龍宮真名無頼控


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 気が付けば、仲秋。
 あれだけ江戸で歌いつづけた蝉も少しずつ静かになりつつあり、季節は秋へと移ろうとしていた。
 時は未の刻。どこかの小路を刀を帯びた浪人者が歩いていく。
 名は龍宮真名。歳はまだ若く。輪郭もすっきりとした顔立ちである。しかし、小股の切れ上がった女と呼ぶには憚られる。どこかこの端正な顔立ちにも影が付きまとっているように見えた。

――ここか。
 何処まで歩いたであろうか、真名はようやく歩を止めると、自らの正面――暗闇の中に移る武家屋敷を見つめた。
 そして、辺りを見廻し、人気が無い事を確認すると、塀を踏み越えて内部に進入していった。
――寝静まっているのか、物音一つしない。
 庭に降り立った真名に聞こえるのは自らの呼吸の音だけである。
 真名は位置を確認しつつ、昼間に見た屋敷の構図を思い出しながら目当てとする場所に静かに進んでいった。
 そして、目的の場所の障子を静かに開けた。中には薄暗いよくわからぬが、女が一人眠っている。先程まで香を焚いていたのだろう。白檀の香りがした。
 真名は刀を静かに床に置くと、寝ている女の掛け布団を剥ぎ、胸元に手を差し入れ、体を隅々まで愛撫し始めた。
 これにはさすがに眠っていた女も気づき「曲者」と叫ぼうとしたが、どういうわけか心地よさからか声に力が入らぬのであった。
「静かになさったほうが幸いです。家中の者が起きます。なに、特に何の事は無い。あなたの操を頂きたいだけでございます」
「えっ」
 暗がりの中で娘はあまりの事に驚いているようであった。
「無駄に、抵抗なさるのも恥と弁えなさるが良い」
 真名はそれ以上何も云わず、娘の寝巻きを剥ぐとその上に覆い被さった。
 褥にはかすかな喘ぎ声が響く。
 娘はさすがに初めてであったのか、硬直して震えているだけだったが、真名はお構いなしに胸の汗ばんだ肉を手でしなやかに包み、また時に口付けし、赤子の様に吸い。存分に弄んだ。
――成るほど、これは花の散らし甲斐がある。
 顔は相変わらず薄明かりの中では判別しにくかったが、そこそこ美人の顔立ちであると想像ができ、何より娘の体の線が細いが、
中々に所々の肉付きが良いふっくらとしている肢体と、いかにも年頃の娘と云った趣の柔肌の香りと感触が、真名のたまにしか出ることの無い欲情をかきたてたのである。
 やがて真名が足を開かせ、指三本を用い下の観音を淫らに愛撫すると、娘は我慢できぬのか切なく息を悶えていたが、
 真名の技に屈したのか、低く「ああっ」とうめいたあと、ぐったりと息を吐くだけとなった。
 事が終わり、乱した衣服を整えた真名は愛刀を腰に据え、外廊下に通ずる障子を静かに開けた。
――先程までは薄曇であった空に月が光って居る。その月明かりが、褥を静かに照らした。
 どうやら、自分の感に間違いはなかったようだ。真名は自嘲した。
 先ほどまで自らが犯していた娘は確かに――麻帆良藩江戸家老、学問指南役明石教授の娘、裕奈であった。
――美しい娘だ。
 そう思いながら、真名はしんと静まり返った渡り廊下を歩き、この屋敷の主人、明石教授の寝間の障子を開けた。
 布団には一人の男が寝ている。歳若く三十路と見た。顔は細く、才覚を感じさせるような面構えをしている。
 男は床の間の侵入してきた者に気づいたのか、目を開け呟いた。
「何者だ……」
「私、龍宮真名と云う無頼の者。本日は少し依頼された仕事を果たしに参りました」
「仕事と……? 私を斬るつもりか」
 明石教授は一寸前と打って変わり布団から飛び上がるや後ろに仰け反った。
「おっと、人を呼ぶのは無しにして頂きたい。呼ぶ前にご家老の首が飛ぶでしょう。
それに、今日の目的は貴方を斬りに来たわけではない。何、大した事ではございません。ただ先程――ご家老のご息女には操を捨てて頂きましたが」
「なっ……ふ、不埒なうつけものが」
 わなわなと震える明石教授の絶句にも暇なく続けた。
「しかし、その時にご息女が身に付けていらした面白いものを見つけました。これはなんでございましょうか」
 そうして真名は意地悪く云うや否やは胸元からきらりと光る鎖につながれたものを明石教授の前に差し出した。
 ――それはぜうすのくるすであった。
「耶蘇教は未だお上によって禁制の筈。それを麻帆良藩家老が隠れ切支丹であったなどと言うのは良くて切腹。
悪く麻帆良藩は御家お取壊しと相成りましょう」
 左様。江戸二百年。未だ日本は鎖国であった。
 ましてや江戸に近い麻帆良藩の家老が隠れ切支丹であったなどと云うのは大事件である。
 恐らく切腹どころでは済まず、一族郎党根絶やしにされる。それが幕府の切支丹に対する態度であった。
「……何が望みだ」
 沈黙の後、苦虫を噛み潰した顔をしながら明石教授は問うた。
 その顔は困惑以上に深い落胆の色を示していたようであった。
「いえ、何のことはありません。近衛近右衛門の藩政の邪魔はしないで頂きたいと申し上げておきます。
要は頭を丸め隠居なさって頂きたいのです。また、私は雇われの身でこれが終われば無様な浪人者。
それに、密告による恩賞など、はなからそんなものは野垂れ死にが相応しいこの無頼者には不要と存じております。
ただし、今、私の云ったことを破られますと……後は申し上げるまでもないでしょう」
「やはり、近衛の手のものか……」
「要件はお伝え致しました。追っ手を出すも出さぬも好きになさるが良い」
 真名はそれだけ云うと明石教授の返事を待つ事無く、踵を返し先程通った渡り廊下にゆらりと足を運んだ。
 そして、数間進み、先程の裕奈の寝間で立ち止まった。
 それは真名の奥底にどこかあの娘の顔を拝みたいと云う気持ちがあったからかも知れぬ。
 障子は先程と変わらず真名が月明かりを入れるのに開いたままとなっている。
その中に居る裕奈は先程の絶頂による気絶から目覚めたのであろう。ぼんやりとし、乱れた着衣はそのままとなって居る。
 廊下に真名の姿を認めるや、
 そのまま、じぃと真名の顔を――先程、自分の閨に夜這いに入り、初めての操を奪った者の姿を凝視した。
「先程は失礼を致しました。許しは乞いますまい」
「……貴方様のお名前は」
「もうお会いすることもありますまいが……龍宮真名とでも名乗っておきましょうか」
「龍宮様……」
 真名は裕奈が自分を見る目がどこか潤んでいることに気づいた。
 しかし、真名はその目を見るや、疾風、庭を駆け、隠密さながらの跳躍で塀を踏み、その姿を消した。
――あのような純な娘ですら隠れ切支丹であるのか。
 真名は操を奪う際、娘が蚊のような声で「ぜうすさま」と囁いたのを思い出し、心に疼痛を覚えていた。
 それは彼女の出生の秘密にも関ずるが、ここでは深くは語らぬ。

――恐らく、明石教授は追っ手を送ってくるであろう。
 何しろご禁制の切支丹を信仰していたという秘密を暴かれたとあっては生かして返してはおけまい。それが、好敵手である近衛の者であれば尚更だ。
 しかし、真名は先程明石教授に語ったようにそんなものを告発するつもりは毛頭なかった。それは幕府に限らず、雇い主である近衛近右衛門に対してもであった。
近衛からは藩内の政敵である明石教授に対し何らかの弱みを握って、脅迫せよとは言われていたが、
実は明石一族が隠れ切支丹であったとは真名自身予期していなかったのである。
 真名としては娘の裕奈を犯した後、誘拐でも行い、明石教授を脅す算段であった。元々無頼で死生観の無い女である。
 そんな汚れ仕事にも慣れている上、何の感慨も無かった。しかしぜうすのくるすを発見した事で状況が変わった。
ぜうすのくるすを使って脅迫したほうが手間がかかるまいと考えたわけである。

――やはり、来たか。
 屋敷を辞してからさして時間は経っておらぬ。真名が人気の無い裏路地を抜けたところで、
 後ろからバタバタと駆けて来る足音が聞こえた。
 恐らく、八人ほどであろうか。真名は振り返り際に徒党に問うた。
「麻帆良藩江戸家老、明石教授の配下の方々とお察しするが」
 いかにも屈強と形容すべき武士達からその問いに対する答えは無かった。彼らはただ黙って殺気を放ち白刃を抜き始めた。
 真名は影を帯びた表情ながらにぃと笑う。
「明石殿の心配は分かる。だが、私は不用意に当家を潰すつもりも無益な殺生をするつもりも毛頭無い」
 真名は続けた。
 「だが、それでも来ると言うのなら」
 話しながら、ゆっくりと刀が鞘から解き放たれた。
「この龍宮真名の円月殺法……とくと味わえ!」
 云うや否や、刀を下段から上段に回し、ゆっくりと円を描き始めた。
 ――それはまるで頭上の満月の如し。
 その妖しさは対峙している者の心を惑わし、追っ手は誰一人斬りかかるものがなかった。
 そして、描ききった次の刹那。
 一人がその妖しげな動作に答えきれなくなったのか、刀を上段に構え、真名の許へ全身全霊を込めた叫びと共に駆けた。
 そして、その後ろにもう一人が続く。
 しかし真名はその第一の男の白刃をなんの取りとめもなくゆらりと身を翻すや、
避けの動作とはうって変わった俊敏さで胴を薙ぎ、振り向き様に背中を一閃。
 続けて向かってきた第二の男に至っては何時、真一文字に斬ったのが分からぬ程の速さで、
男は真名から数歩歩いたのち、首が胴体からボトリと落ちた。
 その光景は見る者に恐怖を与えた。
 男の首元から何尺も吹き出た血飛沫を体に受けながら、真名はゆらりと郎党の方に向きなおし、何の事は無いといった表情で――しかし、静かに重く云った。
「さて、お手前方の中でこうなりたいと思うのであったら、迷わず前へお出で願おうか。私が冥府への案内人となろう」

 残った六人が断末魔の叫び共に無想正宗の贄となるには、そう時間はかからなかった。

嘘次回予告

「なんや~~あんさん~~――ただものじゃおまへんな、何者や」
 柳生とも違う流派の二刀流の女は先程のゆったりとした口調から一転し、重く、はっきりと口にした。
「名乗るほどのことは無い。だが、お前ほどの手錬れを今殺るのは惜しい。引け」
「そうでおますな。お互い雇われの身さかい」
 だが、お互いの脳裏にはどこかでまた、相対する運命を感じずにはいられなかった。
 それは修羅場を潜って来た身から成る経験と、勘によるものに他ならなかった。

 南蛮より持ち込まれたというぜうすくるすとの聖骸布、
 隠れ切支丹越前屋の云ういんへるのとは。乞うご期待。
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