SS1スレ目 > 101-104|作者:日本鬼子むかしばなし◆xBDQYgw7Bg |編集:編集人

101 名前:日本鬼子むかしばなし1/4 ◆xBDQYgw7Bg 投稿日:2010/10/26(火) 05:40:50 oECtKDoT 


 鬼子という、齢十六、七と思しき娘ごがいた。ひとりでお山に棲んでいる。お山を下りれば里があり、沢山の里びと達が賑やかに暮らしているというのに、鬼子はひとりきりなのだ。
 時折里に出ては、お山では手に入らぬ食べ物を蓄えたり、戯れに人と交わったり、下賎なあやかしを気まぐれにとっちめたりするのであるが、どうにも思うようにゆかぬのであった。

 「おお!これは何という魚じゃ」
 別嬪さんよ、晩飯にどうだい。声をかけられ立ち止まった鬼子は興味津々、灰青色の魚を指差した。
 「なんでぇ嬢ちゃん、娘が鱒も知らねえってんじゃ、おっかあが嘆くでよ」
 「……母上はもうおらぬ。余計な世話じゃっ……」
 「そいつぁ悪かったな。そうだ、こっちの雑魚は小さくて売りもんにならねえんだ。持ってきな!」
 途端にしょげて小さな唇を尖らせた鬼子に同情したのか、男は脇のざるを示しとりなす。
 盗まず堂々と貰えること、何より人の気遣いや好意を受けたことが嬉しく、こそばゆい。鬼子の気分は一気に高揚した。
 「よ、良いのかっ!?」
 「はっは、機嫌が直った、か…っ…!」
 「ん、どうした。早うこちらの籠に入れ…」
 「おま、おまえそそそその目、目がっあ、あかあかあかっ!赤くっ!」
 俄かに慌てふためく男に鬼子ははっとした。
 里では人になりすます為、豊かに艶めく黒髪と般若の面で角を隠し、妖気を抑え赤い眼と鋭い爪を隠している。
 しかし気が立ったり奮ったりすると、自ずと妖気が溢れ止めようもない。鬼子はまだ若かった。

 「鬼が出たあああ食われるうう!!」
 「むっ、無礼な!誰が貴様なぞ食うものか!……あ、待たぬか。こちらは大事な売り物であろうっ?」
 「ぎゃああああ!!」
 捕らえられると思い込んだ男は一目散に駆け出した。鬼子は忘れ物を渡してやろうと追った。が、その光景に畏れおののき里びと達が逃げ惑い、次々と門戸が閉まり、辺りががらんとしたのに気づくと、鬼子は立ち止まった。
 「なんじゃ……」
 俯きすんと鼻をすすると、ざるが落ち散らばった雑魚を背負った籠に入れ、男の魚籠を見遣る。
 「これではまるで、奪い取ったようではないか!」
 誰にともなくそう言うと、鬼子はむくれ――極めて不満げに――男の去った方へ足を向け、彼の家らしき平屋の軒先に魚籠を置いた。
 「鬼の話を聴きもせず逃げるとは、人は卑怯者じゃのう!」
 という捨て台詞と共に。

 とぼとぼと歩を進める先に、幼子が賑やかに戯れる神社の境内が在った。
 羨ましげに遠目に眺めていた鬼子は、ただ賑やかというのとも様子が異なるのを察した。
 「やめてよう……」
 「おれらが先に遊んでたんだぞっ」
 「おれは先一昨日から今日此処で遊ぶと決めとったんだ」
 「そんなん狡いや!」
 まだ五つ六つの幼子と、やや年嵩の一人が諍いを起こしていた。子供にも縄張り争いはあるようだ。鬼子は溜息をつきそっと離れかけた、が。
 「……!あれは、あやかし!」
 鬼子に背を向ける位置に来た年嵩の男児を睨む。
 後ろ頭にべとりと張り付いている小さな異形はしかし、本人にも他の子供にも視えてはいないらしい。
 実体を持たぬ低級妖怪だ。故に人に取り憑き、その心の弱きを啜り妖気を蓄え、やがて宿主に成り代わる。

 「童子を狙うとは誇りの欠片もない下衆め。放っておいては危険じゃの……」
 鬼子は背負った薙刀を抜き、それを縛っていた襷で素早く袖を処理すると、えいやあと踏み出す。
 その場の支配者は幼子達からいじめっこの男児へ、そしてあっという間に鬼子へと移った。
 どうやら鬼に目を付けられていないと踏んだ幼子達は、わっと蜘蛛の子を散らしたように逃げてゆく。
 だが、的となった男児はすっかり怯えへたり込んでしまった。無理もない。立派な角を生やし斜めに被った般若、文字通り鬼気迫る赤眼に獲物を携え、己に向かって鬼が突進してくるのだから……。
 「きええい!」
 「うひいぃ……っ!!」
 引き攣った声を漏らし頭のてっぺんを抱えうずくまった男児が、――いや、男児に取り付いた妖怪が――素早く体勢を変え起き上がる、鬼子は咄嗟に回り込み、妖怪が男児の体を仰向けに倒す前に、しゅぱんと一閃――。
 仕留めたのは、姑息にも宿主を盾にせんと企んだあやかしだけ。男児にはかすり傷一つ無い。
 鬼子はふうっと息を吐き、努めて妖気を鎮めた。角が元の短さに戻った感覚がある。
 はて童子はと振り返り覗き込む。前に流れた真っ直ぐな長い髪を耳にかけた。
 「おぬし。邪を祓うて、すうっとしたじゃろう?もう大丈夫…」
 優しく微笑み手を差し延べると、べそをかく男児はしかし尻でずり下がった。わななく脚で辛うじて立ち上がり鳥居まで後退ると、突如身を翻す。
 「ひ、ひ、ひ、ひやああああ…っ…」
 鬼子はその背中がよたよたと遠ざかるのを、ただただ、じっと見送った。
 その時間は永遠のように長かった。

 あれだけ騒がしかった境内が、今は驚くほど閑かだ。
 「憂さ晴らしに具合が良かっただけじゃ。別に構わぬ……礼が欲しかった訳ではないわ。慣れておる故。べ、別に…ひぐっ」
 強がりも此処まで。とうとうしゃくり上げて、あの男児のように泣き出してしまった。

 寂しかった。
 もどかしく、哀しかった。
 「また、うまくいかなんだ……」
 本当はいつも友を求めているのだ。だが如何せん要領が悪く、失敗ばかり。
 本当は心優しき鬼子のことを理解してくれる里びとは、現れそうにもない。
 こうして少しずつ、鬼子の素直な心は捻くれ、傷付かぬよう固い殻を纏うようになってゆく。
 けへけへけへ。
 座り込み、終には薙刀も投げ出し両手で顔を覆ってしまった鬼子は、微かな声を聞き顔を上げた。
 「ん?あのあやかしの仲間、か…なな何じゃこれは!」
 きゅうん。
 座る鬼子の視線、その僅か下。厳めしい般若面が小首を傾げゆらゆら揺れ、実に庇護欲をそそる愛らしい声を漏らした。
 「犬……ああ、そうか。立ち回った折に面を落としたか」
 それをくわえたりつついて戯れる内に、たまさか被ってしまえたのだろう。
 「ぷっ……おおすまぬ、笑うつもりは、ふ、ふふふっ」
 大泣きして、笑って。鬼子の無防備な様子に安心したか、その似合わぬ顔を赤べこのように揺らす四本足は、そろそろと近付いてきた。
 「温かいのう」
 撫でた毛並みも涙の跡を舐める舌も、鬼子には好ましかった。孤独にひりひり痛む心を癒してくれた。
 「おぬしもひとりか?お山で暮らす気はあるかのう?……そうじゃ、我が供となるが良いぞ!」
 きゅわっ。
 「これ。返事か欠伸かはっきりせい!ふふふ」
 鬼子は嬉しげに笑った。友ではないがお供が出来た。もう、ひとりではない。

 但し残念ながら、前述したように鬼子は要領がすこぶる悪い。
 この出会いもまた、「お山の鬼が奇っ怪な妖怪を仲間にし使役し始めた」と噂になり、更に里びと達から畏れられる元となるのであるが……。
 それはまた別のはなし。


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最終更新:2010年12月21日 03:30
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