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昇降口から外に踏み出すと、雨上がりの湿った空気がさっと私たちをつつんだ。
濡れたような月が空にかかって光る。
「ヘンな夜だね。うっかり、違う世界に落っこちそう」
傘の先で水溜りをつついて言う。
瞬間、金木犀が強く香った。
『・・・鈴木さんのほうが、ヘンだよ』
ウサギは半歩先を行く。
「ウサギはさぁ、ぜんぜん変じゃないよね。ザ、スタンダードって感じ」
言ったらウサギが眉をひそめて急いで振り返った、
『ウサギって、何』
「あぁ、あだ名。」
『誰の』
人差し指でウサギの鼻をトンっと指差す。
『俺!?』
こくり。
うなづく。
「あたし、名前覚えるのめちゃくちゃ苦手なんだよね」
『・・・・・・・』
「ねぇ、ウサギの本名って、何」
『森島 司・・・・』
「ツカサ。ふぅん」
『ヒドイな。夏に帰国してから、もう3ヶ月も同じクラスなのに』
「なんかダメなんだよね。よっぽど仲がいいこじゃないと覚えてない。クラスでは4人、くらいかなぁ」
『名前覚えないと不便じゃないの』
「不便不便。だから、あだ名。ほら、ウサギと仲がよくてうるさいあの子はオウムでしょ。
委員長はエリマキトカゲ。」
ウサギがくっと吹き出す。
『似合ってるなぁ・・・』
『でも、俺がウサギってのは納得いかない』
「いくよ」
『いかない』
「ほらウサギって、寂しいと死んじゃうじゃない。」
『ナニソレ』
「しかも可愛いし」
『可愛いって・・・・』
「嬉しくない?」
『あんまり・・・』
「不細工よりはいいじゃない。ちなみにうちの担任なんて、あんこよ、あんこ。崩れたあんこ。」
『担任の名前も覚えてないの・・・』
「今まで必要なかったんだもん。先生って呼べば、ちゃんと振り返ってくれる。」
『しかもあんこって、動物じゃないし。』
「食べ物の時もあるの~」
アタシは空に向かって伸びをする。
「気持ちい夜だね」
『そうかな』
「よし。」
私は立ち止まって鞄から携帯を引っ張り出す。
「ツカサ・・・・森島 司。 この漢字で合ってる?」
ピコピコピコ。
アドレス帳にウサギの名前が並んだ。
『え?うん』
「覚えるね」
笑う。
「ウサギは、あたしの下の名前知ってるの?」
『ハル、でしょ。』
「うん。」
「春~よ来いの春。」
「ねー、赤外線通信ってどこだっけ」
「あ、あった。はい。じゅしーん。」
「あれ、ウサギ、携帯持ってないの?」
『持ってるけど』
「赤外線通信しようよ。」
『メアド交換しようって、こと?』
「そぅ。記念に」
『ナニ、名前覚えた記念?』
「わかってるじゃん」
『や、鈴木さんは、なんか・・・よくわからないよ。』
「ハルでいいよ」
『突然だよね。いつも』
「そうかなー」
『じゃぁハル。』
「ナニ?」
『ウサギって呼ぶの、止めて』
「・・・・気に入ってたのになぁ。・・・わかったよ。ツ・カ・サ・くん」
私の携帯が、ツカサのアドレスを受信して青く光った。
最終更新:2006年10月15日 20:01