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走り書き裏小説之一


走り書き裏小説之一のことはじめ。

  走り書き程度の小説の一番。
  走り書き程度だし、裏サイドなので、
  微グロ、フェチ要素が含まれている可能性大。


夜行地下鉄相剋四号線。


…夜が黄昏色を遠く山の向こう側に名残を残す程黒い緞帳を広げるころの物語。…

"わたし"は、今日も電車に乗って家に帰る所だった。
今日も漫然とシートをいつも独占して、
安い夕刊を広げているサラリーマン達に落胆しながら、
微妙な混雑の中、高架の外側が見える窓にもたれ掛っていた。
内心、"毎日、同じ場所を通っている。"はず、だとわかってはいるが、
ときおり、"わたし"の中の「童心」が騒ぐのか、
電車の窓の光景に見入っている自分がいる事に気づいて、
ときたま苦笑していた。

"わたし"は県内有数の進学校に通っている為、
三十五分もかけて通学している。
しかも徒歩十分、電車二十五分ときている。
"わたし"は、学校の近くの駅から、
六駅ほど離れている駅の近くにある、
マンションに住んでいる、
いや、正確には、"親兄弟と一緒に"といったほうがいのだろう。
クラスメイトからは、性格のことを「生真面目」と云われるのだが、
反対に"わたし"からみれば、
クラスメイト達のほうが「ふざけてる」のだと"思う"、が、
正直そんな事はどうでもいい。
後、一年と四ヶ月もすれば、バラバラになってしまう。
そんな事で感傷に浸れる仲でもないから。

そんな思案をしている内に、沼地や雑草がおいしげる草原の中に、
「○×ニュータウン」とか書いてある、コンクリートの板の群れが見えてくる。
経済成長まっさかりの十数年前に、
建てられたらしい計画のうたい文句の成れの果てだ。
しょせん企業や政治家たちが盆踊りでもやるようなノリで、
事を始めたらしいが、いまでは、計画者を皮肉る墓標にみえてしかたない。
そんな大人の身勝手な事情に苦笑しながら、
視点をやや手前の草原に移すと、
普段は見かけなかった"もの"がそこには有った。
"バス停の看板らしき物と停留所らしいもの"が有った、
が、しかし、それが"道路の脇"なら納得いくものだが、
"草原"の中にある。
しかも、"工事予定地"と書いた看板があって、
木の杭とワイヤーで出来た柵の内に有る。
電車の中の"乗客達"を見回してみたが、
気付いてないのか無関心の模様だった。

丁度、駅に止まったので確かめるべく電車から降りてみた。
普段帰宅の為に降りる駅の一つ前の駅であったので、
定期を通して改札を抜けて、草原の方へ向かってみる。

生い茂る草は"わたし"の背と同じぐらいだったので、
木の杭に上って向こうを確かめる。
確かに"バス停の看板らしき物"の上が見えた。
柵沿を草むらの切れ目を探してみた。
少し歩いたらいけそうなところみつけたので、
柵をのりこえて進んでいく。

三分ぐらいまがりくねった草の切れ目を歩いていくと、
草が無く、レンガが敷かれた空間があった。

そこには確かに、"バス停の看板らしき物"があったが、
しかし"それ"には、"地下鉄相剋四号線"と書いてあった。

"わたし"は、「なんで地下鉄?」と思わず声を上げた。
地下鉄への階段ならともかく、
みたくれが修学旅行で行った広島の路面電車のホームそっくりなものが、
草原の中に放置されているのである。

ホームらしきものに近づいて見ると確かに線路がある、が、
電線らしいものが見当たらない。
ホームのうえにあった"バス停の看板らしき物"は、
路線図と時刻表であった。
そこの路線図には、
~'夜叉ケ池'→'水底町'→'裏吉原'→
'化野無縁'→'灯篭ヶ浜'→'賽之目河原'→
'六道之辻'→'恐山'~
と、

<弐千六年十二月十九日更新途中>