第零話 プロローグ

 駅より近く、辺りを一望出来る、且つコンビニも直ぐ其処にあるという立地条件の良いビル。その中にとある探偵事務所が入っている。その名前は
桂木弥子探偵事務所と言い、その手の者にはそれなりに知られた事務所だ。
 そして、その事務所の中で一人の少女がソファーに腰掛け数学の問題集とにらめっこを続けている。既にページにかけた指が動きを止めてから随分
と時間が経っていた。何度も右手でペンを回しているが、だからと言って脳の回転が速くなる訳でもないらしく、徐々に雑になるその動きは本人の苛
立ちを象徴するには十分すぎる程であった。
「あーやっぱり無理。後で叶絵にでも教えてもらおう」
 物言わぬ本と対峙する事更に数十分、少女はとうとうギブアップ宣言をして正面のテーブルに突っ伏す。そしてスカートのポケットから携帯を取り
出して、電話帳の欄を眺めだした。
「どうしたヤコよ。助けてほしいなら助けてやるぞ」
 ふと、少女の耳元に男の声が入ってきた。が、返事をする間もなく次の瞬間には少女はソファーから吹っ飛ばされて地面に叩きつけられる。
 全く奇怪な現象の筈だが、当の本人は意に介した様子も無く、体の心にまで響く激痛に耐えてふらつきながらも立ち上がる。そして、偶然にも正面
になった、室内でも一際大きなテーブルでパソコンに向かっているスーツ姿の男に向かって怒鳴り声を上げた。
「ちょっとネウロ! 人が真剣に悩んでいるのに、ていうか言っている事とやっている事が違う!」
「ふん、その程度の謎も解けない分際で何を言うか」
 だが、ネウロと呼ばれたその男は至極当然そうにふんぞり返って不満を漏らす。そして、パソコンに視線を落としてキーボードを叩き始めた。

 この男は、正確にはこれに称されるような人間ではない。名は脳噛ネウロ。魔界の住人だ。今は何処にでもいそうな青年の姿をして
いるが、本来の姿は人間とは遥かに異なる。そして、彼が常識外の力をもってして地面にたたきつけた少女、彼女は桂木弥子と言い、
この探偵事務所の所長である。とは言え実際弥子はネウロの傀儡に過ぎない。とある事件をきっかけに二人は出会い、そしてネウロの
要求を満たす為に弥子は仮の探偵として不運にも選ばれてしまったという訳だ。
 謎を喰う事。これがネウロの要求。初め、弥子はその意味がまるで分からなかった。ネウロによると、それは悪意のエネルギーで、
単なる悪戯から重大な犯罪まで様々な行動を引き起こすもの。しかし、普段は外部から身を守る、言いかえれば自分が犯人であると周
囲の人間に悟られぬよう隠してしまう。これが謎なのだという。
 魔界という、人間にとって全く馴染みの無い世界の存在であるネウロにとっては、この謎こそが食料なのだ。人が食事をせねばやが
て飢えて死んでしまうように、謎は彼にとっても必要不可欠なもの。そんな謎を求めて、はるばる人間の世界にやって来た。
 とても常人には理解しがたい内容。そんな事を平気で言ってしまうネウロの側で、紛い物とは言え探偵としての仕事をこなしていく
うちに弥子は受け入れるようになっていた。同時に、これは幾人もの犯罪者と向き合う事で彼女が人として成長を遂げている事にもな
っていたのだが、それはまだ弥子本人は自覚をしていない。

 そしてネウロは、今日も時折弥子にちょっかいをだしながら謎の在りかを求めていた。
「おや、これは」
 暫くして、ネウロの目があるサイトに止まった。彼の顔に、笑みが浮かぶ。その瞬間、彼の口元から涎が零れ落ちるのを、弥子は見
逃さなかった。
「ふぅ……今度は何処に行くの」
 ため息をついて、ネウロの隣に回りこむ。
 モニターに表示されていたのはある学校の風景であった。弥子が通う高校よりも遥かに大きいそれは、まさに都市と形容しても問題
はないように思えた。
「麻帆良学園だ。ここから良い謎の気配がするぞ」
 ここで一際ネウロの笑みが大きくなる。人間である弥子には、表示されている画像からでは到底意味を理解できない。少なくとも理
解しているのは、ネウロが謎の気配を感じているという事から、この学校で何か良くない事態が起こっているぐらいだ。
 肩を落として、弥子は途方に暮れる。また、宿題が遅れると。

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最終更新:2007年05月11日 22:50
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