智治「いよいよ、出番だな」  つぶやきながら、俺は振り返る。 智治「どうする? 怖気づくなら、今のうちだぞ」  緊張をごまかそうと、わざとそんなことを言ってみる。 智治「無理するなって。声が震えてるぞ」 智治「……いや、俺のはアレだよ。ほら、武者震いってやつ」  不満そうな彼女の声。  それが今日は、いつにも増して愛しく思える。 智治「しかし……なんだ」 智治「まさかお前と二人で、コレに出ることになるなんてな」  始まりは、些細なものだった。  いや、今だってそうだ。  思い返してみれば、特別なことなんて、何もなかったような気もする。  別にどうってことのない、どこにでもいる普通のカップルなのかもしれない。  ありふれた二人のまま、俺たちは、ちょっとだけ特別な舞台に立つ。 智治「じゃあ、行こうか――」 無名「ええ、そうね。それじゃ、とりあえず立ってくれない?」 智治「え……?」  ガターーーーン! 智治「ぐはぁ……っ!?」  横向きに突き倒されて、頭やら腰やらを床に思いっきりぶつけてしまう。 智治「な……何事……?」  側頭部を抑えて悶絶する俺に、聞きなれた声が追い討ちをかける。 悠姫「何事、じゃないわよ。人が散々起こしてあげてるってのに、いつまで寝ぼけてるワケ?」  悠姫のやつが俺をにらみつけていた。  机に突っ伏していた俺を、横から突き落としたらしい。容赦ねー。 智治「…………」 智治「ああ、そうか」 智治「今、会議中だったっけ」 悠姫「とっくに終わったわよっ!」 智治「あ、そう……」  がたごと。  もぞもぞ。  どさっ。 智治「ぐう……」 悠姫「寝直すなーっ!」  ガターーーーン! 智治「ぐあああっ!?」 智治「な……何事……?」 悠姫「…………」  疲れた表情で、悠姫はため息をついた。 智治「何だ、疲れてるのか? あんまり無理したら……」 悠姫「全部アンタのせいでしょ!」 智治「冗談だ」 悠姫「ハア……ったく、何でアンタなんかが代理に選ばれるのよ」  それはこっちのセリフだった。  来月開かれる文化祭の実行委員として、クラス委員長でもある悠姫と、もう一人、大山ってガリ勉の男子が選ばれていたはずだった。  が、なんとその大山が、季節はずれのインフルエンザで昨日から出席停止に。  で、なぜかその代理役として、俺なんかが担ぎ上げられたのだ。  それで今日の放課後、その会議が行われていたわけだが、これが退屈で退屈で仕方がない。  必然的に、思いっきり熟睡してしまったというわけだ。 悠姫「アンタねえ、会議の間くらい、せめて起きている程度のことはできないの?」 悠姫「大体寝起き悪すぎ! 怒鳴ってもゆすってもひっぱたいてもぜんっぜん起きないんだから」 智治「昨日あんまり寝てないんだ」 悠姫「今日一日中寝てたでしょ」 智治「低血圧なんだ」 悠姫「聞いたことないわよそんな話」 智治「鉄分が不足してるんだ」 悠姫「ほうれん草食べろっ!」 悠姫「ったく……バカ言ってないで、いい加減教室に戻るわよ。ほら、さっさと立つ!」 智治「へいへい」  もう少しぐずぐずしていたかったけど、仕方がない。  俺はしぶしぶ立ち上がり、さっさと出て行く悠姫の後を追った。 悠姫「あ……」  不意に悠姫が立ち止まる。 智治「ん?」 智治「ああ……」  視線を追うと、一枚のポスターが目に入った。 智治「ミルコンのポスターか。参加者募集中、ねえ」  ○○(学校名)ミルクコンテスト。通称ミルコン。  女生徒たちが、母乳の量や味、あふれ出る光景や、胸、容姿、衣装の美しさなどを総合的に競う、文化祭の花形的行事だ。 悠姫「…………」 智治「……もしかして、出たいのか?」 悠姫「ちっ、違うわよ!」  真っ赤になってあわてて首を振る。 悠姫「一番大きなイベントだから、準備とかも念入りにやらないと……って思ってただけよ。別に、出たいわけじゃ……」 智治「ふーん……?」  じーっと悠姫の目を見つめる。 悠姫「な、何よ……」  そのまま視線を少し下げる。  ……乳首が立っている。  嘘だな。 智治「ちょーっといいなぁ……とか思ってるだろ」 悠姫「わ、悪い? いいじゃない、ちょっと思ってみるくらい」 智治「いいじゃん、出てみれば」 悠姫「へ?」  驚いたように目を丸くする悠姫。 智治「まあ、黙ってたら、顔はきれいな部類だし、胸も大きいし」 悠姫「そ、そうかな……って、何よその黙ってたらって」 智治「そして何より」  悠姫の言葉を無視して、俺は無造作に両手を伸ばした。  むにゅ。  二つの胸がぷにょんと揺れる。 悠姫「……え?」  そのままぎゅっと搾った。  ぎゅううっ。 悠姫「ひっ……!」  ぶしゅううううううっ!  途端に、両方の突起の先から、白濁色の液が噴き出す。  悠姫の母乳だ。 智治「出がいいし」  自分にかかるのも気にせず、濡れて透けている胸元を眺めながら一言。 智治「今日はピンクか」 悠姫「……っこんのぉ……!」  結構マジな勢いで飛んでくる右フック。  それをすれすれで回避して、すっと背後に回りこむ。 智治「んだよ、つれねーなぁ」 悠姫「ひゃあうっ!?」  そして後ろからわしづかみにする。  その途端、またもや母乳が勢いよく噴出する。 智治「せっかく褒めてやってるんじゃねーか。素直に……」  コカーン! 智治「ハウ……ッ!?」  悠姫の後ろ蹴りが、俺のウィークポイントを直撃した。 智治「てめっ……それ反則……」 悠姫「もう……知らないわよ!」  悶絶する俺を一瞥し、悠姫は怒り心頭といった感じで駆けていってしまった。  一人廊下に残され、情けない格好でうずくまる俺。 智治「あー、くそ……使えなくなったらどーすんだ。まだ若いのに……」 智治「昔はもう少しかわいげってやつがあったはずなのに)、いつからこんなに曲がって……」 智治「…………」 智治「俺のことか、それは」  体を起こして、もう一度ポスターに目を向ける。 智治「ミルコン、ねえ……」  大勢の観客。  華麗な衣装。  そして、母乳。 智治「あいつなら、意外と……いや、実際似合うんだろうな」 智治「かなり、な」  …………。 悠姫「ほらあっ、いつまでボーっとしてるのよ!」  突然響いた悠姫の声。  見てみると、階段の前で腰に手を当てて怒鳴っている。律儀にも待っていてくれたらしい。 智治「…………」 智治「……ははっ」  立ち上がって、軽く体をはたく。  あとを追って、俺は小走りに走り出した。 智治「おい、待てよ、悠姫」