わらびもち by 734さん




「いち…に…さん…し…ちょうど、一週間か」
指を折る手がぱたりと畳に落ちた。
一週間、バイトと家の往復だけの生活だ。
つまりは一週間会っていないということだ。
…あの男に。

「一週間だって…はぁ…
会い…会いた…い?…や…会いたくなんかない!!
ただ家賃の支払いが…それに非常食もなくなってきたから、それだけ…」

誰にも話せない、誰かに話したいこと。
奈緒子は俯き、写真の中の父親に語りかける。
「あのね、お父さん…私ね、好きな人ができたんだけど…」
「なんだって?」
「!?」
驚いて振り返ると、声の主はあの男だった。



上田次郎。
「おまえいつから…!今の話聞いてたのか」
「今の話?天才上田教授のことが好きなんです愛しているんです、とお父様に報告していたことか」
上田がニヤリとしながら奈緒子に近づく。
奈緒子は真っ赤になり座布団で顔を隠した。
「ばっ馬鹿…そんなこと言ってない!!!違う違う消えろお前!」
「そうか、今流行りのツンデレというやつか?YOUは」
「なんだツンドラって?」
「…まぁいい」
奈緒子の抱える座布団を取り上げ、上田はいそいそとお茶の準備をし始める。
お茶うけは、上田の好物のわらび餅だった。
「いただきます」
いつもなら勝手に手をのばすわらび餅を、奈緒子はぼうっと見つめていた。
上田の唇に触れ、消えゆくわらび餅。
その視線に気付いた上田が、少し考えてニヤリと笑う。
「…あの時と同じように、してほしいのか?」
「あの時ってなんだ?」
「ほら…『キスしてやる』」
「!…っ…」
あの時。
キスをする振りをして、口で剃刀の刃の受け渡しをした時のこと。
つまり、口移しでわらび餅をくれるということだろうか。
馬鹿じゃないのか、こいつは。
頭がくらくらする。
心臓がもたない。
「…ん」
上田はわらび餅をひとつくわえ、奈緒子の肩を抱いた。
「ちょっ…うえだ…」
強引ではないはずなのに抗えず、口をひらく。
唇がほんの一瞬、触れた。
口の中を、ひやりと甘い感触が伝う。
「…うまいだろ?高いんだから味わって食べなさい」
「……ん」
上田は奈緒子がわらび餅を飲み込むのを待ち、 最後のひとつを手にする。
見せ付けるように口にほうり込み、わらび餅をくわえたまま器用に告げた。
「…食べたかったら、奪ってみろ」
挑戦的な笑みが奈緒子を誘う。
「…上田。『キスしてやる』」
奈緒子は上田の首根っこをひっつかんで、思い切り唇に食らいついた。
「…っ…ふ…」
「…んん」
キスに慣れない二人は、ぴちゃぴちゃと音を立ててお互いを求める。
わらび餅の冷たさと舌の熱さが溶け合う、甘いキス。
ロマンチックではないような気がしたが、二人は満たされた気持ちだった。

END
最終更新:2006年09月10日 12:47