  ま、またっ!? 「だ、ダメ! 今日はお試しなんだから! 次からは授業料っ、もしくは順番!」 「……レッドベリル、一体何を言っているんだ」 「へっ!?」  や、やだ。あたし、何を口走って……。 「さっきまで、レッドベリルも料理を教えてもらうって、話してた」  ロールキャベツを一口食べる虎目石姉さん。あの笑顔で。 「虎目石姉さん! そんなことあたし言って……」 「何だ、お前もロールキャベツ作りたいのか?」  混乱するあたしに、マスターが顔を向けてくる。 「べ、別にそれは姉さんが……」  そう、別に教えてもらうつもりなんて毛頭ない。  毛頭ない……けど、何だかこのムードだと、教えてくれるってこと、かな?  ……そうそう、あたしは教えてもらう気なんてないの。でもマスターが教えるっていうなら、それを断るのは乙女として失礼よね、うん。 「ま、まぁ、教えてくれるなら、そうしてくれて構わないわよ」 「何だそりゃ? まぁいいや。じゃあ今度材料買ってきたときにでもな」  結局、あたしもマスターにロールキャベツの作り方を教えてもらうことになってしまった。  どうしてこんな流れに……まぁ、このまま置石姉さんに負けたような状況になるのも嫌だし。  ギャフンと言わされたんだから……返してあげないと、乙女として恥ずかしいわよね、多分。 「あらぁ? レッドベリルったら、あたしに対抗するんだぁ。ふふふ、お姉さん楽しみよぉー」 「な、何よ! 置石姉さんだって覚えたばかりなのにっ。あ、あたしなんて一回教えてもらっただけですごいの作るんだから!」 「ふっふっふー、楽しみにしてるわよぉ。という訳で【レッドベリルのマスター】、また今度もよろしくねー」 「だ、ダメ! これはあたしのマスターなんだから!」 「こら、飯食ってるときに腕引っ張るな!」 ----

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