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ジョン・ダワー「『国を常に支持』が愛国か」

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朝日新聞2008年12月22日朝刊

田母神論文 「国を常に支持」が愛国か

ジョン・ダワー 米マサチューセッツ工科大教授


 太平洋戦争の開戦問題は、田母神俊雄・前航空幕僚長の論文「日本は侵略国家であったのか」の核心の一つで、日本が「ルーズベルトの仕掛けた罠(わな)」にはまって真珠湾(パールハーバー)攻撃を決行した、と論じている。

 米国にとって「パールハーバー」は記憶から消し去れない出来事だ。01年の9・11米同時テロと、これに続く米国主導のイラク戦争という選択は、その記憶を思いがけず衝撃的な形でよみがえらせた。

 米各紙は9・11を真珠湾攻撃になぞらえ、見出しに「インファミー(不名誉)」を掲げた。真珠湾攻撃に対し、当時のルーズベルト大統領が使った「不名誉のうちに生きる日」を下敷きにした表現だ。ブッシュ大統領もこれに反応し、9・11を「21世紀のパールハーバー」と日記に記した。通俗的なこの連想は、ブッシュ政権による02年9月の「先制攻撃」政策発表、半年後のイラク侵攻というブーメランとなった。真珠湾攻撃も9・11事件も米国に挑む戦争として強く非難した米国が、今度は自らが戦争の道を選択したのである。

 米の著名な歴史家アーサー・シュレジンジャーは、「予防的自衛」のブッシュ・ドクトリンは「日本帝国の真珠湾攻撃と驚くほど似ている」とし、「今度は我々米国人が不名誉に生きることになる」と鋭く見抜いた(03年3月)。

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 だが、大半の米国人は愛国主義に目を曇らされ、米国の安全への重大な挑戦とする政府側にくみした。戦争は早期に終結し、イラク戦後の体制変革も円滑に進むというブッシュ政権の保証を信じ込んでしまったのである。

 ブッシュのイラク戦争は、相手の特質や能力を真剣に考察することなく、戦争をいかに終わらせるかの展望もない「戦略的な愚行」(米海軍史家サミュエル・モリソンの50年代初頭の指摘)という点で、日本による真珠湾攻撃との類似性を想起させる。半世紀以上前に日本が犯した「戦略的な愚行」は今では皮肉にも、もはやそうユニークなことではないようだ。

 冒頭の、太平洋戦争の開戦を「ルーズベルトの罠」とする田母神論文の主張は、綿密な検証に耐え得る事実にも論理にも支えられていない。

 この主張は陰謀史観そのものだが、米国では半世紀余も前に信用できないとして退けられた2つの説を反映している点は興味深い。一つは、ルーズベルトの外交政策を非難する孤立主義者が引き合いにした「バックドア・トゥー・ウオー(戦争への裏口)」説。かれらは、アジアへ侵略しナチスドイツと同盟を結ぶ日本を米国がなだめすかすことで戦争を回避できたし、そうすべきだったと論じた。もう一つは、40年代後半から50年代に吹き荒れたマッカーシズムという政治的魔女狩りの中で唱えられた、「共産勢力」が操っていたとする説だ。

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 では、日米間の戦争は避けられたのか。これについては日本語と英語の何万ページもの関係文書や学問的研究がある。なぜ、米日間の外交交渉が戦争を食い止められなかったのかについてはいつも論議の対象になるが、陰謀史観はこの問題を説明できない。

 米国が、日本の中国侵攻・占領、そしてナチスドイツとの同盟を支持すべきだったとでもいうのだろうか。田母神論文には、この件に関する膨大な資料をまともに検討した形跡がない。日本の中国支配を単純に肯定するだけで、当時のアジアの危機をいかに解決できたかについてを問いただした形跡もうかがえない。

 どこの国でも、熱に浮かされたナショナリストがそうであるように、彼は他者の利害や感情に全く無関心であるかにみえる。中国人や朝鮮人のナショナリズムは、彼の描く絵には入ってこない。

 アジア太平洋戦争について、帝国主義や植民地主義、世界大恐慌、アジア(特に中国)でわき起こった反帝国主義ナショナリズムといった広い文脈で論議することは妥当だし、重要でもある。戦死を遂げた何百万もの日本人を悼む感情も同様に理解できる。

 しかし、30年代および40年代前半には、日本も植民地帝国主義勢力として軍国主義に陥り、侵攻し、占領し、ひどい残虐行為を行った。それを否定するのは歴史を根底から歪曲(わいきょく)するものだ。戦後、日本が世界で獲得した尊敬と信頼を恐ろしく傷つける。勝ち目のない戦争で、自国の兵士、さらには本土の市民に理不尽な犠牲を強いた日本の指導者は、近視眼的で無情だった。

 国を愛するということが、人々の犠牲に思いをいたすのではなく、なぜ、いつでも国家の行為を支持する側につくことを求められるのか。

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 38年生まれ。専門は日本近代史。主著「敗北を抱きしめて-第二次大戦後の日本人」でピュリツァー賞受賞。(朝日新聞2008年12月22日付 声・主張10面12版)


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